山田さんの廃墟探訪記

秋山如雪

第1話 謎の少女ライダー

 田中美希みきは、高校2年生。


 群馬県高崎市にある、県立高校に通っている、ごく普通の女子高生だ。それなりに友達も多く、学業成績もそれなり。運動も苦手な方ではなかった。


 肩から背中にかけて伸びる、ストレートのロングヘアーが目立つ、身長160センチ程度の普通の少女だ。


 普段は、友人たちと放課後にカラオケや遊園地やショッピングモールに行くような、ごくごく普通の生活を送っていた。


 そう、彼女に出逢うまでは。


 6月の梅雨時のある平日の放課後。


 その美希が、放課後、珍しく真っ直ぐに帰宅し、たまたま仕事が休みだった、父に、


「日帰り温泉に行きたい。連れてって」

 と、せがんだのがきっかけだった。


 美希の両親は、父はごく普通の会社員で、母はパート従業員。裕福ではないが、一般的な生活を送っていた。


 50代の美希の父は、一般的なサラリーマンで、白髪交じりの短髪に、年の割には細身で長身の男だ。性格的にはフレンドリーで一人娘の美希には話しやすい父ではあった。


 父は、一人娘の願いを聞き届け、彼女を自家用車である軽自動車の助手席に乗せて、一路、高崎市から車を走らせた。


 初夏の日は長い。


 放課後の16時くらいに自宅を出発したが、車中、父は娘に、


「草津温泉でいいか?」

 と尋ねてきたが、娘の美希は、スマホを見ながら、


「うん。適当でいいよ」

 とだけ答えていた。


 何気ない父と娘の会話。その後、取り留めもなく、学校や友達の話を父が振り、美希は渋々ながらも面倒臭そうに答えていた。


 彼女にとって、「移動手段」という足がない以上、父は「足代わり」の便利な存在と化していた。


 まだ高校生で、原付免許や普通自動二輪免許もなく、自転車は持っているが、ほぼ車社会の群馬県にあっては、車かバイクがないと移動するのも大変だった。


 そして、道中、父が国道145号から、外れて国道292号に入ったあたりだった。通常、最速ルートだとそのまま突っ切った方が早いが、何の気まぐれか、父は長野原あたりから右折して、山道に入った。


 多少遠回りになるが、交通量の少ない山道の国道。


 その時、前にいたのは小型バイクだった。


 美希は、バイクに詳しくないので、それが何ccのバイクで、どれくらいの性能を持っているかはわからなかったが、前輪と後輪の間が短く、車格も小さい、小型バイクで、乗っている人は、体格から見て女性だとわかった。


 というよりも、その姿を見て、彼女は目を見張った。


 制服を着ていたからだ。通常、バイクに乗る人は、スクーター以外であれば、それなりのライダースジャケットなどを着ていることが多いが、彼女は黒系統のブレザー上下を着ていた。下は丈は長いがスカートだ。


 そうそうスカートの中が見えることはないだろうが、およそバイクに乗る姿としてはふさわしくない。


 そして、何よりも、

「ウチの高校の制服だ」

 と、彼女自身が声を上げていた。


「何だ、知り合いか? っていうか、お前の高校、バイク通学OKだったっけ?」

「一応ね。田舎から来てる人もいるから、スクーターで来てる人はいるけど、小型バイクは珍しいし、知り合いにいない」


「ふーん」

 父はハンドルを握りながら、相槌を打っていたが、そのバイクはあまりスピードが出ておらず、父の車が追い付きそうになる。


 しかし、そこは道の真ん中にイエローラインがあり、いわゆる「追い越し禁止」区間だった。


 仕方がないので、その遅いバイクに着いて行くことになった。


 やがて、そのバイクが、右ウインカーを出したが、明らかにその先に何もなさそうな林というか、周りに民家がわずかに点在する場所だった。


 しかもここは高崎市から50キロ以上も離れている。


 不思議に思った美希は、慌てて父に声をかけた。

「父さん。あのバイクを追って」


「えっ」

「いいから」


 驚く父に、有無を言わさず、彼女が鋭い声で言い放ち、父は渋々ながらもバイクを追うようにウインカーを右に出した。


 幸い、交通量が少なく、対向車も来ていなかったので、小型バイクと軽自動車は、すんなりと道を横断し、脇道に入る。


(こんなところに何があるの?)

 美希が不思議に思うほど、周りには緑しかない。


 木々に囲まれ、森のような場所で、建物すらほとんどない、狭い一本道だった。


 そんな中、バイクはぐんぐん奥に入って行く。

 こういう狭い道は、むしろ自動車よりも、機動性が高いバイクが勝る。


 やがて、左手に不思議な建造物が見えてきた。

 黒い柵の向こうに、白いコンクリートのようなアーチ状の構造物が見え、その手前に線路と使われなくなった貨物列車の残骸のような古ぼけた貨車がいくつか置かれてある。


(駅? こんなところに?)


 しかし、美希の記憶ではこんな山に駅などなかったはずだ。


 小型バイクは、やがてその柵の先にある、小さな木造の駅舎のような建物の前で停まった。


 美希は父に合図を送り、停まるように指示し、車はその後ろで停車した。


 女がヘルメットを脱いだ。

 後ろ姿から見て、ショートボブの髪の、少し地味な印象を感じさせる155センチほどの小柄な少女。


 その少女が、気になったのか、一瞬だが、こちらを振り向いた。

(あれ? あの子、山田さん?)


 美希には見覚えがあった。


 彼女の名前は、山田万里香まりか。同じ高校の、同じクラスにいる、目立たない少女。


 いつも一人でいて、友達がいないのか、と思えるほど孤独に過ごしている、言わばちょっと「浮いた」存在のクラスメートだった。


 実際、社交的で友達が多い田中美希は、彼女と話したことなどほとんどなかった。


 一瞬、こちらを見たその山田は、ヘルメットをバイクのシートの上に置くと、駅舎に入らずに、外からスマホを構えて写真を撮り始めた。


 美希は、決意する。

「父さん。しばらく待ってて。車はその辺に停めて」

「おい、美希」


 何か言いたそうな父を残し、彼女は助手席から降りた。


 彼女もまた学校から帰宅したのに、面倒臭がって、制服のまま車で来ていたのだ。

 彼女の足は、自然とその「山田さん」がいる、駅舎の前に向いた。

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