隣のOLがAVでハアハアしている
九戸政景
本文
「はあ、はあ……」
早い時間という事もあって少し空いている電車の中、隣に座っているOLがイヤホンをつけて目をギラつかせながら荒く息を吐いていた。
その人はよく見かける人で、サラサラの長い茶色の髪にシワ一つないスーツ、自然な感じの化粧が施された顔はモデルや芸能人と比べても遜色ない程に整っていて、背筋をピンとしているからというのもあるだろうが女性にしては身長も高く、スタイルも良い事から異性のみならず同性からも人気も高いのだろう。
そんな彼女がまるで獣のような形相で手に持った携帯電話を見つめている。心なしか頬も紅潮していて吐く息はどこか色っぽい。どんな男でもイチコロに出来るであろう姿なのに彼女の視線は携帯電話にしか注がれていないのだ。
「あっ、そんな……そんな姿まで見せちゃうの……?」
画面内の映像に動きがあった事で、潜めていた彼女の声は少し困惑と嬉しさが入り交じったようなものになり、身体を少しモジモジとさせている。こんな朝からそんな姿を見せようものなら同乗している男達が思わず前屈みになるだろうが、車内はガラガラで同性どころか一緒にいるのは俺しかいなかった。
「あ……ペロペロしてる。気持ち良さそう……」
彼女の声がうっとりした物になった。座った直後はクールさを感じさせていた顔もすっかりとろけていて、甘さとセクシーさが混じった声に流石の俺も喉をゴクリと鳴らしてしまった。
「ん……あっ、もうここまでなのね……」
そうして時には悶えて時にはほうと息を漏らしながら集中していた彼女だったが、終わりを迎えた事で残念そうに言った。これが声をかけるチャンスだと悟った俺は勇気を出して彼女に声をかけた。
「あ、あの……」
「は、はいっ……!?」
声をかけられると思っていなかったのか彼女は驚き、その衝撃で軽く身を引いた。
「す、すみません……驚かせるつもりはなかったんですが、携帯電話で観ていた物について少し話をしたくて」
「も、もしかしてご迷惑でしたか?」
「ま、まあ……少し周りに勘違いされそうな声を出していたり動きをしていたりはいましたが、他に人はいないので大丈夫ですよ。それでなんですが……お好きなんですか?
「は、はい……」
彼女は少し恥ずかしそうに俯く。そう、彼女が観ていたのは可愛らしい猫の映像で、それを見ながら彼女は愛らしさから悶えていたのだ。もっとも、別のビデオを観ているかのような言動をしているように聞こえたのも事実だが。
「これは幾つものペットカメラの映像を自分で編集した物なんです」
「へえ、ご自身で。少し見えてしまったのですが、テロップの付け方なども凝っているのでお仕事にもなさっている方かと思いましたよ」
「いえ、ただの趣味です。この魅力に気付いた途端に行動に移していて、お金はかかりましたが満足感には代えられません」
「そうだと思います」
彼女は結構話しやすい人だったので俺もより好感を持ち、俺達はまた話すために連絡先を交換した。そして行き先は別だったが、降りる駅が一緒だったために同時に降りると、お互いに頑張ろうと言い合って俺達は別れた。
「美人だし良い人だったなぁ」
会社に向かいながらそんな事を言っていたが、俺は見えてしまった映像を思い出して立ち止まった。
「……たしかに彼女は猫の映像を観ていたし、その猫の愛らしさはわかる。だってあの猫は……“ウチのペット”だから」
そう、彼女が観ていた映像に映っていたのはウチのにゃん吉だったし、ペットカメラの映像と言う割にはまるで本棚の間やちょっとした隙間から撮っているような映像だった。おまけに少しだらしない格好でくつろいだりにゃん吉を眺める俺も映っていた。
「彼女は……一体どうやってウチにカメラを仕掛けたんだろう」
言い知れない恐怖を感じながらも俺は対処出来ないだろう事を悟り、何も気付かなかった事にして夏の暑さなんて物ともしない背筋が冷えを感じながら会社へと向かった。
隣のOLがAVでハアハアしている 九戸政景 @2012712
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