8枚目 脇役、決起

 ——家に帰った私は、布団の上でうつぶせになっていた。

 美香ちゃんのアスグイが出たってことは、美香ちゃんに起きるはずだった出来事——運命点が書き換えられたってことだ。それを元通りにしないといけない。

 鈴村くんに謝らないといけない。美香ちゃんとも話をしないと。

 やらなきゃいけないことが、たくさんある。分かっているのに、頭の中を罪悪感に支配されて、きちんと考えられない。


 私って、こんなに性格の悪い子だったんだ。最低だ。悪役のくせに悲劇のヒロインぶって泣くなんて、どうしようもないダメ人間だ。


「いつまでメソメソしてんだよ、ボンクラ」

 けだるげな声に続いて、大げさなため息が聞こえてきた。

 ここは私の部屋なのに、誰⁉

 私がガバッと起き上がると、目の前に手のひらサイズの悪魔がいた。赤い髪に紫色のローブ、黒い羽を使ってプカプカと浮いている。

「誰……?」

「は? お前が呼んだんだろうが。オレはデビンだよ。こんなミチビキ人で大丈夫かよ」

 ミニチュア悪魔——デビン? は、鋭いつり目で、私に呆れた眼差しを向けてくる。

 そっか。『THE LOVERS』のカードを使った時はアーくんとイーちゃんが来てくれた。今回は『THE DEVIL』のカードを使ったから、デビンが来てくれたんだ。

「のんきに寝てる場合じゃないだろうが。朝比奈美香、お前の友達なんだろ。さっさと運命点の修正方法を考えろ」

 友達、という言葉に、私の肩がビクンと反応する。

「私、美香ちゃんの友達なんかじゃない」

「は? なんで」

「だって私、美香ちゃんのこと、何にも分かってなかった。それに、美香ちゃんに嫉妬して、ひどい態度をとった。こんなの友達って言えないでしょ」

 私の言葉を聞き終えたデビンは、ポリポリと頭をかきながら言った。

「お前の感情は、アスグイによって大きくされていたんだよ」

「大きくされる……? どういうこと?」

「アスグイは、人の感情を揺さぶって、本来とは別の行動をとらせようとする。あのバカップルから聞かなかったのか?」

 デビンは、やれやれといった様子で肩をすくめる。バカップルって、アーくんとイーちゃんのこと……だよね?


「そういえば、そんなことを言っていた気がする」

「あのアスグイは、お前の中にある、朝比奈美香への嫉妬が大きくなるように仕向けたんだよ。公園で変な撮影に巻き込まれたのも、アスグイのしわざだ。あの出来事のせいでお前は、朝比奈美香に対して、本来より大きな負の感情を抱いてしまった。そうしてお前が朝比奈美香を突き放す。唯一の心のよりどころであるお前を失った朝比奈美香は、本来起こすはずだった行動をとれなくなった。こうして運命点をめちゃくちゃにされたんだ」

「それじゃあ、私の心が、アスグイに負けたせいで……」

 私の目が、またうるんできた。身体中の水分を出し尽くしたはずなのに。

 そんな私を見たデビンが「ああああ!」と叫んだ。

「うじうじうじうじ、メンドくせえな! 負の感情がない人間なんていねえっつーの! だから、オレみたいなタロットがあるんだろうが! ミチビキ人なら、そんくらい分かるだろ!」

 私はハッとした。『THE DEVIL』の正位置が表すのは「誘惑」。鎖につながれているのに、抵抗せずにじっとしている男女。そんな二人を、悪魔がじっと見下ろしているタロットだ。欲望に誘われるまま、どんどんダメになっちゃうことの暗示だ。


 誰もがマイナスの感情を持つ可能性がある。だから、『THE DEVIL』みたいに、マイナスの意味を持つタロットが生まれたんだ。他のタロットだって、正位置ではいい意味でも、逆位置だと悪い意味になるタロットもある。


「それにお前は、朝比奈美香のアスグイが出た時に、朝比奈美香を守ろうと行動しただろ。本当にダメな人間は、嫉妬の対象がひどい目にあったら喜ぶぞ。喜んで見捨てる」

 デビンの言葉を聞いても、私の中の美香ちゃんに対する罪の意識は消えなかった。だけど、やるべきことをやらなくちゃって気持ちになれた。

「とりあえず、美香ちゃんの運命点を修復しないと。それから……」

 私は携帯を取り出した。公園に行った日の帰りに、交換したばかりの連絡先を表示させる。


 はじめてメッセージを送る相手だから緊張したけど、迷ってはいられない。

『水川くん、月曜日の朝、お話しできないかな。朝がダメなら、お昼休みとか放課後でもいいんだけど』

 幸運にも返事はすぐにきた。

『大丈夫だよ。何時にしよう? 教室でいいかな』

 水川くんの完璧な王子様っぷりには、ただただ感謝しかない。

「なんの連絡をしたんだよ?」

「美香ちゃんは、恋愛とかよく分からないんだって、男の人といるのが苦しいんだって言っていた。だから、水川くんと美香ちゃんの仲を取り持つのは、できないって。こういうお話しは、直接会って話す方がいいと思って」

 携帯をのぞき込んできたデビンに、私は沈んだ声で答えた。

 水川くんには申し訳ないけど、美香ちゃんに無理強いはできない。ここをしっかり謝って、そうしたら、美香ちゃんの運命点を直して……

 鈴村くんに、ごめんなさいって言わなくちゃ。

 水川くんに何て言おう、鈴村くんにどうやって謝ろう、美香ちゃんは学校に来てくれるかな……

 考えることがいっぱいありすぎて、頭が疲れたみたいだ。いつの間にか私は目を閉じていて、気がついた時には朝になっていた。

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