第8話 わたらせの先

 次の日曜日。


 約束通り、美希はまた北高崎駅へと足を運んだ。


 今回、父に車を出してもらい、自宅から北高崎駅へ送ってもらった美希だったが、父は、


「北高崎駅? 何で高崎駅じゃないんだ?」

 と不思議そうに首を傾げていた。


 通常、高崎駅を使う乗客の方が圧倒的に多いから、これは当然の反応だが、美希は人混みが嫌いだと思われる、大人しい少女の顔を思い浮かべて、類推していた。


 北高崎駅に着くと、彼女のバイクはまだ来ていなかった。時刻は約束の8時の10分前の7時50分。


 前回は、10分前に美希が着いた時には、すでに彼女は来ていた。


 やがて、待つこと8分ほど。

 ほとんど時間ギリギリで、彼女のグロムが滑り込むように駅前の駐輪場付近に入ってきた。


 手を挙げて挨拶をする美希に、彼女は持参したヘルメットを手渡し、

「乗って」

 とだけ告げた。


 仕方がないので、ヘルメットをかぶり、グロムの後部座席に美希はまたがる。


 しかし、この日は朝から猛烈に暑い日で、すでにジリジリと容赦のない太陽光が降り注いでいた。


(暑い)

 という言葉すら憚られるような強烈な熱波の中、クーラーすらないバイクの旅は苦痛だと、美希は覚悟する。


 そのまま、ほとんど会話を交わさないまま、万里香はグロムを出発させるが。


 文字通り、酷暑の中、街中を抜けることになる。


 125ccのグロムはそもそも高速道路を走れない。ただし、どの道、仮に高速道路に乗れたとしてもインターを2つか3つですぐに下道に降りるから、あまり変わらない。


 その代わり、ごみごみ、ごちゃごちゃとした街中を走ることになるから、猛暑の中で信号機待ちが発生する。


 その度に、

(暑い。バイクってこんなに暑いの?)

 と、初めての猛暑でのタンデムツーリングに、美希は早くも参っていた。


 しかし、やがて、みどり市に入り、大間々おおまま駅を過ぎる頃。


 心なしか、温度や湿度が和らいだような気が、美希にはしていた。

 そして、その予感は当たる。


 原因は、山だった。

 通常、都市化された場所は、アスファルトやコンクリートに満ちており、それが太陽光を反射せず、全体的に熱が籠る。ヒートアイランド現象とも言われるが、要は都市部は暑いのだ。


 反面、周りに緑が増えてくると、暑さは多少だが、和らぐ。


 そして、そこから先は、完全に山道だった。


 国道122号に入り、右手に「わたらせ渓谷鐡道」の細い線路を見ながら北上する。

 やがて、いくつかの小さな駅を過ぎると、気温は明らかに平野部と比べると2度か3度下がっているように、美希には感じられるのだった。


 もちろん、それでも気温は30度近く。暑いには暑いのだが、都市部よりはマシだった。


 出発からおよそ1時間半。


 万里香のバイクは、国道を逸れて、坂道を下り、とある古ぼけた駅の前で停車する。


 見ると、まるで昭和にタイムスリップしたかのような、瓦屋根と茶色の壁が特徴的な古い駅で、「神戸駅」と書いてあった。


「こんなところに神戸こうべ駅があるんだ」

 とヘルメットを脱いで呟く美希に、万里香はやはり不服そうに言葉を漏らした。


「……違う。ここ、神戸ごうど駅」

 初めて会った、あの旧太子駅のことを思い出し、美希は微笑を浮かべていた。


 ここで水分休憩をしてから、出発することになったが、万里香はやはりまるでルーティーンのように、古い駅舎をスマホで撮影していた。


 2人の「わたらせの先」を目指す旅は続く。

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