06:銀のとばりは夜を隠す

 ずるりと手や腕に絡みつくその感触は、高級な絹糸のようにさらさらで、どこまでも柔らかく。

 持ち主の体温を存分に含んでいる事がありありと伝わる温もりは、どこまでも現実を突きつけてきて。


 呆然としながら、自分の手のうちにバサリと飛び込んできたその銀色に輝く塊の正体を把握すれば。


「ぴえぇ?!」


 人間らしい言葉の一つも出なくなるってものです。


「……貴様……やってくれたな?」


 つい先程まで、銀糸のように美しい髪をさらりと靡かせて、ピンと背筋を伸ばした美しい立ち姿で、鈴を転がすようなという表現がピッタリの声を震わせて、自らを公爵家の令嬢だと名乗ったはずのその人が。


 どうして男の人のように短く整えられた、夜空みたいに艶めく黒髪をさらりと揺らしながら、わたしを壁際に追い詰めているのか。

 どうして過渡期の少年のようなちょっと低めの掠れた声で、わたしの名を呼ぶのか。

 どうしてわたしの手の内にある銀色をした毛束の塊が、目の前の御仁の頭から落ちてきたのか。


 わたしにはさっぱり理解できなかったのです。


 そもそもわたしは、我が家の寄親である、雲の上の存在でもある公爵令嬢に挨拶しようとして、蹴躓いた単なる粗忽者で田舎者の伯爵令嬢です。

 親切にも支えてくれた彼女の美しい銀髪が、わたしの制服のボタンに引っかかって、それを取ろうと手を伸ばしたら、髪の毛全部ずり落ちてきたとか……本当なんの冗談なんですかね?


 そして……男子禁制のはずの女学院で、女学院の制服を着た、でも明らかに男性のこの人の存在が、ますますわたしを非現実に放り込む。


「ちっ。早々にバレるとは面倒な……。……とりあえず消すか?」


「ぴえぇぇ!?」


 その後、彼のお方の物騒な物言いに命の危険を感じ、全力で自らをプレゼンしたのは言うまでもない。

 だってまだ死にたくないし。人知れず消されたくないし。


 現在女学院に在籍する公爵家の寄子の中で、一番扱いやすいのが、弱小田舎伯爵家の自分である事を。

 わたし自身が田舎出身の粗忽者である事から、わたしの方が令嬢としての粗が目立って、そちらの違和感が目立ちにくくなる事を。


 なんだかんだと屁理屈を捏ね上げ、全力で命乞いプレゼンしているウチに目の前のお方の興味は引けたらしい。

 だって『おもしれー女』って言われたし。

 なんとか生きてるし。


 だから……。


 公爵家で生まれた黒髪の男子は魔女に狙われるから、魔女が興味を失う十八になるまで女装して過ごす慣わしなのだとか教えてもらったり。

(魔女って稚児趣味なの!? ていうか公爵家のそんな重要な秘密、知りたくなかった!!)


 何故か十八になる直前で男だとバレて魔女に拐われた公爵令嬢様(この場合令息様?)を、囚われの姫を助ける勇者よろしく救出に行く事になったり。

 (いやなんでわたし?! 確かに田舎者ゆえ多少の心得はありますが!? そしてちゃんとお助けしましたが!!)


 その功績を認められ、いつの間にか公爵令息様の婚約者になってたり。

 (いやいやなんでわたし?! こちとら田舎伯爵家出身の粗忽者ですが!?)


 それがぜーんぶ、初対面の邂逅でわたしの事を気に入った公爵令息様の策略だったとか……。


 初夜のベッドで押し倒されながらそれを聞かされるまで。


 わたしにはさっぱり理解できなかったのです。


 

「ははっ! やっぱお前おもしれーなぁ。

 俺を飽きさせないよう、一生俺のそばに居ろよ?」


「ぴえぇぇぇ!?」

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