第20話 立派な騎士に

「あの、アーサー様……」

「なんだ?」


 おずおずと切り出す私を見て、アーサー様は怪訝な顔をします。


「私は、私は…………」


 アリサの生まれ変わりです。あと一歩でその言葉が出る寸前、私は口を閉じました。


「どうしたんだ、いったい?」


 ますます怪訝な顔をするアーサー様。こんなよくわからないことをされたのだから当然です。

 それでも私が言うのをやめたのは、信じてもらえないのが怖かったから……だけではありませんでした。


(あの時犠牲になったのが私だけなら、私がアリサと伝えられたら、アーサー様の心は軽くなるかもしれない。けど、そうじゃない)


 賊の襲撃で亡くなったのは、私だけではありませんでした。

 警備の方も、私と一緒に働いていたメイドも、何人も殺されました。おそらく、私の見ていないところで犠牲になった方もいるでしょう。


 アーサー様が背負われているのは、私だけでなく、その全ての命です。

 その方たちがどんな思いで亡くなっていったかわからない以上、その全ての気持ちを代弁するなんてできません。


 それに、今の私はアリサの生まれ変わりではあっても、アリサ自身ではない。アリサはもう死んだのです。

 どんなに苦しくても、未練があっても、一度終わってしまった命はもう戻らない。

 リリア=ベルナールとして生を受けて、アリサとは違う運命を歩んできたからこそ、強くそう思うのです。


 だからこそ、アーサー様に伝えたい。アリサでなく、リリアとしての言葉を。


「失礼しました。確かに、亡くなった人が何を考えていたかは、誰にもわからないでしょう。ですが、生きている人たちのことなら、少しはわかります」

「なに?」

「私は、あなたに命を助けられました。あの男の子も、アーサー様が助けてくれなければ、どうなっていたかわかりません」

「それは、騎士団長としての務めを果たしただけだ。さっきも言っただろう」

「その通りです。騎士団の方々からも聞きました。アーサー様は今までにも、騎士団長として多くの命を救ってきたと」

「だからなんだと言うんだ」

「アーサー様が、かつての事件で人が亡くなったことを罪と言うのなら、否定はしません。けど、騎士となったあなたがたくさんの人を救い、守ったことを、どうか忘れないでください」


 多くの人を助けたからといって、亡くなった人が戻ってくるわけではありません。アーサー様も、自分の過去を精算したくて助けているわけではないでしょう。


 それでも、助けた人の数だけ、救った命の数だけ、その人の未来は開かれる。

 それがどんなに素晴らしいことか、一度人生を終えてしまった私にはよくわかります。

 だからこそ、アーサー様にもそれを知ってほしいのです。


「私が武術を始めたのは、最初は騎士になるためでなく、いざという時自分の身を守りたかったからでした。アーサー様は、幼い頃、どうして騎士になろうと思ったのですか?」

「────っ!」


 アーサー様は息を飲むだけで、返事はありません。

 けれど、答えは、聞かなくても知っています。


 立派な騎士になって、たくさんの人を守りたい。子どもの頃何度も私にそう言ってくれました。

 そんな騎士に、もうあなたはなっているのです。


「かつてのことをあなたが罪というのなら、そのかわり、私はあなたがどれだけの人を救ったのか伝えます。無茶をする癖は……そうですね。私が頑張って、無茶をしないですむようにします。そんな騎士に、私はなってみせましょう」


 そう言って力こぶを作ると、アーサー様は、ハッとしたように息を飲みました。


 私の思い、少しは届いてくれたでしょうか。

 と思ったら、どうしたことでしょう。急に、アーサーさまの顔が赤く火照ってきたのです。


「あの、どうかなさいましたか? あっ! 疲れがたまると体調を崩しやすいといいますし、もしや風邪をひかれたのでは?」


 だとしたら大変です。すぐに寝かせて看病しなくては。


「違う! お前が心配するようなことは何もない!」

「そ、そうなのですか?」


 だといいのですが、なんだか息も荒い様子。本当に大丈夫なのでしょうか?


「だいたい、俺が無茶をしないようにするなど、今日入ったばかりのやつが何を言うか」

「それはまあ、そうですけど……」

「まったく。何を言うかと思えば、とんだお節介だな」

「それは、その、性分というもので……」

「まあ、疲れがたまっているのは本当だからな。部屋に戻って休ませてもらう」


 そう言って、さっさと広間から出ていこうとするアーサー様。

 もしかして、出しゃばりすぎて気を悪くされたのでしょうか?

 ただ、これは仕方ないのです。だって、アーサー様が目の前で悩み苦しんでいるのですよ。それを放っておけないのは、もはや前世から続く本能みたいなものなのです。


 とはいえ、気を悪くさせてしまったのなら、まずいかも。

 謝った方がいいでしょうか?


 すると、アーサー様が広間を出ていく直前、こっちを振り向き言いました。


「……し、しかしだか、お前が頑張るというのなら、騎士団長として止めはせん。それなりに、期待してるぞ」

「えっ……は、はい」

「それと、さっきのお前の言葉。一応、心に止めておこう」


 あれ? こんなことを言われたってことは、怒っていたのではないのでしょうか?


 しかしそれ以上話をする間もなく、アーサー様は今度こそ広間から出ていかれました。


 どうしましょう。大人になったアーサー様が何を考えているか、前のようにはわからなくなってるかもしれません。


 ですが、私の言葉が、少しはアーサー様に届いたのかもしれない。

 そう思うと、ちょっとだけ嬉しくなりました。

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