第15話 怒り

  


 陽子と一輝はその後どうなったのか?


 夫剛は実は……突然の激しい頭痛で緊急入院した。

 病院で調べた結果クモ膜下出血を発症していたことが判明。こんな厄介な病気にも拘らず、処置が早かったので運が良い事に後遺症も残らず完治した。


 こうして夫剛が治療を終えて帰って来たは良いが、陽子と一輝は既にズブズブの関係で今が一番いい時期だ。今更2人の関係が容易く清算出来る訳がない。


 最初こそ剛が居なくて大変な思いもしたが、何とか僧侶たちと協力して切り盛り出来るようになったので、治って退院してくれたは良いが、ハッキリ言って一輝と陽子にとっては迷惑だ。2人は困り果てている。


 だが一度火が付いた関係を断ち切る事などどうして出来よう。

 そこで……2人は考えた。そういえば毎週日曜日10時から1時間説教が行われる。


「俺は……もうこれで2人の関係を清算するなんて出来ない。日曜日の説教の時間帯を逢引きの時間にしよう」そう一輝が言った。


「私だって……一輝とのこと終わりになんて出来ない。良いわ!そうしましょう」


 まだこの時期、陸も授かっていなかったので離れは誰もいない。こうして……離れの自宅で逢引きをする事にした2人。だが……剛は治ったと言えども、クモ膜下出血と言えば死と背中合わせの病気だ。容態が優れなくなることは度々あった。


 ある日の日曜日の説教中に急に気分が悪くなって、とうとう剛は副住職に代わってもらい家の離れに帰って来た。


 体調が悪くて寝室に行って休養しようと……2階の階段を上がろうとすると、その時居間の方から何やら……艶めかしい……声が……。


「……嗚呼……ああああ💋……あああ💛……」

(一体どういう事だ?) 


 そう思い、恐る恐る居間の障子を開けると、一輝との陽子の一糸纏わぬあられもない姿に、カーッとなって側にあった行燈を絡み合っている2人目掛けて投げ付けた。そして言った。


「お前ら―!いい加減にしろ――――ッ!💢💢💢一輝キサマ――ッ!今日限りでこの安福時から出て行け――ッ!折角手を掛けてやったというのに……何だこのざまは?トットと失せろ!そして……陽子よくも妻の分際でこんな裏切りを……それも退院して帰って来た俺に対して、よくもこんな真似が出来たものだな?お前の顔など2度と見たくない離婚だ!」


「ウウウッ( ノД`)…住職許して……許して下さいぅぅっ( ノД`)シクシク…わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」

「もう絶対に許せん!さっさと荷物をまとめて出て行け――――ッ!💢💢💢」


「あなた……あなた……ウウウッ( ノД`)シクシク…ごめんなさい。わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭許してわあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」


 こうして……安福時を追い出された一輝は実家に帰ったが、また違う寺院に修行に出たらしい。

 

 そして陽子だが……絶対に許す事など出来なかったが、何と妊娠が判明。剛にしても後継ぎが出来たのに追い出す訳にもいかず今日に至った。


 それでは……陸は一体誰の子なのか?


 夫剛の息子なのか?それとも僧侶一輝との間に出来た不義の子なのか?

 だが……陸が誕生した頃は、まだDNA鑑定が確立されておらず調べる事は出来なかった。


 ※警察におけるDNA型鑑定は、 平成元年(1989年)科学警察研究所で実用化したことに始まった。警察庁は、平成4年(1992年)度から、府県にもDNA型鑑定を導入すべく、「DNA型鑑定の運用に関する指針」 (平成4年4月17日付刑事局長通達)を制定した。


 ★☆

 夫の剛は、一輝と陽子の現場を見てからというものイライラが止まらない。


 そんな時にこの安福時では説法、説教の他に、個人的に占いも住職である剛の代から始めていた。


 何故仕事が目一杯なのに剛は更に余分な事にまで手を広げたのか?


 それは学生時代に男の友達が失恋して苦しんでいた事があった。そこで先ずはほくろ占いで相手の未来を占ってやった。よくよく友達の顔を見ると、ほくろの位置からして最強の彼女が現れるほくろを発見した。


「君は嘆かなくても大丈夫。そんな彼女の事など忘れなさい。もう直ぐ君には理想にぴったりの素晴らしい彼女が現れる。だから嘆くことはない」

 そう占ってやった。すると2か月後に素晴らしい彼女が見つかり、その彼女とゴールインした。


 剛は以前から占いに興味があり書物で勉強していた。このような理由から、自分が寺の仕事に携わるようになったら実践しようと思い立った。


 タロットカード・手相、ほくろ占いまで、暇な時間を活用して要望があれば檀家さんとは言わずとも、お寺参りに来た人にも快く応じていた。


 このような理由から剛が占いで救った人は数知れず。こうして檀家さんたちが助けて貰ったお礼だと言っては、剛の時間が空くと剛を引っ張り出してくれた。


 それこそ魚釣りや、穴場の有名な高級料理店などにも招待されたのだが、その帰りは決まって近くにスナックが多かったことから、接待されて行くようになった。


 このような理由から愛人美知と懇意になってしまった。剛は妻陽子を絶対に抱く事が出来なくなってしまっていた。目の前でまざまざと浮気現場を見てしまったのだから……。



 ★☆

 ここで田宮家の相関図を詳しくお伝えしよう。

 

 陸の父で住職剛は随分若い住職となっていたが、それは何故なのか?


 これには訳があった。剛は寺の跡を継ぐべく、大学卒業と同時に福井にある日本最大級の寺院永徳寺に預けられ、3年修業したのちに家に戻って後継ぎとしての修行に励んでいた。


 この時剛の父は住職として朝早くから夜遅くまで住職としての責務を果たしていた。住職というものは仕事が山積みだ。そんな忙しい住職夫婦は唯一の趣味が高級車と、それに乗って夫婦で旅行する事だった。

 

 それでも……お坊さんが高級車に乗っていれば、檀家さんから白い目で見られそうだが、まあ考え過ぎかも知れないが、お布施をふんだくって贅沢三昧しているように思われそうで気が引けるが、住職というものはそれこそ朝から晩まで休む暇がない。唯一の道楽が車と旅行だった。


 そう……これだけが唯一の楽しみだった。


 お坊さんは実際どのような交通手段で移動しているのか、皆目見当がつかない。

 そこで……各宗派のトップ、ピラミッドでいうトップのお坊さんは、本当に高級車に乗っているのか?


 実は……全員ではないが、かなりの高級車で、そして……運転手付きで移動しているケースがあるらしい。

 

 その理由として挙げられるのが、住職というのは寺院の管理・運営のほかに、冠婚葬祭、法事、様々な供養を行ない、仏教の教えを人々に伝えていくことが住職の役割である。 また、人々の悩み事を聞いて相談に乗ったり、地域での人の道を説く説法や説教したりと、人々を導くのが住職の仕事である。


 そんな人々の上に立ち人の道を説くトップの住職が『20年経過している(質素な)軽自動車に乗っている』と想像すると、どうなのかなと思うところがある。やはり仕事柄「威厳を保ちたいというところが理由のひとつにあるのかと思われる。


 また『運転手付き』というのは良い生活をしているように思われがちだが、実は……トップの住職の方はご高齢の方も多く、運転をなさらないケースが多い場合もあるので、運転手がついているのは仕方のないこと。


 それと『あそこの住職がこんな高級車に乗っているのに、自分だけが……』といった対抗心からというのもある。このような諸々の理由から高級車に乗る住職も多い。

 

 ★☆

 剛が修行を終え家に戻って副住職の職務に就いて早3年の月日が流れていた。そんなある日住職夫婦はまたしても群馬に、高級車ベンツで旅行に出掛けた。お目当ては仕事の疲れを癒す為の草津温泉旅行だ。

 

 こうして……夫婦はいそいそと旅行に出かけたのだが、この旅行好きが災いして交通事故で剛の両親であり住職夫婦は呆気なくこの世を去ってしまった。


 ショック冷めやらぬ中、急遽息子剛が重要な仕事住職を引き継ぐ事になった。そして……この時は、まだ交際中だった陽子と、これまた急遽結婚となった。こうして若干28歳で住職になった剛。


 それなのに剛がクモ膜下出血で生死の境を彷徨っていた丁度その頃、僧侶の一輝と妻陽子は逢引きを繰り返していた。




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