第二歩 「私」と「彼」

 一時間目が終わり、私はいつものグループで会話をしていた。


「かなで、さっきはよく豊村先生の授業であんなこと言えたねぇ。本当に凄いと思うよ」

私を皮肉じみた評価で称えてくれるのは佐藤 杏奈さとう あんな。グループ内で話す時はいつも嫌味か悪態をつく、基本的に全てがだるいと思っている系女子だ。


「そそ、マジでヒヤッとしたわ、度胸の塊じゃねーか」

と、素直に称えてくれるのは千堂 桃香せんどう とうか。バスケ部のキャプテンであり、グループのまとめ役を担っている。


「いや、普通にぼーっとしてて本音が漏れちゃった、というか…」

「あの先生の授業でぼーっと出来る奏さんに敬礼!」


 杏奈に何故か敬礼され、ど突いてやろうかとも考えたが、今はそんな元気はどこにもない。ただ憂鬱で身に力が入らない。


 不意に視線が赤井君に向く。


 彼もまたグループ内での会話に勤しんでいる様子だ。ゲームやら音楽やらの話で盛り上がっている。

 よくそんなに話題が続くものだと思う。やはり好きな物や趣味が合えばそこまで話は広がるものなのか。

 感心しつつも、ついさっき笑われたことを忘れたわけではない。別に他のクラスメートに笑われたところで私はなんとも思わないが、彼に笑われるとどうにも腹立たしい。


 理由は幾つかある。

 まず一つは自分とは違い、全てにおいて優秀な人間であること。

 それに、私が何かしら話かけたところであまり相手にされていないこと。

 あとは常にすましているところだ。


 これはあくまで主観だが、彼はどこか達観たっかんしているような、しゃに構えているような、そんな気がする。

 私も社会に対して少し斜め上を向いているような捻くれ者なのでどこか似ている彼が気に食わない。

 性格の面でどうこう言うつもりは無いが、どうにも馬が合わないのだ。


 彼に笑われた羞恥しゅうちと情けなさを引きずりつつも、次の時間の始まりを告げるチャイムが鳴ろうとしている。

 きっと次の時間も憂鬱なムードをだだ漏れにしながら今日という日は過ぎてゆくのだろう。


 夏のギラギラと照りつける暴力的な日差しが私の座る窓際の席に当たる。

 眩しい…。


 雲の一つでもこの火の玉を隠してくれれば良いのに。

 

 そう思ったところで肝心の雲は海上にのみ存在し、やたらとでかい積乱雲を発生させている。わざと太陽を避けるように。


 あと数時間はこの日差しからは逃げられないな。


 覚悟を決めて、私は珍しく真面目に黒板と向き合う。

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