12枚目 盗賊王子と転生姫〜お世話係と将軍を添えて

『続きまして、一年三組の発表です。劇を演じます。タイトルは、盗賊王子と転生姫です』

 放送委員の声が終わると、じょじょに体育館が暗くなった。ステージに照明があたって、赤い幕が上がっていく。


『あれ? 私、ベッドで寝ていたはずなのに……それに、このドレスって……』

 美香ちゃん演じるエミーア姫は、自分が日本から転生してきたことに気がつく。

『どうされました? エミーア様。もしかしてご緊張なさっておりますか。今日は、ウェルダン王子がいらっしゃいますから』

 私が演じるのは、姫のお世話係・サリサ。エミーア姫の髪をとかしながら、うふふと笑う。

 水川くん演じるウェルダン王子が城にやってくる。前世の記憶を取り戻した状態で、王子の顔を見たエミーア姫は気がついてしまう。

『私の世界のアニメだと……盗賊だった男だわ』

 城の人間に頼んで、街の人々から情報を集めたエミーア姫は、ウェルダン王子が盗賊であることを確信する。

『私は、自分の気持ちが、分からない』

 温厚で爽やかな王子としての顔と、盗賊としての顔、どちらが本物の彼なのか? その疑問に悩むエミーア姫は、王子との面会を拒絶するようになる。

 ウェルダン王子は、自分の秘密がバレたことを察し、エミーア姫との縁談を諦める。


『それでよいのですか、ウェルダン王子』

 悲観する王子に問いかけたのは、鈴村くん演じる・バロガー将軍。

『僕は盗賊だよ。高貴なお姫様が、盗賊なんかと結婚すれば、両国が混乱する』

『あなたが本当に卑怯な盗賊なのであれば、姫を盗めばいい』

『そんなこと、できるわけがないと知っているだろう!』

 王子は手を大きく振って叫ぶ。将軍は、王子の激情を冷静に受け止める。

『存じております。だから自分は、あなたに付き従っているのです。あなたが盗みを働く理由を、きちんと伝えるべきです』

『そんな、いい人ぶるようなマネ、情けなくてできないよ』

 くすぶる王子を見かねたバロガー将軍は、エミーア姫が心を開いているサリサに相談を持ちかける。

『どうかお願いしたい。私が指定した日時と場所に、エミーア姫を連れてきていただけないだろうか』

 サリサは、ひざまずくバロガー将軍をじっと見定める。

『……かしこまりました。お引き受けいたします』

『信じてくださるか』

『腹にたくらみを隠してエミーア様に近づく者は、数えきれないほど拝見してまいりました。それらを排除するのが私の務めです。あなたの腹に、黒いものは見えません』

 サリサはエプロンのすそをつかんで、ペコリとお辞儀して、その場を去る。


 バロガー将軍とサリサのはからいによって、エミーア姫は真実を見る。

 満月の夜に、貴族の家から宝石を盗み出すウェルダン王子。それを、さびれた服の男性に渡していた。

 ウェルダン王子は、貴族による富の独占を解消したいと考えていた。貴族が傭兵を雇い、平民から金目のものを巻き上げ、貧民を奴隷にしている現状を変えたかった。

 ウェルダン王子が盗んでいたものは、貴族が平民から奪っていたものであった。それを持ち主に返していただけだったのである。

『ああ、私は、なんて馬鹿な勘違いを……』

 その現場を見たエミーア姫は、王子のもとに駆け寄った。王子は首を横にふる。

『どのような理由であれ、僕が盗みを働いているのは事実です。こんな男と結婚すれば、あなたも不幸になる』

 暗い顔をする王子の頬を、エミーア姫は優しく包み込む。

『かまいません。あなたの民を思う心は、間違ってなどおりません』

 こうして二人の仲は戻った。


 しかし、王子から金目のものを奪い返された貴族たちが、その腹いせに、王子の秘密を国中にばらしてしまう。

『泥棒なんぞに、エミーア姫は渡さん!』

『国の上に立つものが、罪を犯すなんてとんでもないわ!』

 批判の矢を全身にあびる王子を見て、姫は胸の痛みに耐えきれなくなった。サリサやバロガー、姫の味方をしてくれる召使いたちの助力を得て、ことの真相を伝える。

『王子はただ、暴利をむさぼる貴族から、平民や貧民を護っただけなのです。この行為が裁かれるというのなら、私も共に罰を受けます』

 真実を知った民は、王子の行為を許し、自分の利益のために悪事を働いた貴族を非難する。

 こうして、障害を乗り越えたウェルダン王子とエミーア姫は、ついに結婚前日の夜を迎える——


 ——ステージの上には、エミーア姫とサリサがいる。エミーア姫の前にひざまずいたサリサは、柔らかい口調で話しかける。そんな二人に、スポットライトが惜しみなくあてられる。

『明日、エミーア様の晴れ姿をこの目で拝見できること、恐悦至極でございます』

『ありがとう、サリサ。あなたには感謝してもしきれないわ』

『何をおっしゃいます。エミーア様の幸せが、そのまま、私の幸せでございます』

 サリサは上目でエミーア姫を見る。絵画のように美しいほほ笑みは、水面のようにゆらいでいる。


 私は口を開いた。

「エミーア様は、幸せですか」

 美香ちゃんの目が大きくなった。私はかまわずに続ける。

「エミーア様は、ずっとずっと、自分を押し殺しておりましたね。小さい頃からお傍におりました、私は存じております。綺麗だ、美しいともてはやされる度に、とりつくろった笑顔を浮かべておられました。縁談が持ち上がる度に、胸をつかんでおられました。私は、そんなエミーア様を、ずっと間近で拝見していたのです」

 立ち上がった私は、美香ちゃんの手を両手で包んだ。美香ちゃんの目を一直線にとらえる。

「どうか、あなたの本当の心を教えてください。その結果、周囲がどのような目であなたを見ようとも、私だけは、あなたの味方であり続けます。心の友であり続けます。だからどうか、お話しいただきたいのです。あなたは、この結婚で、幸せになれるのですか」

 私は、美香ちゃんの手を包む力を強めた。舞台袖にいるクラスメイトたちが、あたふたしているのが分かる。


 どうか、私の考えていることが、美香ちゃんに伝わってくれますように……!


 美香ちゃんは、口をポカンとあけたまま、ぼうぜんとしていた。私はただ、美香ちゃんを見つめる。

 美香ちゃんの、宝石みたいに綺麗な目に、手が映った。美香ちゃんの手を包む私の両手が。

「……私は」

 美香ちゃんの唇がぷるぷると揺れ始めた。美香ちゃんの口のなかに、すうっと空気が入り込んでいく。たまった息を、美香ちゃんは、一気に吐き出した。

「……誰かと付き合うなんて、分からない……!」

 会場の空気が、伸ばした糸のように張りつめた。

「私は、恋とか、愛とか、全然分からない。男の人に見られるのが怖い。女の人に恨まれるのが辛い。この見た目のせいで、立場のせいで、大切なお友達を失ってしまいそうになって、私は自分が大嫌いになった……!」

 美香ちゃんは頭を左右に動かしている。そのはずみで、頭にのっていたティアラが床に落ちた。

「私と仲良くなりたいって、近づいてきた男の人の中に、私のこの怖さを分かってくれた人はいなかった。私の悪口を言う女の人は、私が男の人をたぶらかしているって誤解していた。私と友達でいてくれたのは、お話しをしてくれたのは、そばにいてくれたのは、ひか——」

 そこまで言って、美香ちゃんはハッと我に返った。美香ちゃんの頭の動きが止まったから、私は、美香ちゃんの表情を確認することができた。

 ほっぺたをびしょぬれにして、歯を食いしばっている。


「——あなただけだったの」


 そう言った時の美香ちゃんの顔は、今まで見たどんな美香ちゃんよりも、ゆがんでいた。

 だけど、そんな表情こそが、私の目頭を熱くさせた。

「ありがとうございます。それが、あなたの本当の気持ちだったのですね。私を友達と言ってくださって、これ以上の幸せはございませんわ。エミーア」

 私は美香ちゃんを抱きしめた。美香ちゃんの細いうでが、私の背中に回る。


「こんな終わりは認めないよ、エミーア姫」

 舞台の袖から、盗賊衣装の水川くんが、颯爽と歩いてくる。その手には造り物のナイフが握られている。

「約束したじゃないか。どんな障害がふりかかろうとも、二人で生きていこうって。そういえば君は、一度も僕に、愛していると言ってくれたことはなかったね。もしかしてウソだったのかい? 共に障害を乗り越えていこうっていうのは。そうか……ハハハ。分かった。ウソをつくような悪い子は……盗んじゃってもいいよね?」

 水川くんは口元にナイフを持ってくる。ライトを反射して、刃先が鋭く光る。あやしく笑う水川くんを見ると、演技だと分かっているのに、背筋がぞくぞくする。

 水川くんと美香ちゃんの間に立つ私は、水川くんに鋭い視線を送る。

「エミーア様を……私の友を傷つける者は、何人たりとも許しません」

「僕の台詞だよ、サリサさん。あなたが、エミーアをそそのかしたんだね。誰かを洗脳するような悪人からは——命を盗んでやらないとね!」

 水川くんが一気に距離をつめた。私はとっさに後ろに下がる。一歩引いた右足がティアラを踏んだ。


「あっ」

 私は宙で仰向けになった。美香ちゃんは口を両手で覆う。水川くんは目を見開く。客席から悲鳴が上がる。

 落ちる。背中から。ステージの下に。

 痛みに備えて、私はぎゅっと目を閉じた。


「……あなたが、このような非道なまねをするとは、残念です。王子」

 暗闇の中から、心地いい耳触りの声が聞こえてきた。

 さっきまで会場を包んでいた悲鳴が、上ずったものに変わっている。

 ……よく考えたら、背中から落ちたはずなのに、まったく痛みがない。どうなってるの?

 私は恐る恐る目を開けた。

 かがんでいる将軍様が、引き締まった顔立ちで、ステージ上の王子様をキッとにらんでいる。

 私はというと、将軍様に抱きかかえられていた。


 ……あれ? この体勢に妙な既視感があるんだけど。

 ここまで状況整理が進んだところで、私はやっと気がついた。さっきから飛び交かっている、キャーキャーという黄色い声の正体に。

 ……私、また、お姫様だっこされてる?


「あ、あの、す、すず——むぐっ」

 思わず演技を放棄した私の口を、鈴村くんの大きな手がふさいだ。

「君だけは僕の味方じゃなかったのかい、バロガー」

「あなたの人柄を信頼していたからです。だが、この行為は見逃せない……ウェルダン!」

 私を床に置いた鈴村くんは、舞台の上に飛びのった。剣のレプリカを抜刀する。鈴村くんの剣と、水川くんのナイフがぶつかり合う。

 剣にもナイフにも力がこもっている。それぞれの刃先が震えている。

 歯を食いしばっている水川くんが、フフフと笑う。

「こんなにムキになったバロガーは初めて見たよ。もしかして、彼女に気があるのかな。お堅い将軍様だったのにね」

「……そうだ。彼女を護るためなら、この身ですら、いくらでもなげうてる」

 剣とナイフに流れた力が限界に達して、お互いの武器が弾けた。鈴村くんと水川くんが、その衝撃でのけぞる。

 先に体勢を立て直したのは鈴村くんだった。水川くんの懐に潜り込んだ鈴村くんは、剣の持ち手の部分で、水川くんの脇腹を軽く突く。

「がっ……!」

 大げさに痛がって見せた水川くんが、バタッとその場に倒れ込んだ。

 水川くんに馬乗りになった鈴村くんが、横目で美香ちゃんを見た。その視線に反応した美香ちゃんは、あわてて立ち上がり、客席に向かってエピローグをのべる。


「こうして、盗賊王子と転生姫の物語は終わりました。必ずしも、主人公とヒロインが結ばれることだけが、恋愛をすることだけが、幸せだとは限らないのでした——」

 美香ちゃんの目が、舞台の下で座り込んでいる私を映した。

「——ですが、王子と姫の物語の中で、芽生えた恋もあったようです。恋や愛が物語の主題になるか、ならないかは、その人次第なのでしょうね」

 にこりと笑った美香ちゃんは、観客席に目線を向けて、両手を大きく広げた。


 スポットライトが、美香ちゃんと、私と、鈴村くんたちに当たる。同時に、大きな拍手が体育館に響きはじめた。

 私の全身から力が抜けている。こんなにたくさんの光を浴びたことも、拍手をもらったこともない。

だって今までは、脇役だったから。

 だけど、私、なれたんだ。

 ずっと憧れていた、まぶしかった……「主人公」に。

 目に映る景色がぼやけていって、私は、自分が泣いていることに気がついた。

 カーテンが下りて拍手が鳴りやむまで……ステージから降りた鈴村くんが、私の手をとって立ち上がらせてくれるまで、私はずっと涙を流し続けていた。

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