26:きみはかわいい

 彼女にカツラだという事がバレた……最悪だ……



♦ ♦ ♦



 【顧客データ】


 黒輪クロワ 空快ソラヨシ

 一九九四年九月九日生まれ。二十九歳。

 大手企業勤務。年収六百万円。身長一八〇センチメートル。



 自分でプロフィールを読んでみてもなかなかの素質だと思う。小さい頃から母親が健康と学力を、父親がトレーニングに厳しかったおかげでスクスクと育った。身長に見合い体重は八十キログラムで筋肉が程よくついている。国立大学を卒業して大手企業にも入社できた。両親には心から感謝だ。


 しかし。


 人間長所があれば短所……というよりコンプレックスはあるもので。ズバリ俺はスキンヘッドだ。いわゆるハゲというやつだ。原因は遺伝。母方も父方も男連中は全員もれなくハゲている。小中学の頃はその様子を笑っていたものだが、高校生になると心配になり二十五歳で毛髪が薄くなってきた。始めは病気を疑ったものだが、診察結果によると異常なし。俺は絶望した。


「もうすぐ三十歳になるんだし結婚したら?」


 去年の正月実家に帰省すると母親の小言がさく裂した。この現状が見えていないのか? 婚活している女性のほとんどがハゲを選ばない。いくら収入や見てくれが良くても『ハゲ』というだけでマイナスポイントだ。だが……自分の子供を育てたいという願望があるのも事実だ。いくらまだ二十代とはいえ、子育ては早いに越したことはない。結婚か……悪くない。

 思い立ったが吉日。俺は結婚相談所より先にオーダーメイドのフルウィッグを購入することにした。幸い金はあるのでできるだけ自然な物を選びたかった。いくつか店舗を回り、気に入った出来上がり予定の物を注文。完成した一週間後に試着し鏡で見てみると高校生の頃の俺がそこにいた。やはり髪があると若い印象を受ける。これで婚活の準備は完璧だ。あとはカツラのカミングアウトだが……それは真剣交際一歩前の段階で決めるとしよう。


 【顧客データ】

 樺沢カバサワ 日奈ヒナ

 二〇〇〇年四月八日生まれ。二十四歳。

 中小企業事務正社員。年収三百万円。身長一六〇センチメートル。


 数あるプロフィールの中である女性に目が留まった。真面目に働き稼いでいる。二十四歳と若くとても美人だ。この美貌があれば相談所でなくとも結婚できると思うのだが……まぁ、いろいろあるのだろう。俺は意を決してその女性にお見合いを申し込んでみた。



♦ ♦ ♦



 一ヶ月後、怖いくらいに上手くお見合いが成功し今日は個室で食事をする事になった。店選びは彼女がしてくれ、安過ぎず高過ぎずなちょうど良い値段設定の居酒屋だ。彼女と駅で待ち合わせし、店の席につくと度数の軽いワインで乾杯をした。程よくアルコールが体に浸透してきた段階で彼女が俺に問いかける。


「あの、ずっと聞いてみたかったんですけど、黒輪さんの下の名前ってどなたが名付けたんですか?」


 想定外の質問だったが、自分の名前は気に入っているので素直に答える事にした。


「スカイの『空』に快晴の『快』って結構めずらしいですよね。よく言われますよ。僕が生まれた時雲一つない青空だったそうなんです。空のように広い心をもってほしいという願いを込めたと両親が言っていました」

「素敵な両親ですね。ところで『そらよし』を音読みすると『くうかい』ですが出家された事はあるんですか?」


 さっきから妙な質問ばかりしてくるな……少々気味が悪い。


「いいえ。代々サラリーマン家庭ですし、お寺に仕えていたという話は聞いた事がありません」

「ふーん……じゃあ、その坊主はコンプレックスなんですね」



 ……え? この女坊主と言ったか? 言い返そうと口を開くと女は更に言葉を続ける。


「無意識に生え際掻いてますよ? それで接着面が剥がれてめくれてます。ちゃんとこまめに頭皮のケアとメッシュを洗った方がいいですよ」


 俺は観念しカツラを取り外した。彼女の言う通り夏場という事もあって痒くて仕方がなかったのだ。すると彼女は髪があった時より恍惚な表情を見せた。


「坊主をなぜ恥ずかしがるんです? 私は坊主の人が好きなんです。だって頭の形がわかって可愛いじゃないですか」

「変わった趣味をお持ちなんですね……」

「よく言われます。お坊さんも大好きだし実際お付き合いした事もあります。でも結婚には至らなくて……でも黒輪さんとお会いした時頭の形が私の理想そのもので。真剣交際の前にどうにか坊主にできないか模索してたんですけど今回で手間が省けました」


 彼女はここまで言うとひと口ワインを飲んだ。ずっと物静かな子だと思っていたが好きな事になると饒舌になるらしい。ふと疑問が浮かんだので彼女に問いかけた。


「よくカツラの仕組みを知っていましたね。役者さんだったんですか?」


 彼女は笑顔を俺に向けると自ら頭に手を置いた。照れているのかと思われたが綺麗なロングヘアは彼女の右手に全て持ち上げられた。目線を移すと鏡の中で見慣れた髪型がそこにあった。彼女が口を開く。




「言いましたよね? 私は坊主が好きなんです」

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