23:宮脇 豊にとって一番大切な……
『明日、家族でヒーローショーを見に行こう。10時開始です』
一次会の終わったタイミングで
(ヒーローショー、か)
五つになったばかりの息子は最近、日曜朝の戦隊モノに夢中だ。
必殺技を口にしながら父親に飛びついてくるその姿は文句なく可愛いものだけれど。でも。
(……面倒だな)
率直な気持ちが、ため息となって飛び出す。
今日の飲み会は、酒好きの竹下部長も参加している。きっと終電間際まで帰してもらえないことだろう。お酒も、しこたま飲まされるはずだ。
そんな状態で、明日早起きだなんて。
『ショーは二人で行ってほしい。疲れてるんだ』
親指を滑らせてそこまで打ったところで、はたとその動きを止めた。
この書き方はまずい。妻を怒らせそうだ。
「私だって疲れてるのよ!」と目を吊り上げる妻の姿が容易に想像できて、苦い気持ちを飲み込んだ。
風になびく前髪を撫でつけながら、考えを巡らせる。最近癖になっているその動作は、彼にひとまずの落ち着きを与えた。
角を立てずに断る文面を考えながら、豊はスマホ画面にもう一度目を落とす。
そんな豊の視界が、唐突に真っ白な光に覆われた。それと同時に足元に覚える、浮遊感にも似たふらつき。
「な、何だぁ?」
「ミヤワキ・ユタカ=サン ですね、こんばんハ」
声の出所を探って首をひねった豊は、そこで息を呑んだ。
銀色に光る二頭身の奇妙な身体、奥行きの長い頭、顔の三割ほどを占める大きな目――。
「まさか、エイリアン……?」
「ご理解いただけたようで何よりでス。この星共通の外的生命体のイメージをもとにした甲斐がありましタ。ミヤワキ・ユタカ=サンは今回、太陽系第三惑星の実験
「なんだ、なんの冗談だ……」
脳が理解を拒んでいる中、正体不明の存在は構わずこちらに歩み寄る。
為す
豊のすぐ目の前まで来て、エイリアンはぴたりと足を止めた。
「実験のテーマは、『
「一番大切な、もの……?」
まっさきに脳裏に浮かんだのは、息子のことであった。
長い不妊治療の末、ようやく授かった大切な我が子。「とーたん」とニコッと笑う息子は、間違いなく豊の宝物だ。
それとも、妻のことだろうか。
営業部の花だった彼女を必死に口説き落とした過去が思い出される。ようやくプロポーズに頷いてもらった時には絶対に彼女を幸せにすると、固く誓ったものだ。
――ああ、でもやっぱり。
我が身が一番大切なのだろうか。死にたくないと泣き喚く、情けない心の声が聞こえる。
「ご心配なク。ミヤワキ・ユタカ=サンさんの活動は観察済みで、『大切なもの』が何かも確定していまス。あとは、実行するだケ」
感情の浮かばない黒光りする瞳に、怯える豊の顔が大きく映り込む。
スッと伸ばされた手には、メスのような刃物が握られていて。豊は諦めと安堵の混じる不思議な気持ちで、目を閉じた。
――どうやら、一番大切なものとは自分自身だったらしい。
でも、それは裏を返せば妻や息子は無事で済むということ。二人が助かるなら、これ以上のことはない。
ただ、欲を言えば二人には「愛してる」と最後に伝えたかった……。
頭に冴えざえとした清涼感を感じて、豊はそっと目を開いた。
何が起きたのだろうと周囲を見渡して、エイリアンが手にしているものに気がつく。思わず、目を
そこにある、黒い毛の塊は豊のよく知るもの――自分の、カツラだ。
「無事を確認する頻度、丁寧に撫でる回数、注意を払う時間……これがミヤワキ・ユタカ=サンの一番大切なものであることは、間違いありませン。ご協力、感謝しまス」
「え?」
状況の飲み込めない豊を尻目に、周囲の光は彼を呑み込むように眩しさを増していき――。
「夢……だったのか?」
気がつけば、豊は路上で一人立ち尽くしていたのだった。
考えをまとめようといつもの癖で額に手をやって、カツラが消えていることに気がついた。
手にしたスマホ画面は、まだ妻からのメッセージを開いたままだ。
(これが一番大切なものであることは間違いありませン、か……。宇宙人から見てそんな風に思われたんだな、俺)
苦い笑みが浮かぶ。
家族でも自分でもなくて、まさかそんなものが一番大切に見えるとは。
(でも、おかげで自分を見直す良いきっかけになった。俺にとって、一番大切なのは……)
スマホに目を落とし、妻に返信を送る。
『ヒーローショーの件、了解。明日は早起きするよ』
シュポッという送信音を聞きながら、空を見上げる。
――薄汚れた都会の空では、残念ながらUFOを見つけることはできそうになかった。
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