第9話 銅山の町

 神戸駅からさらに進むこと20分強。


 右手に大きな湖や、渡良瀬川の流れを見ながら、山道の国道122号をひたすら進む旅になっていた。


 この辺りまで来ると、平地の高崎市などの猛暑とは無縁の涼しい風が吹いてきており、周囲はコンクリートよりも緑が多いため、体感的にかなり涼しくなる。恐らく真夏のこの時期でも25、6度程度だっただろう。


 やがて、山田さんがバイクを停めたのは、三角屋根が特徴的なレトロな駅舎だった。

通洞つうどう駅?」

「そう。ここが有名な足尾銅山があった場所」

 バイクを降りて、ヘルメットを脱ぐと、山田さんの瞳が生き生きと輝いているように、美希には思えた。


「足尾銅山って?」

「忘れたの? 学校の授業で習わなかった? 明治時代、日本初の公害が問題になって、田中正造しょうぞうが訴えたところ。っていうか、あなたも同じ田中さんじゃない」

 呆れるように呟く山田万里香に、田中美希は申し訳ないとは思いつつも、歴史の授業にさほど興味がない彼女は、正直、忘れていた。


 その通洞駅にバイクを停めたまま、そこからは徒歩で散策となった。


 山田万里香は、足取りも軽く、楽しそうに歩いて行くように美希には思えた。


 ここ通洞には、昔の足尾銅山の跡があり、隣の足尾駅周辺にはそれらに関連した古い建物が保存されており、見学もできるのだが。


 不思議なことに、万里香はそれら「保存された建物」にはあまり興味がないらしく、代わりに「名もない古い建物」に興味を示していた。


 来た国道を歩いて戻ること10分。


 美希には、「不気味」に思えるほどに、黒ずんだ壁を持つ、まるで「お化け屋敷」のように古い建物が目に入ってきた。窓ガラスは割れてはいなかったが、どうにも不気味な雰囲気をかもし出している。


「何、ここ? 怖い」

 と、思わず感想を述べていた美希に対し、万里香は熱心に眺めながら、写真を撮り始めていた。


「通洞変電所。明治以降、この辺りには複数の変圧所や変電所が建てられたんだ。この建物は大正時代に建てられて、足尾銅山の使用電力を管理する中枢機能を果たしたんだ。しかも、今でも使われてる」

「えっ。マジで! こんなボロボロなのに」

 と、美希が無意識に声を上げるほど、その建物は、「朽ち果てた」ように彼女の目には見えた。


 何しろ煉瓦や鉄が古ぼけて錆びており、「朽ちた」という表現に等しいような、「時代に取り残されたような」異様に見えたからだ。


「マジ。でも、この錆びれ具合が、すごい。これだけでご飯3杯は行ける」

(変わってるなあ)

 万里香の一言に、美希は口には出さなかったが、心底思っていたし、普通の女子高生がこんなものに興味を持つこと自体、ある意味、異様と言える。


 万里香の興味はそれだけにとどまらなかった。


 道路を挟んだすぐ向かい側には、巨大な鉄骨に覆われた、工場の跡のような建物があって、そちらにも足を運んだのだ。


 そこは、鉄が錆びて、赤茶けた鉄柱や屋根が覆っている、まさに「廃墟」に等しい場所で、辺りには人っ子一人いなかった。


「山田さん。ここは?」

 相変わらず熱心に写真を撮っている彼女に声をかけると、写真を撮りながら、答えが返ってきた。


「通洞選鉱所せんこうじょ跡」

「選鉱所?」

 聞きなれない言葉に反応した美希に対し、博識な万里香が淀みなく解説を加える。


「銅山の坑内から掘り出した粗鉱そこうを砕いて、廃石を取り除いたところ。ここで精鉱せいこうを取り出して、運んでた」

(何だかわからないけど、選んでたんだね)

 美希には、難しくてよくわかっていなかったが、要は「粗い鉱山を抽出する」機能を果たしていただろうことは何となく理解した。


 しかも万里香の興味はこれだけにとどまらず、さらに先の足尾駅に移動。


 足尾駅には、保存された古い鉱山関係の建物が複数残っているが、彼女はそれらに興味を示さず、代わりにかつて使われていたであろう、鉱員のための平屋の切妻屋根の住宅を眺めていた。


 それらの多くがすでに使われておらず、窓には板が取りつけられており、「朽ちるのを待つ」ような状態。


 完全に時代から取り残されたような数十年、いや100年以上も前の建物に、異常なくらいの興味を示す万里香。


 彼女の興味のルーツ、それが何なのか、美希は知りたいと思うようになっていた。


 相変わらず、下の名前で呼ばれることを嫌う彼女に、少し距離感を感じる美希だが、結局、夕方まで付き合わされた跡、帰路にチェーン店の牛丼屋に立ち寄ることになる。


 そこで彼女の興味のルーツを探ろうとも思っていた、美希だったが、その日は気が乗らず、また万里香が疲れている様子だったため、別の機会を狙うことに決める。


 しかし、彼女が本当に「古い物」を好きだという事実だけは、改めて再認識するのだった。

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