第2話 旧太子駅

 山田さんを追った、田中美希。


 時刻はすでに17時を過ぎていたが、夏の日は長く、まだ辺りは明るいのだが、それでも夕方の時間だ。


 よく見ると、駅舎の扉はすでに閉まっているようで、恐らく営業時間外なのだろう。駅舎には「太子駅」と黒い文字で書かれてあった。


 不意に近づいてきた、同じ制服を着た少女に、山田はすぐに気づいて、不審者を見るような疑わしげな瞳を、無遠慮に美希に向けてきた。


「山田さん、だよね。こんなところで何をしてるの?」


「……」

 無言だった。


 いきなりシカトされた美希は、嫌な気分になるが、再度、問いかけようとして、


「……廃墟探索。中田さん」

「田中だよ!」

 いきなり名前を間違えられていた。


 というより、よくよく見ると、童顔の上に、少し不機嫌そうな猫のような表情をしている、シニカルで、とっつきにくそうな、不思議な少女に美希には思えた。


「ごめん」

「まあ、いいや。で、廃墟探索? ここ、廃墟なの? その割に綺麗だね」


「保存されてるから」

 いちいち、会話のセリフが短いというか、短文で返信してくる、まるでSNSのつぶやきのショート短文のような山田に対し、口数が多い美希は畳みかけるように尋ねていた。


「へえ。この太子たいし駅って言うの? 聞いたことないけど」

 山田が一瞬、不機嫌になったように、表情が雲っていた。


「……違う。ここ、太子おおし駅。旧吾妻あがつま線の廃駅」

 どうやら駅名を間違ったことが不服だったらしい。


「ごめんごめん。私、鉄オタじゃないから、あんま詳しくなくてさ」

「吾妻線自体は、今も渋川から大前まで営業してるけど、太子駅は1971年には廃止されてる」


「へえ。随分前だね。山田さんは、こういうところ回るの、好きなの?」

「うん」


 常々、クラスで浮いている「変わった子」という印象が、美希の中では薄っすらとあったが、それが確信に変わった瞬間だった。


 およそ女子高生らしくない。


 青春の貴重な一時ひとときを、彼女、山田万里香はわざわざ人気ひとけがない、「廃墟を回ること」に費やしているというのだ。

 相当、変り者と言っていい。


 しかも、その後、さらに彼女は柵の外から熱心に写真を撮り始めた。


 古ぼけた貨車はもちろん、線路跡、そしてその後ろに見える古くて白い、コンクリートのアーチ状構造物も。


「ねえ、あれって何なの?」

 その不思議なアーチ状構造物を指差して尋ねる美希に、山田は例によって短く答えるか、と思いきや。


「あれは、ホッパーの跡」

「ホッパー?」


「鉱石を出荷・積込まで貯めておく機械設備のこと。この駅は、群馬鉄山の専用線として1945年に開業したんだ。旅客ホーム以外に、側線と鉱石積み出し用のホッパーを持ってた。群馬鉄山から太子駅まで鉄鉱石を輸送していたんだ。京浜地区に向けて鉱石を発送していたんだけど、鉱石輸送の廃止と吾妻線の大前方面への延伸によって、1970年に休止、翌年廃止されたはず」

 美希は驚いていた。


 普段、無口で目立たない、教室の隅で一人でいて、休み時間も誰とも話さないような、無口で暗い少女と思っていたが、物凄く饒舌に語り出したからだ。


 それも何も見ずにすらすらとこれだけのことが出てくる以上、相当好きなのだろう。


「へ、へえ。詳しいね」

 それだけを口に出すと、彼女、山田は照れ臭そうに、目を逸らしてしまった。


(何だか可愛らしい)

 素っ気ないけど、猫のようにも思える、不思議な少女だと思い、むしろ他人の噂話ばかりに花を咲かせるような、同世代の他の女子よりも、彼女は魅力的にすら映っていた。


 そのため、美希は彼女自身に興味を持った。


「ねえ、山田さん」

「何?」


「あのバイクって山田さんの?」

「そう」


 バイクを指差すと、彼女は短く頷いた。


「私、バイクのことって詳しくないんだけど、何てバイク? 排気量は?」


「ホンダ、グロム。125cc」

 相変わらず、無駄なことは一切話さない、自分の興味があることだけ饒舌になる、山田さんに、美希は苦笑していたが。


(後で調べよう)

 と決意するのだった。


 そして、その山田自体は、一通り写真を撮って、すぐに帰るのかと思いきや、それから10分経っても、動かなかった。


 さすがに待つのも見るのも飽きてきた、美希は、しびれを切らし、

「じゃあ、山田さん。私は行くけど、気をつけてね」

 と、いまだにスマホで撮影をしている山田に声をかけていた。


 彼女は、振り返ることもなく、

「うん。中田さんも」

「だから田中だって!」

 ここまで来ると、「名前を憶えてない」というより「わざと間違ってる」と疑いたくなるが、それだけを交わし、美希はゆっくりと車に向かって歩き出した。


 よく見ると、その駅舎に「太子駅」と書いてあり、上に「OSHI STATION」と書いてあった。


 父の車は、この駅跡から少し先に行った辺りに停まっていた。


 助手席から乗り込むと、色々と聞いてくる父に適当な相槌を返しつつ、美希はスマホから、検索していた。


(ホンダ グロム 125cc、と)

 検索結果によると、ホンダ グロム 125ccは、2013年1月9日から開催のブリュッセル・モーター・ショーで、MSX125を「世界初公開」したらしい。


 50年来の人気車種であるモンキーやダックスの伝統を継承するコンパクトなロードスターとも言われ、特徴はホイール・ベースを1,200mmと短く抑えたこと。ヘッドパイプとピボットプレートを、剛性のある角型断面鋼管で直線的に結ぶことで、シャーシの剛性を高めてあるという。


 つまり、コンパクトで軽い、初心者でも扱いやすい小型バイクということになる。実際、車格も小さく、車重も100キロ程度。


 力がない女性でも扱いやすいと言える。


 もっとも、この小型バイクで長距離を走るのは、それなりに大変だろうけど。


 こうして、田中美希は、山田万里香と出逢った。

 その出逢いこそが、彼女たちを「廃墟」へと導く、第一歩だった。

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