第53話 希望
「…!」
覚悟した衝撃は来なかった。そこに私が見たのは大きな鎌でミーシャの剣撃を防いだ黒髪の美しい女性だった。
「サーラさん!」
「ナルミ!ユーリの相棒なら動いてみせなさい!」
「うおおおー。」
私は全身に力をこめる。頭に肩に腕に胸に腹に脚に!最後にクロスライフルに魔力を込める。
『意図を読んでも避けられないくらいに特大な魔力をぶつけてやる!』
ユーリがミーシャと戦った時の言葉が脳裏をよぎった。
「サーラさん、避けて!」
サーラさんがものすごい速さでミーシャの間合いから離れる。私はすかさずにクロスライフルをぶっ放した。再び放たれた光の濁流はミーシャをとらえた。ミーシャは刀を前にレジストするが全てを防御できない。
「どうだ!」
光の閃光が治った時、私の目の前にいたのはボロボロで血だらけになった仮面の男だった。
「ナルミ!後ろ!国王陛下が危ない!狙撃!」
サーラさんの声に慌てて後ろを確認する。騎士達の囲いを抜けた二人の男が見えた。
ぱんぱんに膨れ上がった魔獣を抱えている。あれが爆発したら広場にいる人達は無事ではすまないだろう。
私は魔力を放出しすぎて疲れきった身体を動かした。もっと早く早く動け!私の身体!!
「うりゃああ!」
私はクロスライフルを構えると賊に狙いをつける。
えーーい、初代国王の紋章が邪魔だ!あれごと打ち抜く!私が発射した光弾は初代国王の紋章を粉砕し、その射線上の賊を魔獣の魔石ごと消滅させた。
もう一人!ああ、あれは間に合わない。広場に走り込んだ賊の抱えた魔獣は爆破寸前だ。
ちくしょう!もう一撃!だが私の腕はもう上がらない。ちくしょう!動け!私の腕!
『ザン』
私にはそう聞こえた。その音とともに広場に走り込んだ賊が真っ二つになった。魔獣ごと。魔獣の魔石もきれいに破壊されていた。
美しい刀の軌跡。私はあんなにも美しく刀を振るう人物を彼女以外に知らない。
「ユーリ!」
私はその人の名を呼んでいた。
◇
先刻。
「ユーリ姉ちゃん…。」
子供達は不安気に、でもユーリを信頼しているからこそ健気に頑張っている。ユーリはこの子供達はちゃんと守ってあげたかった。
「大丈夫だよ。ユーリ姉ちゃんがいるからちゃんと皆んなを守ってあげるからね。」
「うん。」
この途絶された空間には先生が一人、子供達が4人いた。巻き込んじゃったな…。ユーリは独りごちた。
「ユーリさん、何かお手伝いできますか?」
先生に声をかけられてユーリは我に帰った。
「ありがとう、先生。今は私にもできる事がないの。子供達に寄り添ってあげてください。」
カガリの見立てだと一日でこの魔獣は魔力を失うらしい。確かに魔獣への魔力供給は絶たれている。
「ユーリさん!」
結界の外から院長先生の声が聞こえた。
「やられました。こんな罠が仕組まれているなんて…。アカネの言う通りでした。アカネの認知能力はすごいですよ。」
あの時、アカネに変な感覚があると言われた時にもっと慎重になるべきだったな…ユーリは少しの後悔を抱えていた。
「何かできる事はありますか?」
「ありがとう、院長先生。でも私にもできる事はないの。万が一に備えてこの教室に近寄らないように子供達に言ってもらえますか?」
院長先生は静かに頷いた。
「わかりました。ユーリさんがいらっしゃるので心配はしてないのですが…。ここへ近づかないように子供達には言っておきます。」
「お願いします。」
はあ、どうしようかな…ユーリは動かないパンパンに膨れた魔獣を眺めた。
『ユーリさま』
「ああ、カガリ。何かあった?」
『逆に何もありません。ナルミさまは夕方、レセプションの時に事が起こるのではないかと予想されています。』
「そうだろうなあ。」
ユーリはもう一度、魔獣を見やった。その奥底にある魔石を見透かすように…
『ユーリさま、通信が強力に妨害されていて連絡を取れないのですが、私とアカネの空間認識魔法でサーラ様の気配を感知しています。夕方には王都に着くのではないかと思われます。』
ユーリは少し安心感を持つ事ができた。なんだかんだとサーラは頼りになるのだ。
「カガリ。アカネを貸してもらえないかな?」
『はい?』
「サーラが来た時にこんなところでグダグダしてたら何言われるか?わからないからね。アカネにこの魔獣の魔石を見つけてもらう。」
◇
「あははは!ユーリ姉ちゃんの負け!!」
「あーー、負けちゃったよー」
昼過ぎ。もうすぐで夕方になる。子供達は安心していた。ユーリが余裕を持って構えている事が大きいのだろう。一緒にゲームをして遊ぶほどの余裕があった。
「ユーリ姉ちゃん!もう一回!」
「よーし、今度は負けないよー。」
ちょうどその時、ユーリの通信機からアカネの声が聞こえてきた。
『ユーリちゃん!聞こえる?』
「うん、聞こえるよ。アカネ。」
『遅くなってごめんね。この魔獣に施されていた魔法が解析できたの。』
ユーリはとても誇らしい気持ちになっていた。やはりアカネはすごい魔法士だ!
「ありがとう、アカネ!」
『うん、でね。"守りの赤石"を使うよ。この魔獣にかけられている魔法は一種の精神撹乱魔法なんだ。精神に作用して魔石を見えないようにしているの。だから…』
「いや、アカネ。それはダメだ。危険だ。」
『ううん、ユーリちゃん。私も強くなったんだよ。守りの赤石は使えるの。特に危険はないよ。』
ユーリは躊躇した。守りの赤石は魔法局のボンバール博士の試作品だ。使いきれないと魔法が逆流し、使い手の精神を崩壊させてしまう可能性を秘めた石。だが…
「アカネ。本当に使えるんだね。」
『うん、私を信じて!!』
アカネの声はどこまでも真っ直ぐだった。ユーリはアカネを信じた。
「わかった。でもダメそうだったら、すぐに魔法を中止して!」
『うん、ありがとう。ユーリちゃん。じゃあ行くよ!』
ユーリは自分に魔法の力が働き始めたのを感じていた。霞がはらわれて目の前が明るくなる感覚を覚えていた。
(これはすごいな…)
そしてユーリの目が魔獣の魔石を捉える。
「アカネ!見えたよ。」
ユーリは刀を抜くと魔力を込めて迷う事なく魔獣を両断した。その核となる魔石が壊れて魔獣は急速にしぼみ、消えた。
「アカネ!大丈夫?」
『うん!やったね、ユーリちゃん!』
「良かった…。すごいよ、アカネ!」
ユーリはほっとした表情を浮かべると結界の要となっていた机の魔法紋を刀で斬りつけた。途端に結界は消失した。
「皆んな、これで大丈夫!私はナルミのところに戻るよ。先生、あとはお願いします。」
ユーリはそう言うと背中のバッグからホバーボードを引き抜き、疾走し始めた。ナルミの元へと。
▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️
お読みいただきありがとうございます!これからもよろしくお願いします。
★や『フォロー』をいただけるととても嬉しいです。
気に入っていただけましたら是非、評価の程をよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます