第八歩 奏の勉強 二
今日も朝から雄大な入道雲と共に初夏を感じる。どうやら一週間後が梅雨明けだと、ネットニュースで見た。
もう少しカラッとした天気になってくれても良いのに、と悪態をつきながらじめじめした熱風に晒されながら斜面を登る。
本当にここ最近は「暑い」という言葉しか出てこない。ここからが夏本番だというのに、弱気なものだ。
朝から憂鬱になるのは無論、暑さだけではない。
試験が近づいているのだ。
ため息の一つや二つ、漏れてしまっても仕方がないだろう。
「かーなちゃーん!」
突然後方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「あ、おはようございます。佐藤先輩」
「えー、なんかノリ悪くない?もっとはっちゃけてくれても良いのに」
そう言って口を尖らせているのは、杏奈の兄である、佐藤
「先輩、結構時間ギリギリなんですから、急がないと遅刻しますよ?」
自分でも冷たい対応かなとは思うけど、如何せん今はそういう気分ではない。
「ねぇかなちゃん、学校はどう?友達とかできた?」
「そこそこ楽しいですよ、友達も結構いますし」
「俺もね、友達結構いるんだよね。部活では後輩からも
彼はサッカー部に所属していて、同級生や後輩からの人気も高い。陽キャの中ではかなり上位に食い込む人物だ。
「でもうちのクラスのサッカー部の子が『あの先輩チャラすぎて困ってる』って言ってましたよ」
「なにッ!?おいおい、誰よそれ。教えてよ」
「黙秘で」
「えぇ...」
「すいません、急ぐので失礼します」
別に急ぐ用も無いけど、ずっとこの状態を継続されては困る。どこか気の毒にも思うけど、仕方がない
走って坂を登る。
佐藤先輩とは高校入学前から何度か会っている。
杏奈の家に遊びに行った時に顔を覚えられたらしい。杏奈とは仲が良いため、何度も遊びに行く内に先輩とも友達になった。楽しい人なのだけど、素がチャラいため、かなりの
容姿も良く、背の高い先輩は学校では凄くモテる。なので私としては、話していると周りで良くない噂が立つ可能性があり、面倒なのであまり親しく関わるのは避けたい。
校門が見えてきた所で一息つく。汗を拭って靴箱に向かう。クラスの友達と挨拶を交わし、上靴に履き替えて教室に向かう。外ではセミが鳴き始めている。
いつもは適当に聞き流している授業も今日はちゃんとノートを取り、二回しか寝なかった。放課後はいつも友達と早く帰るのだが、今日も昨日と同じく教室で残って勉強をする。
図書館に行こうかとも思ったけれど、あの空気感にはとても耐えられるとは思えない。まだ教室の方が幾分か勉強しやすい。
外ではサッカー部や野球部が各々の練習に取り組んでいる。グラウンド側に面した三階のこの教室は見下ろせば、グラウンドだけでなく街、山、海の見える中々景色の良いところだ。
いつもはあまり気に留めないから気付かなかったけれど、こうしてみると中々良いものだ。
ガラガラガラ
ドアを開く音が聞こえたのと同時に、赤井君の姿が見えた。
「今日も勉強?」
そう尋ねる赤井君に、いつも勉強していないかのように聞かれた私は少しの苛立ちを感じつつも
「まあ、流石に試験が近いから」
と自然に言葉を返す。
そんな状態の私を
「…どうかした、?」
問題集を見つめ続ける彼に恐る恐る尋ねる。
「少し、解き方が僕と違ってたから。ちょっとね」
いつもどおり優等生の彼は、何かを考える仕草を取ったかと思うと私にこう問うた。
「この解き方、ちょっとやりづらいんじゃないかな?」
「…どういうこと?」
「これだと答えは出るけど非効率的だし、途中式で間違える可能性があるんだよ。ほら、ここも答えと少し違う」
そんな事言われても困る。だって授業で教わったとおりに解いているだけなのだから。それ以外の方法なんて知らない。ましてや私みたいな勉強嫌いが知る由もない。
「そ、それじゃあここは?この部分も解きにくいんだけど…」
「あー、これは一旦式を変形してから考えるんだ。その方が後の式に入れる時に分かりやすくなるから」
「確かに…」
悔しいけど、分かりやすい。計算の効率も格段に上がって、さっきまで頭を悩ませていたのが無駄だと言わんばかりに。
試験まで、残された時間はあと少し。
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