2枚目 王子様からのお誘い⁉︎

 今日の一時間目は学活だった。黒板の前には水川くんが立っている。水川くんはクラス委員長を務めているんだ。

「それじゃあ、学級発表会の配役を決めようか」

 この学校には、六月に『学級発表会』という行事がある。各クラスが歌やダンス、映画なんかを発表するんだ。

 私たちのクラスは、演劇をすることに決まっていた。文芸部の二人が書いたオリジナル脚本だ。題して『盗賊王子とうぞくおうじ転生姫てんせいひめ』。現代からファンタジーの世界に、お姫様として転生した女の子が、盗賊という裏の顔をもつ王子と恋に落ちる話らしい。こういう「転生するストーリー」が流行っているんだって、脚本担当の子たちが言っていた。

「まずは王子役とお姫様役からだね」

「投票にしようよ!」

 水川くんの言葉に、窓際の席の女の子が手を挙げて提案した。誰も反対しなかったので、全員にメモ紙を配っての総選挙が始まった。

 まあ、「ほぼ」出来レースだけどね。

 私はまず、お姫様役として美香ちゃんの名前を書いた。迷いなく。これは私だけじゃない。クラスのみんなが同じ名前を書いているはずだ。

 王子様役は二択で悩んだ。私のクラスには主演男優が二人いるのだ。

 水川くんか、鈴村くんか……。正直、どちらが王子様になってもハマリ役だと思う。

 だったら「美香ちゃんとの相性」で決めればいいんじゃないかな?

 頭をぐるぐるさせた私は、「水川爽人」と書いた。

 おしとやかで大人しい美香ちゃんは、爽やか系主人公の水川くんにリードしてもらえる方がいいと思ったんだ。鈴村くんは、あんまりおしゃべりじゃないからね。

 

 全員の投票用紙を集めた水川くんが、得票した人の名前を黒板に書いていく。名前の下に正の字を書きながら集計している。

「蒼と朝比奈さん……。えー、俺? 俺と朝比奈さん……。ちょっと、俺って書いた人たちは真面目に考えた? 王子って雰囲気じゃないでしょ、俺」

 水川くんは苦い顔をしてるけど、たぶん、クラスのみんなが心の中で突っ込んだと思う。

 いや、王子様度であなたと張り合えるのは鈴村くんぐらいだよ。って。

「俺と東条とうじょうさんで、次が……。おっ、蒼と月嶋さん!」

 ……え? このクラス、月嶋さんって二人いたっけ。

 クラスの女の子の名字を、頭の中で音読してみた。だけど、もう一人の月嶋さんはいなかった。

 いやいや、この投票をした犯人は、一年三組の発表会を破壊しようというのか!

 水川くんが指をパチンと鳴らす。

「ちょうどいいや。もう一票ずつ入れよっと」

 私の正の字が一個増やされた。

 ちょうどいいって何! 存在しない票を委員長権限で増やしちゃダメでしょ!

 目立たない女が謎の連続得票をしたせいで、クラス中から奇異の目線が向けられた。私は自分の机とお見合いを開始する。

 この地獄の時よ、早く過ぎて!

「これで全員分だね」

 水川くんがチョークを置いた音で、みんなが黒板に向き直った。ああよかった、疑惑の眼差しから解放された。

 顔を上げた私は結果を確認する。王子役は予想通り、水川くんと鈴村くんの二者択一だった。クラスのみんなが分かっていたことだ。

 正の字を数え終えた水川くんが、不服そうな表情になる。

「マジで? 俺なの? 蒼と一票差かー。俺に投票した人の罪は重いよ? 俺、大根役者だよ? 絶対に蒼の方がサマになるって!」

 王子様は口をとがらせるけれど、これが民主主義なんだから仕方ない。

「まあ、いいや。覚悟決めるよ。それで女子は、朝比奈さんだね」

 水川くんの言葉で、みんなの注目が美香ちゃんに集まった。その視線たちを、お姫様は困った顔で受け止める。

 この結果に驚いている人は誰もいない。月嶋日景に謎の二票が入る(うち一票は爽やか委員長の職権乱用)という珍事件はあったものの、残りの票のほぼすべてを、美香ちゃんが獲得していた。

 拍手をあびる美香ちゃんの笑顔は引きつっていた。清涼なイケメン王子に、清楚な美人姫。みんなが納得する絵面だ——ん?

 美香ちゃんを見る視線の中に、刃物みたいに鋭いものが、四つ分混ざっていた。中でもひときわ攻撃的なものを向けているのは、東条さんだ。ゆるく巻かれた髪に、第二ボタンまで外れたブラウス。クラスの女子の中で、一番目立っている子だ。

 そういえば、東条さんの得票数も、ちょうど四票だったな。

「それじゃあ、他の役を決めようか。えっと、あとに出てくるのは、王様と——」

 その後はしゅくしゅくと役決めが進められた。

 私の役? 姫の侍女。お世話係ってやつだね。うん! 脇役! 美香ちゃん姫の美しさを引き立てるために頑張るぞ!

 *

 お昼休み。私は美香ちゃんと中庭にいた。美化委員会が育てているお花に囲まれた、茶色のベンチに座っている。

「日景ちゃん。タロットカードって、種類があるんだったっけ?」

「うん。絵柄が描いてある二十二枚のカードのことを『大アルカナ』っていうんだ。あとは剣、棒、金貨、聖杯がそれぞれ十四枚、合計五十六枚。この五十六枚を『小アルカナ』って呼ぶんだよ。でも、占いによく使うのは、大アルカナの二十二枚だね」

 美香ちゃんは、口元に手を当てて、私の話を聞いてくれる。そんな美香ちゃんを遠巻きに見つめる男子生徒たち。二年生や三年生もいる。中庭から、廊下から、教室から、美香ちゃんというマドンナが放つ光のとりこになっている。

 彼らはきっと、「朝比奈さんの隣にいる脇役女、そこを代われ!」と思っていることだろう。

 まあ、気持ちは分かるよ。美香ちゃんに対して自信をもって「僕は朝比奈さんとお似合いだ!」と言えるのは、よほどの王子様じゃないと——


「あ、いたいた!」

 中庭に降臨した明るく爽やかなクリアボイス。

 声のした方を向くと、手を振っている水川くんが、私たちの方に歩いてきていた。その笑顔からは、マイナスイオンが出てる気がする。

 水川くんの一歩後ろには鈴村くんもいる。困ったような、呆れたような、焦っているような、複雑な顔をしている。

 ……よほどの王子様たちが中庭にご入場なされた。

「月嶋さん、今度の土曜日、空いてる?」

 水川くんが、パーフェクトスマイルを保ったまま、私に顔を近づけた。

 ち、近いです! というか、私の予定を聞いて何をしたいの!

 ……いや、落ち着くんだ月嶋日景。相手が爽やか王子とはいえ、このパターンは数えきれないほど経験したじゃないか。

 これは「私を誘うことで、友達である美香ちゃんを連れてきてもらおう作戦」だ! 美香ちゃんと一緒に待ち合わせ場所の公園に行ったら「月嶋は帰っていいぞ」って言われた回数、十回目以降は数えていない!

 こういう作戦だから、最初から美香ちゃんの予定を答える方が、話が速いってワケ。だって私は、美香ちゃんを連れてくる餌でしかないもん。

「美香ちゃん、土曜日はピアノのおけいこが——」

「月嶋さんは?」

 これは新しい反応……! 今までの男の子たちは、お目当ての美香ちゃんが来られないと知るや否や、舌打ちしたり、ため息をついたりしていたのに。

 というか、どうして私のような脇役の予定を知りたいの?

「なあ、爽人。月嶋のこと困らせているから」

 鈴村くんが水川くんの肩に手を置いた。キョトンとした水川くんは、やがて「ああ!」と手を叩いた。

「そっか。最初から二人だと気まずいか。朝比奈さんのピアノって何時からなの?」

 急に話をふられた美香ちゃんは、ピクンと肩をはねさせた。

「え、えっと、五時からだけど……」

「それじゃあ、夕方までなら空いてる?」

「う、うん。大丈夫だよ」

 おお、押し切った……! これが爽快主人公・水川爽人くんの実力か……! さすがスーパースターは違うなあ。

「ありがとう。月嶋さん、どこか行きたいところってある?」

 水川くんの透明でまっすぐな瞳が、再び私に向けられる。

 いやいや、美香ちゃんと仲良くなりたいんだったら、美香ちゃんが行きたいところに行くべきでしょ。

「日景ちゃん、花光はなびかり公園に行きたいって言っていたよね。バラ祭りが始まるからって」

「それじゃあ、そこに決まりで」

 決めちゃダメー! 美香ちゃんもアシストしちゃダメー!

「蒼、駅から公演までどのくらいだっけ?」

「バスで二十分くらいだな」

「なら、九時に駅前に集合でいいかな?」

 水川くんが、私と美香ちゃんを交互に見た。美香ちゃんはコクリとうなずく。

 おお……! 美香ちゃんがOKを出した……!

 美香ちゃんがいいんだったら、この月嶋日景、全力で引き立て役を務めさせていただこう。

「大丈夫だよ。よろしくね」

 美香ちゃんと水川くんが打ち解けられるように、橋渡しをさせていただきます!

「ありがとう、月嶋さん。蒼、よかったじゃん」

 水川くんが鈴村くんの背中を軽く叩いた。鈴村くんは手の甲を口に当てて、視線を横に逃がした。

 ん? これって「水川爽人くんと朝比奈美香ちゃんの親睦会~お互いのお友達を添えて」じゃないの? 鈴村くんは私と同じ協力者なのに「よかった」って?

 鈴村くんの何が「よかった」のかを知るために、私は鈴村くんを観察する。口元にあてられている手に、包帯が巻かれていた。

「鈴村くん、ケガしているの?」

「ああ、蒼がさ、中休みの時に、野球ボールから女子をかばったんだよ。グローブもしていない手に、ボールが直撃してさ。お人好しの極みだよね。だから、王子の役だって、蒼の方がハマってるって言ってるのに。月嶋さんもそう思わない?」

「保健の先生が、大げさに包帯を巻いただけで、たいしたことはない」

 鈴村くんの活躍を、なぜか水川くんがドヤ顔で語っている。本人は冷静なのに。

 水川くんから、「鈴村くんの活躍を私に話したくてたまらない!」という意気込みが伝わってくる。どうして私に、鈴村くんのヒーロー話を聞かせたいのかは知らない。

それにしても、鈴村くんは善行を積みすぎだと思う。今日だけで、おばあさんの救出、シャーペン拾い、野球ボールから女子を救出、そして、友達——水川くんの恋の応援。みんなを救うヒーローそのもの、正義の主人公だ。

「それじゃあ、土曜日の九時、よろしく!」

 こうして、爽やか王子と冷静王子は、最後までスターの輝きを保ったまま去っていった。結局、何が「よかった」のかは分からずじまいだった。


「……なんだか、風に流されるみたいに話が進んだね」

 美香ちゃんは、口を軽く開けてポカンとしていた。そんな顔も愛らしいのが美香ちゃんクオリティだ。

「美香ちゃん、大丈夫? ピアノもあるのに」

「日景ちゃんが一緒なら大丈夫だよ。それより日景ちゃん、鈴村くんと何かあったの?」

「え? どうして?」

「鈴村くん、日景ちゃんのことを見ているから……さっきだけの話じゃないよ。今朝、水川君たちが先生にほめられていた時もそう。先生のお話しなんて聞く耳持たずで、ずっと日景ちゃんを気にしていたから」

「何もない……と思う。きっと、私の顔に、ご飯つぶのまぼろしでも見えていたんじゃない?」

「そんなふうには見えなかったけどな……」

 私の答えを聞いた美香ちゃんは、考えこむしぐさをする。悩んでいる姿ですら可愛いって、もう反則じゃないか。

「まあ、この学校の王子たちが考えることなんて、脇役の私には分からないよ。それより、タロットの話の続き、してもいいかな」

「うん。私も聞きたいな」

コクリと頭を動かした美香ちゃんは、柔らかく口角を上げた。その姿は、まるでお花畑の妖精さんだ。

「ほら、結局相手を選んでるだけじゃん」

 私の……いや、美香ちゃんの背中に、トゲのある声がグサリと刺さった。美香ちゃんは石のように固まってしまう。

 私は身体の向きは変えず、横目で声の正体を確認する。

 凶器みたいにキリっと吊り上がった目で、こっちを見ている四人の女の子たち。

 東条さんと、その友達三人だった。

「この間は城ケじょうがさき先輩の告白を断ったんだって? モテモテな先輩の告白すらあっさり切っちゃう私、高嶺のマドンナ! って気取ってんの?」

「オドオドしてるし、並の外見だったら、とっくにいじめられっ子だっつーの」

「男に媚びうるのが得意なだけじゃん。パパ活してたりして」

 直視しなくても分かる、悪意を塗りたくった笑み。ひそひそ話を装って、美香ちゃんに攻撃を届けることを狙った声量。

 隣の美香ちゃんは、きゅっとスカートをつかんでいる。丸くて愛らしい目の奥で、大雨が降っている。

 私は、美香ちゃんの手の上に、自分の手を重ねた。脇役たる私には、こんなことしかできない。

「ありがとう、日景ちゃん」

 美香ちゃんの声は、今にも切れてしまいそうなくらい震えていて、か細かった。

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