どんかんすぎなたちばなさん

ゆっぴー

第一歩 たちばなかなで



 「人生」という言葉はきっと私にとっては皮肉なものだとわかっている。

 私の「人生」は順調なのかもしれない、でも何かしら足りないモノが私の心の中にぽっかりとあるように感じる日々だ。


 それが何なのか、私は知らない。


 家族とは上手くいっている。交友関係も悪くない。学校での立場を見ても良い方だと思う。


 それなのに、私はどこか退屈なのだ。

 他人からすれば、私は欲張りで傲慢ごうまんだと思われるかもしれない。

 でもそれが私の本質であり、すべてだ。


 この「たちばなかなで」という一生を全うできるのかどうかもわからない。こういう事を考えてしまうのは思春期だからだろうか、それとも何かしらの病だからだろうか。



 一時間目のチャイムが鳴ったことにも気づかず、私はそんなことを考えながら窓際に映り込むヒマワリをぼーっと眺めている。

 その向こうに見える、背景としては優秀な群青ぐんじょうの海は夏を引き立てるには最適なオブジェクトだ。太陽の光を光量を損なうこと無く反射し、ほんのり潮の香る熱風を我々に提供してくれるのだから。


 それでいて高校生というものを実感させてくれる風景だ。

 もっとも、エアコンの効いた教室の中では感じることも無いのだが。

 

 ひと昔前まではこの学校にはエアコンなどという贅沢なものは無かったという。考えただけでも干からびそうだ。


「授業を始めるぞー」

 先生の声でやっと現実に引き戻される。


 そうだった、一時間目は数学だ。

 なんとも言えない憂鬱な気分を否めず机に向かう。


「退屈だなー…」

と、つい本音がこぼれてしまう。


「何か言ったか?橘」

先生が顔を引きつらせながらこちらを振り向く。これはまずい。


「いえっ、なんでもございません!」

反射的に罪を否定する。


「そうか、じゃあこのページの問題を全部解いてもらおうか、退屈にならないためにも」

断罪されてしまった。


 皆に笑われている中、問題を答えるのは本当に憂鬱だ。ちゃんと授業を聞いていれば良かった。


 そして何より憂鬱なのは、私の前の席で必死に笑いを堪えている赤井庵 あかい いおり君だ。

 彼は成績も上位、運動も上位のクラスの人気者だ。彼の周りにはいつも人が居て、皆楽しそうに話している。

 そんな優等生に笑われていることが何よりの憂鬱であり、それにしゃくに障る。

 

 私も彼のようになりたいと心の隅で思いながらも自分では無理だと諦める。

 それにしてもこの青年は何か分からぬが腹が立つ。


 まだ笑いを堪えている。笑うなら笑え、この野郎。


この時、私はまだ何も知らなかった。この赤井庵という青年のことを。


まだ、何も。

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