第8話 アカネ
次の日。アカネに会ったカガリさんがすごい勢いで食堂にいた私達の所にやって来た。
「ユーリ様、あの子を私にください。」
「え?」
「アカネを私にください。あの子は未だ人類がたどり着けなかった高みの世界を見る事のできる逸材だと確信しました。
あーー、何て素晴らしい。ユーリ様のめちゃくちゃな要求をこなすだけの生活に一筋の希望だわ!」
「…」
「さあ、こうしてられませんわ。アカネを特訓しないと!」
「ちょっと待って。ヨームの連絡を待ってよ。ね?」
カガリさんはしょぼんとすると私の隣の席に腰をおろした。もしかしてカガリさんってものすごくストレスを溜めているのかな…?
そんな私の視線に気づいたカガリさんがポツリと言った。
「ユーリ様への愛がありませんでしたら、すぐにこんな仕事はやめてます!こんなに大変な仕事だとは思いませんでした!
私はユーリ様への愛ゆえにがんばっているのです!」
「はあ、そうですか…」
「アカネを特訓して仕事を任せられるようになったら私はユーリ様にもっと尽くす事ができます!」
ユーリはそんなカガリさんの頭をヨシヨシと撫でていた。
「でもさ、評価が厳しいカガリがそこまで言うなんてアカネはそんなにすごいの?」
カガリさんは目を見開いてユーリに詰め寄る。
「すごいです!」
カガリさんってあんなキャラだったっけ。あれは…そう!怒らせると怖いタイプだな。
私はこっそりと心のメモ帳に書き留める。カガリさんを怒らせてはダメ。
「さすがのヨームも陛下の御落胤を引き取るにはまだ時間がかかるでしょう。昨日、約束したからなあ。ナルミ、子供達と遊んであげようか!カガリはもう帰っていいよ。」
カガリさんは一瞬、寂しそうな顔をしたが、すぐにいつものカガリさんに戻っていた。
「かしこまりました。副室長から連絡がありましたらお繋ぎいたします。」
◇
それから私達は夕方まで子供達と遊んだ。鬼ごっこをしたり、ボールを追いかけたり。その中で私はアカネを注視していた。こう見ると普通の子だよなあ。
夕方、ユーリは通信機でヨームさんと話をしていた。
「うん、うん。わかったよ。いやいや、ありがとう。うん。じゃあねーー。」
ユーリは通信機を切ると大きく息をついた。
「ナルミ。アカネのことはミシマ分室で引き取れることになったよ。」
私は多いに驚いた。
「え、陛下の御落胤ですよ。そんなに簡単に…」
「ヨームが有力貴族であるオードリー侯爵家と話をつけたらしい。
アカネは王位継承を放棄してオードリー家へ養子に入る。侯爵家としての継承順位はかなり低いから、陛下へ恩を売ることの意味合いが大きいのかな。
まあ、書類上はオードリー家の養子ということだけど、実際にはアカネの身柄をミシマ分室が預かるということよ。アカネにわかりやすい後ろ盾ができた。これでアカネが狙われることはないはず。
もっともミシマ分室で預かる以上、アカネに何かあったら私達はそいつらを全力で潰すけどね。」
「こ、こんな短時間に普通、そんな事ができますか?」
ヨームさん、本当に頼りない感じだし、常にオドオドしている。はあ、ミシマ分室の皆さんってどういう人達なんだろう?
「ふふん。ミシマ分室は一癖も二癖もあるけど優秀な人達の集まりなのよ。」
「ど、どうして、私の…」
「考えがわかったのか?顔に書いてあるもの。ナルミは単純だな。」
私は思わず自分の顔を撫で回していた。そんな私の様子を目を細めながら見ていたユーリは唐突に立ち上がると食堂のドアを開けた。
「やっぱりわかっちゃったよね?」
そこには拳をギュッと握りしめたアカネが立っていた。ユーリを見上げてコクンと頷いた。
「そうだよね。アカネは無意識に空間認識魔法を使っているみたいだ。私達の話も通信の内容もわかっているね?」
「ユーリお姉ちゃん。私…」
ユーリはアカネを抱きしめると優しく語りかけた。
「お母さんが居なくなって悲しいし、不安だよね。昨日は怖い思いもしたし。」
「うん。」
「やりたい事があるならがんばればいい。でもね、自分ではどうしようもない事だってあるのよ。
あなたは強い。だけどまだ子供よ。自分ではどうしようもない事は誰かに頼って導いてもらっても良いんじゃないかな?。」
「私。私、お母さんみたいに病気を治したり、畑にお水をあげたりして皆んなに『ありがとう』って言われる魔法士になりたいの!」
色々な事情を抱え、自分で望まないのに大人の欲望をも感じとってしまう…。なのにとても強い子だ。
「アカネがお母さんみたいに立派な魔法士になりたいって思っている事はお姉ちゃんも知っていたんだ。
どうかな?私達の所に来てみない?アカネに魔法の事をたくさん教えてあげられる。アカネの事を汚い大人からも守ってあげられる。
アカネ、私達と一緒にがんばってみない?私達はあなたに翼を授けてあげる事ができる。その翼で世界に羽ばたいてみたくない?うん?」
アカネの目には大粒の涙が溜まっていた。
「私。お姉ちゃんのところで魔法の勉強がしたい!」
アカネは迷いのない言葉でユーリへ自分の気持ちを伝えた。
「よし、アカネは今日から私達の仲間だ!よろしくね。」
ユーリはアカネの手を力強く握った。
「ナルミお姉ちゃんもよろしくお願いします。」
「はい、こちらこそ。よろしくね。」
私もアカネの手を握った。私が握ったその手はとてもとても小さかった。
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