第4話 ミステリーツーリング?

 梅雨が明ける前の7月上旬頃。


 田中美希は、連絡先を交換した山田万里香から唐突にショートメッセージを受信した。


―次の日曜日に行く―


 内容はそれだけで、相変わらず無口で、コミュニケーションが苦手な様子が、短い文面からでも伝わってくるが、風呂上がりにそのメッセージに気づいた美希は、喜び勇んで、


―了解! 楽しみにしてるね!―


 と返していた。


 翌日、登校して早速、朝のホームルーム前に美希は、山田のところに足を運び、


「で、山田さん。どこに行くの?」

 と、問いかけたが、その山田自体は、どうも乗り気ではないのか、それとも細かい内容を衆人環視のこの状況で語るのが嫌なのか、


「……内緒」

 とだけ返して、後は取りつく島もない状態だった。


 仕方がないので、美希は彼女に余計な質問をすることを避け、大人しく日曜日を待つことにした。


 一応、事前に、彼女から、


―日曜日、午前8時に北高崎駅前に来て―


 という指令を受けていたからだ。


 日曜日の割に朝、早かったが、美希は一人で高崎駅から一駅先のその場所へ向かった。


 北高崎駅は、信越本線の駅だが、メインの高崎駅に比べ、もちろん小さくて、ただの郊外の駅だし、平日でもないので、人気ひとけが極端に少ない。


 この信越本線はそのまま安中あんなか松井田まついだ町にある、横川よこかわ駅まで続いているが、そもそも中途半端な路線だし、観光名所的にも有名な軽井沢に繋がっているわけではないので、早い話、過疎路線だった。

 電車で軽井沢に行くには、新幹線を使った方がはるかに速いし、そもそも信越本線では行けない。


 駅前にはロータリーもなく、閑散としているが、約束の時間の10分前に美希が到着すると、既に彼女はバイクのシートに座って、手持無沙汰気味にスマホをいじっていた。


「ごめん、待った?」

 一応、謝りの言葉をかけるが、彼女はわずかに顔を上げただけで、


「いや、別に」

 男の子のようにあっさりとした態度で返答してきた。


 ここで、不意に美希は思い出したように、

「そう言えば、タンデムするって言ったけど、ヘルメット忘れちゃった!」

 と、慌てて大きな声を出していたが、相手はまるで想定済のようん、淡々と、


「大丈夫。父が昔、使ってたの持ってきたから」

 と、言って、古い銀色のジェットヘルメットを美希に手渡してくれるのだった。


「ありがとう。助かったよ」

 被ってみるも、サイズは明らかに大きいし、男性が使っていたことから、ぶかぶかだったが、美希は贅沢は言わず、我慢して、彼女に声をかける。


「で、タンデムってどうするんだっけ?」

 言い出しっぺの割に、戸惑っているような彼女の姿に、呆れたように小さく嘆息した山田は、


「私がまたがるから、田中さんは後ろに乗って、肩か腰を掴めばいい。カーブの時は自然に体を傾ければいい」

 それだけを説明し、さっさとバイクにまたがってしまった。


 慌てて美希も彼女の後ろにまたがる。


 改めて見ると、小さなバイクで、女性とは言え、2人が乗るとさらに窮屈に感じられる。


 というよりも、重量が増し、ちゃちなオモチャのようなバイクにも見えるから、正直言って、「不安」の方が「期待」よりはるかに大きくなっていた。


(大丈夫かな?)

 というのが、山田には言えない美希の正直な感想だった。


 早速、エンジンをかける山田。


 だが、やはりと言うべきか。重量がわずか100キロ程度の小型排気量のスクーターのようなミニバイクだ。


 重い。2人分の体重でずっしりと重くなり、全然スピードも出ないのだった。


 だが、山田はまったく気にしていない様子で、淡々と道を進んで行く。

「で、どこに行くの?」


 結局、行き先すらわかっていない美希が、不安に苛まれながらも、山田の肩を掴み、後ろから声をかける。


碓氷うすい峠」

 相変わらず、必要最低限の短文のみで返す山田に、彼女はある物を思い出していた。


「上毛かるたの?」

「そう」


 上毛かるた。それは群馬県民なら誰でも知っている、群馬県の歴史、自然、人物、産業などを表した44枚の郷土かるたのことだった。群馬県民は小中学校で内容を習う。


 その上毛かるたの、五十音の「う」の部分が「碓氷峠の関所跡」だった。


「いいけど、何があるの?」

「色々」

 質問をするも、山田は面倒臭いのか、答えたくないのか、具体的には何も教えることなく、淡々と小さなバイクの操作に集中しているようだった。


 不機嫌には見えないが、どうにも煮え切らない気持ちになる美希。


 頭の中で、一応、考えるというか、思い出していた。

(碓氷峠、碓氷峠。横川の釜めしと、鉄道文化むらくらいしか思いつかないけど。やっぱこの子、鉄っちゃん?)

 2人の、初めての遠出、そして廃墟探訪ツーリングは、行き先が不明のまま、スタートした。

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