11:虹の乙女の祭日に

 国境に近い小さな村は、手作りの装飾でいっぱいに飾り付けられていた。春の空はふんわりと晴れていて、宿屋と食堂の間の道ともいえぬ道のまんなかに立って見上げると、色とりどりの花飾りをつけた糸が幾重にも架かっているのが目に鮮やかだ。


「おにーさん、このへんの人じゃないでしょ」


 ぼうっと見惚れているのが可笑しかったのだろう、つややかな栗色の巻き毛の少年がにやっとしながら声をかけてくる。

 彼は荷馬車の荷台に腰掛けて、紙で簡単に包んだ揚げ菓子らしきものを手にしている。背後に積まれた箱を見るに食糧品を運んでいるようだが、線の細い少年の靴はあまり痛んでおらず、白い頬にはそばかすもない。都市に高級な食材を届ける、裕福な商人の子どもだろうか。


「ね、もしかして外国の人?」

「旅人なんだ。あちこちの国を訪ね歩いている。つい昨日、国境を越えたばかりでね」

「へぇ! この国は初めて?」

「初めてだよ」

「じゃあお祭りのことも知らないね」

 彼は得意げに天を指差す。風が吹いて、飾りつけがきらきら揺れた。


 御者台から降りてきた筋肉質な男が「あんまりよそ様の邪魔をするもんじゃ……」と苦言を呈そうとする。

「いいじゃないか。旅の人もきっと知りたいよ、お祭りのこと」

「俺は聞きたいですね」

「ほら」

 少年が胸を張り、男は苦い顔で荷台に寄りかかって腕を組んだ。


 少年は菓子の包みをこちらに押し付けてくる。紙の隙間から香ばしそうに揚がった表面が見えた。まぶされた粗い粒の白砂糖が日差しを弾く。

「よかったら食べながら聞いてよ。美味しいから」

 彼のそばにはすでに、食べ終えたらしい包み紙が畳んで置かれている。

 ひと口かじった。砂糖の粒はかなり甘いが、卵を使っているらしい素朴な生地がほどよく和らげてくれる。なるほど、たしかに美味だ。


「今日は第三王女の誕生日なんだ。この国にとっては特別な姫さ。なにせ、幸運をもたらすという虹の髪をもつ乙女だからね」

 王家には時々生まれるんだって、と言う彼の声からは、そこはかとない気安さが感じられた。

「姫は誕生日になると国のなかのどこかに現れる。変装してね。どんな小さな村でも、都から離れていても、待っている民がいれば関係ない。だからどこでも、こうやって飾りつけをして待つんだよ。もちろんほとんどの場所には来ない。彼女はひとりしかいないから。だけど、みんなで準備して、お祭り騒ぎで食べて飲んで、きっと特別な一日になるはずさ」


 その口ぶりと、切ないような微笑みに、はたと気づく。少年の豊かな栗色の巻き毛は美しいが、若干の違和感があった。

「もしや……あなたが…………?」

「しっ。だめだよ。たぶんもう、この村の人はわかってて、だれが言いにくるかも決まってる」


 言われてみれば、あらゆる窓や物陰にこちらをうかがっている人がいる。隠れるのはうまくない。ひそひそ話が聞こえてきそうだ。


 ひとりの幼い少女が歩いてきた。少年はしゃがみこんで彼女を迎える。


「お姫さまなの?」


「そうとも」

 答えて、みずからの頭に手をかける。かつらを外した瞬間、下に隠したほんとうの髪がこぼれおちた。銀、いや白か。ゆるやかに波打ってひろがり、光の加減でさまざまな色にきらめく。虹というより蛋白石オパールのようだ。

 は少女にそっと頬を寄せたあと、ひらりと馬車の荷台に飛び乗った。


「お祝いをありがとう!」


 朗々とした声は王族らしい品位と威厳に満ちていた。服はそのままだが、もはや私の目にも裕福なだけの少年には見えない。

 荷馬車がゆるやかに走り出す。姫は積まれた箱から何やら掴みだして、追いすがる人々に向かってばらまいた。空色や薄紅や白や金や銀。小さな何かが光りながら散らばる。拾ってみると模様付きの紙できれいに包装された砂糖菓子だった。

 村人たちも走り去ろうとする馬車にむけて花やら菓子やらを投げている。姫が宙に手を伸ばして花束を受けとめる。きらびやかな笑顔を宝石のごとき髪がふちどっていた。晴れやかに手を振る彼女は、まさしく今、この国の中心なのだろう。人々が荷馬車を、姫を追って駆けてゆく。

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