第3話 ぼっちザ山田

 翌日。


 田中美希は、登校後に彼女を見かけた。


 山田万里香だ。

 いつものように、窓際の一番後ろの座席に座り、休み時間はもちろん、朝から誰とも会話しない状態で、一人、紙の本を読んでいた。


 一見、物静かで大人しそうな女性に見えるが、どうもクラスで「浮いている」ように見えるし、早い話が「ぼっち」なのだろう。


 社交的で友人が多い田中からすれば、対極に位置しているような、言い方を変えると「暗い」女性、それが山田万里香に見えるのだが。


 しかし、彼女が興味を持つことに対し、饒舌に語る姿を見た田中は、昼休憩を待ってから、彼女に声をかけることにした。


「田中ー。飯食べよ」

 と、いつものように昼食を誘ってきてくれた、友人の山本にわざわざ、


「ごめん。ちょっと今日は山田さんに用事があるんだ」

 と断り、それに怪訝な表情を浮かべる山本に申し訳ないと思いつつも、彼女は席を立った。


 教室の出入口に近い席に着いている田中に対し、山田は真逆に窓際の席の一番後ろ、まさに「一番目立たない」隅に彼女はいた。


 年頃の女子にしては、実に素っ気ない、彩りのかけらもないような、男臭い、黒い弁当箱に無骨なのり弁をのっけた弁当を食べていた。


 その山田の前の席の女子が食堂に昼食を食べに行ったのか、不在だったため、その座席に座る。


「山田さん、ちょっといい?」

 声をかけると、一瞬、彼女は驚いたように顔を向けてきたが、すぐに、


「えーと。田中美来みくさん? いいけど、何?」

「惜しい! 田中美希だよ」

 今度は、苗字ではなく、名前を間違えられていた田中。


 要するに、この山田なる少女は、自分の興味があること以外は、一切が無頓着だった。

 人の名前や顔を覚えるのは、苦手というより、興味すらないのだろう。


 ある意味、非常に変わった人間だった。


 田中は自ら持ってきた弁当を広げ、食事を始めながら彼女と対面する。


 その彼女。右手の箸で弁当のおかずを口に運びながら、器用に左手一本でスマホを操作していた。


 その画面を無遠慮に覗き込む田中。

 画面には、「バイクX」という名前のアプリのような物が立ち上がっており、そこに数多くの写真が掲載されていた。


「バイクX? 何? SNS?」

「そう。バイク乗りのためのSNS」


「へえ。写真載せてるの?」

「うん」


「見てもいい?」

「いいよ」


 普段から、素っ気ないというか、人との交流を避けているような彼女が、しかしあっさりとスマホの画面を見せてくれるのだった。


 そこには、多数の廃墟の建物が映っており、その廃墟を背景にして、彼女のバイク、ホンダ グロム 125ccが映っていた。


 小さなバイクだが、割と新しい現代的なバイクと、真逆に朽ち果てたような、まるで時代から取り残されたような廃墟の建物がどころか、アンマッチというか、アンバランスにも田中には見えたが、それが不思議と面白いというか、「映える」ように見えた。


「すごいね。廃墟だらけだ」

「まあ、それが目的だから」

 山田の口調自体は、どこか素っ気ないというか、面倒臭そうにも思えるが、表情は嫌がっているようには見えなかった。


 むしろ、自分の趣味に興味を持ってくれている田中に、彼女は心なしか気を許したように、柔らかい表情を浮かべていた。


 そこで、田中は思いきって、山田に提案していた。


「ねえ、山田さん」

「何?」


「今度、私も廃墟巡りについて行っていい?」

 一瞬、驚いたように目を大きくした山田だったが。


「いいけど、どうやって行くの?」

「そりゃ、バイクで」


「田中さん。バイク持ってるの? 免許は?」

「持ってないし、免許もないよ」

 事も無げに明るく返答する田中に、山田は溜め息を突いた。


「それじゃ、行けないでしょ」

「だから、あなたのバイクの後ろに乗せて」


「えっ?」

「タンデムって言うんでしょ。それで行ってみたい」


 しばし冷たいような、重いような空気が漂う。

 山田は明らかに躊躇しているような、戸惑ったような表情を浮かべ、目の前にいる無遠慮で積極的な少女の言動に、どう返答すべきか迷っているようにも見えた。


「私、タンデムってやったことないんだけど……」

 さすがに彼女は乗り気ではない様子だった。


 ところが、田中は諦めるつもりは微塵もなかった。

「だったらちょうどいいんじゃない? 練習にもなるし」

 押しの強い性格の田中に、山田自体は戸惑いの気持ちの方が強いようだった。


 しばし考えているような山田。

 田中から見れば、女子が一人で、しかもバイクで遠くに行くこと自体が、思いきった行動に見えるが、その割にタンデムに関しては妙に慎重な態度に見えた。


「わかった」

 田中には意外なほどあっさりと彼女は折れた。


「マジで。やった! じゃあ、次の日曜日に早速」

 喜んで、早くも勝手に計画を立てようとしている田中に、山田は戸惑いつつも、


「ちょっと考えるから待ってて」

 とだけ返してきた。


 やがて山田の前の席に座る女子生徒が戻ってきて、田中は山田と連絡先を交わして、席を離れる。


 その際に、田中の他の友人たちから、奇異の目で見られていたことは言うまでもなかった。


 実際、田中は山本など他の友人から、

「山田さんって変わってるよね。いつも一人だし」

 と、ひそひそと言われていた。


(変わってるけど、面白い)

 通り一遍の、いわゆるスタンダードな女子高生。つまり、SNSや推し活や、噂話や、ファッションや恋愛に興味を示し、集団行動を好み、日本的な同調圧力に迎合げいごうするような女子高生たち。


 それらとは全く違う、山田万里香の魅力に、田中は早くも心を動かされていたのだった。


 こうして、2人は初めて「約束」を交わす。


 ここからが、彼女たちの「廃墟巡り」のスタートラインだった。

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