第5話 横川と軽井沢の間にあるもの
唐突に始まった、グロム 125ccによるタンデムツーリング。
目的地もよくわからないまま、美希はいつの間にか、万里香の肩から腰に手を回し、初めてのタンデムを楽しむように体験する。
実際、グロム 125ccはミニバイクに位置する、いわゆる原付二種のバイクだが、小柄な割にはしっかりとした造りをしており、タンデム自体に特に不便さや危うさを感じることはなかった。
山田万里香は、北高崎駅を出発すると、間もなく国道18号に入った。
ここは片側3車線、あるいは2車線もあるため、交通量が多く、車の流れに沿って走れるのか、美希は内心、案じていたが、山田は順調に進んでいた。
やがて、1時間も走ると、勾配がつき、山道に入って行き、車線も1車線に変わる。
まもなく、信越本線の横川駅を右手に見て、同じく右側に碓氷峠鉄道文化むらを見ながら、グロムは緩やかな坂道を登る。
(ここが目的地じゃないのか)
後ろに座る美希は、万里香の目的地が「横川の峠の釜めし」でも「碓氷峠鉄道文化むら」でもないことに、不思議な違和感を感じたが、その運転者は無言のまま、突き進む。
やがて、国道が二手に分かれる分岐点になるが、明らかに大きいと思われる「碓氷バイパス 小諸・軽井沢」と書いてある青看板のある直進ではなく、左ウインカーを点灯し、彼女は左折した。
そこに頭上の青看板には「碓氷峠 旧道」と書いてあった。
そのまま曲がりくねった山道を登っていくと、真っ直ぐに続く直線道路になるが、道の両脇には明らかに古い、旧宿場町の跡が見えてくる。
美希は、後で知ったが、この辺りは、かつての「中山道」の旧道で、中山道坂本宿の跡だという。
そこを過ぎると、今度は鬱蒼とした森に入り、くねくねと強烈なカーブを描く道に入った。
カーブの度に、美希は身体を自然に傾ける。ようやくタンデムでの走り方、というよりも乗り方がわかるようになってきていた。
下手に流れに逆らって、体を垂直にしようとすると、運転者が走りにくいという感覚を掴んでいた。
そして、やがて目の前に見えてきた、巨大建造物の前で、彼女はバイクのスピードを緩めた。
道路脇にある、砂利道の狭いスペースの駐車場に、他の車と並んで停める。
目の前には赤茶けた色をした、古代ローマの建造物のような、アーチ型の橋がかかっていた。
「おおっ。何、これ?」
バイクを降りて、ヘルメットを脱いだ美希が、初めて見る構造物の偉容に感動していると。
ようやくヘルメットを脱いだ万里香に、いつものような短い一言で返されていた。
「めがね橋」
と。
「めがね橋?」
「正確には、碓氷第三橋梁。かつて線路が通っていた跡」
「山田さんって、やっぱ鉄ちゃんでしょ?」
「違う」
と、彼女自身は否定していたが、美希は前回同様に鉄道関連の施設というより、史跡に赴いた彼女に、「鉄オタ」の気配を感じ取る。
一応、2人で橋まで歩く途中、彼女は説明してくれるのだった。
「ここにはかつて、信越本線が通っていたんだ」
「あれ。今、横川までじゃなかった?」
「そう。昔は、横川と軽井沢を結んでて、高崎から新潟まで、途切れなく線路が続いてた」
「へえ」
「ここは急こう配で有名で、そのため、アプト式鉄道が採用された、日本でも数少ない山岳鉄道区間だったんだ」
「アプト式?」
訪ねてから、美希は少しだけ後悔した。
何故なら、山田万里香の目が、輝きを増したように見えたからだ。
(地雷を踏んだか)
と、彼女が思うほど、山田は目を輝かせ、生き生きしながらその「アプト式」について解説を始めるのだった。
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