09:絶対にバレないカツラ殺人事件 解決編

 窓から差し込む西日がアレに反射して眩しい。

 おかしい。ありえない。

 

 探偵を名乗る胡散臭い青年に広間に集められた屋敷の人々は何故誰もアレに言及しないのか。

 確かに今日殺人事件が起きて、皆混乱している部分はあるのだろう。

 アレの元凶は、今まさに探偵に犯人として追及されている真っ最中だという事実もある。

 だが、そんなことよりもアレの方がインパクトないか?

 気にしているのは私だけか?

 みんなシリアスな雰囲気を壊さないように、必死で我慢してるのか?


 それとも、ハラスメントか?ハラスメントを恐れているのか?

 昨今は事実をただ指摘する際も相応の気遣いがいる。そもそも、指摘すること自体がタブーとされる事実もある。アレもその類だ。

 だから、反射光が広間全体に乱反射しても、皆目を細めるだけで何も言わないのだろう。

 

 ああ、声を大にして言いたい。



 ハゲとるやないかい!


 最初に出会った時はフサフサだった毛量が、この広間に集まった時にはサイドだけ髪を残して見事なまでの肌色だ。いや、今は夕日が反射してオレンジ色だ。

 私がムズムズしていると、推理はいよいよ大詰めとなる。名探偵が中年男性の頭を指差して宣言した。


「光り輝くその頭皮。それこそが貴方が犯人である証拠です!」


 よう言った!!よっ名探偵。

 いやーよかった。俺だけ幻想が見えてるのかと思ったぁ。なるほど、この演出のために皆我慢してたのね。納得。


 うん、ハゲてる、間違いなく。いや、悪いことではないよ。馬鹿にしているわけじゃないし。ただ、明らかに空気がおかしかったからさぁ。その点を言ってるわけ。


「な、なぜ気づいた! 最新鋭の絶対にバレないカツラなのに!」


 犯人と思われる男は狼狽している。

 あのね、絶対にバレないってそういうことじゃないの。装着したら地毛と全く区別がつかないという意味なの。装着したらね。

 装着しなければバレるの。所有だけじゃダメ。それがカツラ。逃れられない運命なの。


「……しかし、ハゲだからと言って私が犯人だと決めつけるのは早計じゃないか!私は神に誓ってやっていない! たまたま、カツラをつけるのを忘れただけだ!」


 そんなことあるぅ?

 パンツ履くのを忘れてもカツラは忘れないよね。一番気を遣うところよね。


「では、被害者の血痕がついたこのカツラ。これがぴったりはまれば、犯人ということになりますね?」

「望むところだ。はまるわけがない」

「何か小細工をするといけないので、すみません、そこの人、装着してあげてください。貴方は抵抗しないでくださいね」


 近くにはメイドなどもいるのに、探偵は何故か俺を指名してきた。

 まぁこれもハラスメント的気遣いで、同性を指名したのだろう。仕方ないから付き合ってやる。

 私はカツラを受け取り、男性の頭皮に装着する。

 ぴったりはまった。

 分かってはいたが、さすが最新鋭。装着すれば、完全に地毛だった。


「はまりましたねぇ、見事に」


 嫌らしく探偵がそう言うと犯人と確定した男は何故か一緒にニヤリと笑っている。ショックで頭がおかしくなったのだろうか?


「ああ、綺麗にはまったな、罠に」


 罠という言葉に俺は思わず反応する。


「ど、どういうことだ?」

「そのカツラ、本当に精巧で装着している部分がまるで分らないんですよね~」

「だから、なんだ?」

「あれ、伝わりませんか? つまり、とても装着しにくいってことです。使説明書がないとまず装着できません」


 ……油断した。確かに、俺も最初に装着する時にクーリングオフ寸前まで手間取ったんだ。だが、認めるわけにはいかない!


「なんとなくやったら、つけられたんだ。なんだその言いがかりは!」

「そうですか、随分スムーズでしたけどねぇ。まぁいいですよ。同じ商品の愛用者に、貴方の頭皮を確かめてもらえば済むことですから。潔白だというのなら、抵抗しませんよね?」


 俺の頭皮には世界の秘密がある。それを他人に見られるわけにはいかないのだ。

 ここは……認めるしか……ない。


「探偵さん……俺の負けだ。髪をいじるのだけはやめてくれ。ハゲを見られたら、皆殺しにしなくちゃならねぇ」


 探偵は腕を組んで考える。


「なるほど。それが動機ですか。ハゲはそれほど隠したいものなんですか?」

「おっと! 説教なら聞かないぜ」

「説教? とんでもない。純粋な興味です」

「探偵さん。知らない方がいいことも、世の中にはあるんだぜ。好きなあの子のWEBの検索履歴とかな」

「……そうですね。秘密が多いほうが私の仕事も安泰です。さぁそろそろ参りましょう」


 探偵に促されて俺は、屋敷を出て警察の車に乗る。

 連行される途中、気になっていることを確認する。 


「なぁ刑事さん。刑務所ってのは、カツラはいいのかい?」

「残念ながらダメだな」

「そうですか……それは本当に残念だ……」


 俺は目を瞑って祈った。

 髪、いや神は信じていなかったが、これからのことを思うとそうせざるを得なかった。

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