第21話 犯人は?


 逗子海岸をふらふらと……足取りもおぼつかない……正気の沙汰とは思えない……それも……何とも美しい女性が……只…時々幻覚が現れるのか?それとも……幻聴を耳にするのか?ニヤニヤ空笑しながら……また、突然大声で笑い出したり……幻想を思い浮かべたように……ふらふらあてもなく……


 すると……60代の女性が心配そうに近づき言葉をかけている。


「ウウウッ( ノД`)シクシク…お可哀そうにウウウッ……お嬢様お寒うございます。お家に入りましょう」


「ふっふっふっふ……あ~っはっはっはっは~」

 只々当てもなくふらふらと……。


 何人もの女性が殺害されている裏には、誰もが知り得なかったドラマが……


 ★☆

 それでは……一連の事件は陸の彼女ををめぐる争いなのか?

 将又(はたまた)資産家田宮家の家督争いが絡んでの殺害事件なのだろうか?

 

 今までは陸の奪い合いで事件に発展したとの見解だったが、ここに来てこの一連の事件早川葵と今井絵里殺害事件は、どうも資産家陸の家族、田宮家の家督争いが絡んでの殺害事件に発展したのではないだろうか、とも言われている。


 陸には腹違いの弟妹が3人もいる。

 父と愛人美知の間に出来たHINATAと雄大。

 父と叔母の間に出来た男の子太郎。


 どうも……この一連の事件は一筋縄ではいかない。


 確かに本妻の息子陸には納得のいかない話なので、安福時を継承することとなった雄大の事は引っかかるが、それでも……今となっては有り難い選択だったと感謝している陸。


 どういう事かというと……陸は日本で屈指の漫画家だ。

「お寺を継承しろ!」と言われてもそんな時間はどこにもない。


 また……義父忠司が若い愛人美知に狂い、年老いた母陽子を追い出しにかかったが、檀家さんの反発でそれは叶わなかった。


 近所のスナックに長年勤めていた美知は収入を得るために、何人もの有力者たちと深い関係になっていた。そんな事は賢い妻たちが見過ごす訳がなかった。だから……陽子と離婚して美知が住職夫人坊守(ぼうもり)さんになると聞いて檀家さんから総スカンを食らった忠司。


 この様に檀家とこじれる寺院はどこにでもある話だ。こじれると中には長年お世話になっていた檀家をやめる家庭もある。その理由は、お寺との関係悪化やお金の節約だと言われている。


 美知もまさか……住職と愛人関係になるとは思わず、若いうちは金持ちや有力者にばかり擦り寄り、色仕掛けで金を搾取するという取り返しのつかない過ちを犯していた。


「いい加減にして下さい。あのような女では神仏を冒涜する行い罰が当たります。あんなメギツネ を坊守さんとは口が腐っても呼べません。もし……強引に結婚されるのでしたら……私たち檀家を辞めます!」


 忠司はよくよく考えて美知との関係を断ち切った。


(兄剛と関係があっただけでも耐えられなかったのに、町内の名士たちとも肉体関係があったとは許せない!)


 こうして……陽子は現在も尚、安福時の住職夫人坊守(ぼうもり)さんとして檀家さんから絶大な人気を誇っている。一方の住職忠司はあのようなハレンチな女との一件以来人気が急降下、坊守さんのおまけのような存在で、「有難くない生臭坊主」と影で噂を立てられている毎日。


 美知は安福時住職夫人の夢がついえて落ち込んでいるかと思いきや、美知もそれなりの財産分与を住職忠司から頂き、高級マンションで悠々自適の生活を送っている。それはそうだろう。娘は日本のトップアイドルで息子雄大は安福時の次期住職で現在は副住職として修業に励んでいる。2人の子供たちからの仕送りは相当の額だ。


 

 それでは……2人目の愛人で叔母詩織は、その後どのような人生を歩んでいたのだろうか?

 

 安福時で住職剛と深い関係になり最初は剛を恨んだ詩織だったが、思いもよらない考えが頭をもたげた。


(今こそ姉の夫を奪い、姉に対して抱いていた大きなコンプレックスを克服する時がやって来た)

 あの当時は義兄剛が好きというより(やっと私にもチャンスが巡って来た!姉に勝てるかもしれない……)義父に強姦されかかって逃げてやっとのこと、姉に助けて貰ったのだが、その恩も忘れて今まで散々母に言われ続けた言葉を、何とか払拭したくて兄を奪い取ってやった。


「あなたは何をやってもお姉ちゃんとは比べ物にならない出来の悪さね。もし勝てるところがあるとしたら顔だけね!」この言葉がいつも頭をよぎり兄との逢瀬を繰り返していた。


 だが、息子太郎を両親に預けて、スチュワーデスとして国外を飛び回っている内に、パイロットから告白されて結婚していた。


(あの時は家族という小さな空間で、私は只の居候で姉はお寺の坊守さんとなって檀家さんたちから神様のように尊敬され崇拝されていた。私はこの小さな世界で完全に姉に負けてしまい、到底太刀打ちできない神様と乞食位の開きが出来てしまい、悔しさを通り越して生きる気力を完全に失っていた。そんな時兄に強姦されて一時は人生を恨んだが、これだ!これで子供でも出来てしまえば、私の方が姉より13歳も若くて器量も姉より上だ。そうだ!今までの屈辱の人生を兄剛を奪う事で、はね返して姉にやっと勝利できる!)こうして詩織は姉の夫剛の子供を産んだ。それはそれは可愛い玉のような坊や太郎を産んだ。


(だが、剛は私にのめり込み一時は私のマンションに通い詰めで、完全に姉に勝利していたが、パイロットの彼が出来たら、剛は15歳も年上で只の中年、只の粗大ゴミとなってしまった。こうして兄剛と別れた。もう姉に対するコンプレックスは完全に消えた。私の方が姉より魅力的だという事もよ~く分かった。だからこれからは姉陽子とは同等の関係を築こうと思う)


 この様に三者三様に幸せな人生を歩んでいるので、家督争いなどは無いとは思うが、実は……陽子だけは違っていた。僧侶一輝との逢瀬をバラされた陽子は夫から離婚を言い渡されていた。

 それも……不倫が原因なので子供陸の親権は剛が持つ事となった。更には慰謝料もこれだけ安福時の為に朝から晩まで尽力したにも拘らず雀の涙ほど。更には当然の事だが、一輝は安福時を追い出された。


 だから……一輝と陽子は今井家を恨んでいるので、今井絵里を殺害した可能性は無いとは言い切れない。それと……早川葵だが、ここに来て分かった事がある。実は……15年も前の事にはなるが、陸に付きまとい度々安福時の周りをうろついていた事が判明した。陸とは到底釣り合わない、身分違いの売れない女優が陸に付きまとい母陽子は葵とのことを何よりも危惧していた。


「あんな冴えない女優と結婚なんて絶対に有り得ない!」この様に葵が邪魔で仕方ない陽子だった。

 

 だが、他には安福時一家で早川葵や今井絵里の母に恨みを持つような者は誰もいない。




 





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