25:愛しのあなたの髪の下
「君を愛することはない」
見合いの場で、婚約者となるヴァレンシュタイン伯爵は凍り付いたような無表情でそう言った。
流れるような銀髪に、白皙の美貌。
20才という若さで「魔法において比類なし」と言われた気鋭の大臣候補は、噂通り、魔導人形のように人間味のない男性だった。
私もまた、表情はなかったと思う。失望も、希望も、とっくにすり切れてしまっていた。
「――存じています。これは、当男爵家と、ヴァレンシュタイン伯爵家の政略結婚」
愛がない結婚。それは分かり切ったこと。
でも、17才の娘として矜持がある。
口元だけ歪めて言い返した。
「こちらも同じこと。私が、当家が求めるのは、愛ではなく――」
ヴァレンシュタイン様の、銀色の目を見つめる。
「あなたの『頭』です」
頭脳、と言おうとしたら言い間違えてしまった。
瞬間、スコーン、と伯の腰が抜けた。座ったままで。
どういうことになったかというと、腰がびくん!と前に出て椅子からずり落ちそうになったのだ。
「失礼」
膝が笑っておりますわ?
椅子に戻って、優雅に――あ、足がまだ震えてる――紅茶のカップを取る。
「わわわわわわ」
「お茶がこぼれておりますわ」
振動でテーブルが震えている……?
「私の頭に何か――ゴフッ」
お茶を飲み損ねて咳き込む。
これ、どうするべきでしょうか? 入り口を見やると、執事のセバスチャンが猛烈な勢いでジェスチャーしていた。
――続けて! 続けて!
……そうですよね、当家の行く末はこの縁談にかかっているのですものね。
魔法用鉱石を産出する男爵家にとって、次期魔導大臣とも目されるヴァレンシュタイン様との婚約は欠かせない。
「当領地は、魔法用の鉱石を採掘しています。もともとは
「う……!」
「う?」
「なんでもない」
しばしの間。私は再び用意したセリフ、というか台本通りの領地紹介を話した。
「…………ハゲしい濁流により多くの緑がハゲた領地ですが、隣国のハーゲンダッツ領にミルクと氷を納めることでなんとか――」
「もうよい」
伯爵はくしゃりと銀髪を掴む。
「その口ぶりだと私の秘密を知っているようだな。やはり父に――現魔導大臣に聞いたのか?」
「え……?」
秘密?
伯爵は頭に手を添えると、かぱりと頭を――というか、頭髪を取り外した!?
「は……?」
ま、眩しいっ。ヴァレンシュタイン様の、無毛の頭が煌々と輝いている!
えっ、カツラだったの……!?
「生来の特異体質でな。膨大な魔力で頭頂部が発光するのだ」
「ご先祖がホタルの方……?」
「遺憾ながら違う。原因不明だ」
悲しげに首を振るヴァレンシュタイン様。
ちなみに頭髪は、発光原理の解明に邪魔なので剃ったらしい。
「この光を特殊なカツラで抑えつつ、己の魔力を研究する内に次期魔導大臣と呼ばれるようになった。この身で結婚などするつもりはなかったが、君にはぜひ会えと父がうるさくてな」
本心を明かした上での微笑みは、苦しげで。光で見えにくいけど。
ハッ! これが東方でいう『後光が差す』というやつかしら……?
「私の秘密を知っていたのか?」
「初耳です」
「え、ならなぜあんなにハゲハゲ連呼を……」
「偶然ですわ……気にしすぎですよ……」
ヴァレンシュタイン様はばつが悪そうにカツラをつけ直し、光を収める。
入り口では執事のセバスチャンが遮光グラスをかけて涙し、サムズアップしていた。
――お嬢様、心を通じ合わせたのですね――。
違うわよ。
でも、そうか。なりゆき次第で、そうなるのか。
「……実は私にも、秘密がありまして」
私も頭に手を添え、『カツラ』を取り去る。
すると生来の癖毛が飛び出した。左右に張り出す、黄金の掘削ドリルのような渦巻く癖毛。
伯が呻いた。
「た、縦ロール……!」
「私もまた、癖毛に悩まされておりました。魔力で
でも、と言葉を継ぐ。
「魔導大臣に相談したところ、癖毛を魔法で抑え、カツラに収納する術を教わりました。そして逆に領地は、切り落とした私の縦ロールをピッケルの先端に使い、鉱山開発をすることで領地を建て直したのですわ」
ほうっと息をつく。
「これで読めましたわ。こちらへ、縁談を最初に持ちかけたのは現魔導大臣――あなたのお父上」
似たもの同士を引き合わせようとしたのでしょう。
領地にとっても大助かりだったので、両親もまた乗り気でしたけど。
互いに苦笑しあった。
「……だが、境遇が似ても心が通じ合うのは別だ。私のような男は嫌だろう?」
「結婚をずっと避けていたようですけど」
「体に魔力が悪さをする――同じ悩みを持つ者は多い。できぬ結婚などより、研究し、そんな人達を救いたかった」
私は微笑んだ。
「あなた自身のお考えも、なかなか素敵ですよ? これを縁に、お友達から初めてみませんか?」
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