第3話
下駄箱に向かうと、ちょうど足立君が靴を履き終えたところだった。
「あれ、今帰り? 部活は?」
私は袖をまくって、昨日張り替えたテーピングを見せた。
「まだちょっと調子悪そうだったから。」
「折れたりは?」
「してないよ。三日前、ちょうどこの前話した日に病院に行ったけど、しばらく安静にしとけって。」
「そっか。それならよかった。」
そう言うと、彼は当然のように私の横に並んで歩き始めた。しばらく無言で歩いてい
たが、信号で止まった際に、彼はまた口を開いた。
「山口さんは強いね。好きだよ。」
「強い?」
そろそろ慣れてきたと思っていたが、指摘が全くの予想外で思わず聞き返した。
「手だって痛くないことはないだろうに、弱音の一つも吐かない。痛みだけじゃない。トレーニングができない焦りや不安だってあるはずだ。それでも、それらを紛らわすために無理をしない。このくらいならって、目先の結果を追いたくなるのをぐっとこらえて。」
もし私が手首が痛いと愚痴ったら、足立君は私に幻滅するだろうか。練習ができなくて不安だと泣きついたら、私のことを嫌いになるだろうか。どうせ彼の事だから、
「弱音が吐けてえらい」などと言いそうだと思った。
「足立君ってさ。割と当たり前なことを好きだと言ってくれるよね。」
「そうかな。」
彼は腰をさすった。
「そうだよ。けがをしたら休むべきだし、だからといってそんなことで弱音吐いてちゃ、やってけないでしょ。」
彼は空を仰いだ。信号はまだ赤だった。
「でも、その当たり前が正しいんだって、見ていた誰かが言わないと。そのうち、山口さんは当たり前を当たり前と思わなくなってしまうかもしれない。それに、山口さんにとっては当たり前でも、実はそんなに頑張らなくたっていいことだってあるかもしれない。」
彼はこちらに向き直った。
「だから、これはエゴかもしれないけど。僕は強くあれる山口さんが好きだ。た
だ、」
慎重に、それでいて大胆に、彼は言葉を選んだ。
「もう少し弱くても、いいと思うよ。」
信号が青に変わった。
「じゃあ、僕はこっちだから。またね。」
そう言って、彼は来た道を帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます