4枚舌の女には近づくな

ちびまるフォイ

治療(物理)

「あんたいつまで鏡見てるのよ。

 早く朝ご飯たべちゃいなさい」


「だって、今日先輩も同じ時間体育なんだもん。

 変な髪型じゃ出られないよ」


髪をしっかりセットしてから食卓につく。

もう家を出る時間だ。急がなくちゃ。


口いっぱいに食パンを放り込んだとき。


『はあ、このジャムも飽きたわ』


「なんかいった?」

「いや?」


『前の6枚切りの食パンのほうが好きだなぁ』


「え」

「え?」


母親とお互いに顔を見つめる。

声は私の閉じた口から聞こえてきた。


『この野菜、食感が苦手なのよね』


「私しゃべってないのに!?」


口を開けて自分の口内を鏡に映し出した。

そこには自分の舌の付け根から、新しい舌が生えていた。


学校は午前だけお休みして病院に行くことに。


「……というわけで、舌が2枚になってしまったんです」


「ははぁ。これはあれですな。シタデル病です」


「えっと……?」


「ごく稀に舌がいろんな場所から生えてくるんですよ。

 感染もするからどうか気をつけて」


「治るんです……よね?」


「もちろん。ただしすぐにとはいきません。

 薬は出しておきます。それまであまり舌を刺激しないように」


「なんでですか」


「生えた部位の感情を声にしてしまうからです」


「えぇ……?」


思い当たるふしはたくさんあった。

自分でも意識していないような舌の気持ちを、

2枚目の舌が代弁して言葉にしていたのだろう。


たしかに食パンは前のほうがいいし、ジャムには飽きていた。

でも言葉にするまで気づかなかった。


お昼明けに学校にいくと、友達は心配していた。


「今日どうしたの? 体調悪かった?」


「ううん。そんなことないよ。

 このマスクは……なんでもないから」


この蒸し暑い季節にマスクをしているのは私くらい。

それでも二枚舌を見られるわけにいかなかった。


「ねえそれより。今日の先輩もチョーかっこよかったよ!」


「いいなぁ。結局午前の体育出れなかったもん」


「あとで動画共有しといてあげる」


「え~~。今ほしい~~」


「しょうがないなぁ。ほらあげたよ」


「ありがと」


スマホを取り出したときだった。


『はぁ、爪が傷んできちゃった』


私の手の甲に生えた舌がしゃべってしまった。


「え?」


「な! なんでもないぃぃ!!」


とっさに手の甲を手で覆ったのがまずかった。


『く、くるしぃ~~!!』


ふたたび言葉をしゃべってしまう。


「どうしたの? やっぱりなにか変だよ?」


「ああーー!! 私ちょっと保健室に行ってくるーー!!」


あわてて保健室まで猛ダッシュ。

その間にも今度はふとももやふくらはぎから舌がしゃべる。


『うえぇぇん。疲れたよぉぉ!』

『こんなに走らないで! 筋肉痛になっちゃう!』


「うるさい!! 黙ってて!!」


保健室にかけこむと、幸いに自分以外誰もいなかった。


「朝と夜しか飲めないけど……。

 もう待っていられない!」


私は処方された薬を飲んだ。


「早く効いて、早く……!」


薬が効くまで保健室にある包帯で体中の口を隠していく。

まるでミイラのようなぐるぐる巻きにする。


そのときだった。


「失礼します」


「せ、先輩!?」


保健室にやってきたのは3年の憧れの先輩だった。

頭へ一気に血がのぼり、身体が熱くなる。


「あれ? 先生は?」


「せ、先生は、その、あの、いま……居ないみたいで……」


その整った顔立ちに萎縮して、言葉をつむぐほど声のボリュームは落ちていく。

色々話したいのに恥ずかしいブレーキが口を閉ざしてしまう。


「そうなんだ。俺さ、午前の体育でつきゆびしちゃって」


なんて答えたらいい。

なんて答えれば私に振り向いてもらえる。


私いま髪大丈夫?

えっと、それから、それからーー。



『なら私が巻いてあげますよ』



私の後頭部から声が聞こえた。

あわてて頭を抑えると、舌の感触が手からつたわる。


(薬飲んだはずなのに~~!!)


手や足から生えていた舌は皮膚とどうかして見えづらくなっている。

しかし、後頭部からも生えていた舌はまだ残っていたらしい。


舌は頭の考えていることをオブラートゼロでしゃべる。


『先輩、そこ座ってください。私がやるんで』


「そう? 助かるよ」


私は違和感が出ないよう口をパクパクと動かす。


『はい、手を出してください。

 わぁ細い指。先輩って手もきれいなんですね』


「ほんと? ありがとう、うれしいよ」


『こちらこそ。先輩とこんなに近くにいられてうれしいです』



(ちょっと勝手なことしゃべらないでーー!!)


心でどんなに思っても頭が望んでいることをしゃべってしまう。

変にふさげばかえっておかしく見られるだろう。


はやく薬の効果が効くのを祈るばかり。


『私、変な子に見られてないですか?

 初対面でこんなにべらべらしゃべっちゃって』


(思ってるけど! そう思ってるけど言葉にしないでーー!!)


「そんなことないよ。俺としゃべると女の子はみんな逃げちゃうから」


『それは先輩がカッコいいからですよ。いたたまれなくなるんです』


(なんて恥ずかしいことをーー!!)


顔が真っ赤になる。

いつもの私じゃ言えない言葉を頭がしゃべる。


「そんなふうに思ってもらえてうれしいよ。

 俺、君みたいに普通にしゃべれる子がほしかった」


「せ、先輩……!」


『え!? うそ!? 顔が近い! ああ、好き!! 先輩ーー!!』


学校の昼過ぎの保健室。

あこがれの先輩に唇を奪われてしまった。

こんなに幸せなことがあっていいのだろうか。

私の頭はショートしてついに言葉が止まった。


「俺って鈍感だから、言葉にしてもらわないとわからない。

 だから好きって言ってもらえたこと、すごく嬉しいよ」


「先輩……///」


細い指が私の制服をはだけさせてゆく。

先輩もベルトを緩めてズボンを下ろした。


そして、私の目には先輩の股間から生えた舌が映った。




『ラッキー! ちょろい女が手に入ったぜ!!』




私は股間に生えたその舌を素手でねじ切ってやった。

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