第2話
食堂の端の席に座った私に、足立君は問いかけた。
「隣いい?」
この一か月で、彼がこの台詞を言うのは四度目だった。私が肩をすくめると、彼は私の右隣に座った。
「今日も豚丼並盛? 大盛にしないの?」
「それは、私に太ってほしいってこと?」
「いやいや。山口さん水泳部でしょ? うちの水泳部厳しいって噂じゃん。もっと食べろとか言われないのかなって。」
「練習は確かにきついけど。流石に普段の昼ごはんにまでは口出ししないよ。」
「そうなんだ。」
彼はカレーライスを食べ始めた。相変わらずライスを少なめにしている。二週間前にそのことを指摘した際には、「カレーライスのライスは少なければ少ないほどいいんだよ。」などと訳の分からない答えが返ってきた。
「ちなみに、水泳は何がきっかけで始めたの?」
「水泳の授業って夏にしかないじゃない? だから部活も夏だけかなって思って中学
の時に始めたんだけど、今思うと浅はかだったね。夏以外は陸トレばっかりだし、夏のプールは日焼けするし。」
「それでも続けてるってことは、水泳もトレーニングも好きなんだ。」
好き、なんだろうか。中学が水泳部だったから、高校もなんとなく水泳部に入ったが、それは水泳が好きだからだったのだろうか。考えてもわからなかったが、一つだけ確かなことがあった。
「体を動かすのは嫌いじゃないかな。」
彼はカレーから目を離して、こちらを向いて言った。
「通りでスタイル良いんだね。とても好きだよ。」
「今日はそういう攻め方かぁ。でもありがとう。努力の結果を褒めてもらえるのは素直に嬉しい。」
「じゃあその左手のテーピングも、昨日の陸トレの勲章ってこと?」
左の手首を見た。袖の隙間から白いテーピングが見えている。まだ誰にも指摘されなかったから、制服の下に隠れていて目立っていないものだと思っていた。
「……もしかして、また見てたの?」
「まさか。ただ昨日はしてなかったから、そうなのかなって。」
嘘をついているようには見えなかった。だが、彼はハンカチを拾った人をストーキングするような人だし、部活動の様子を見るくらいは当たり前にやりそうだと思った。
「足立君は、運動は嫌い?」
「中学の時は僕も水泳部だったんだけど、腰をやっちゃってね。結局それっきり。」そう言って、彼は腰に手を当てた。
他のスポーツほどではないとはいえ、水泳にも故障はある。再発が怖くて、あるいは以前のような泳ぎができなくなってやめてしまった人が先輩にもいたという話を、入部してすぐに聞かされたことを思い出した。
「でも、僕が水泳を続けてれば、山口さんと一緒に泳いでる未来もあったのか。そう思うと残念だな。」彼は心から残念がっているようだった。
「男子は選手足りてないみたいだし、今からでもいけるんじゃない? もちろん無理にとは言わないけど。」
彼は空になった皿をしばらく眺めていた。
「そうだね。少し考えてみようかな。」
彼が決心するには、もう少し、少なくとも並盛くらいのライスが必要に思えた。
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