第19話 アリサの生まれ変わりだと言えたら

 ミアやサイモンさんたちを騎士団本部に残し、一人戻った、エルシュタイン家のお屋敷。

 しかしアーサー様と会ってどうするかなんてこれっぽっちも決めてなかったですし、そもそもアーサー様は過労のため休んでいるとのこと。

 寝ていたらどうしよう。そう心配しましたが、お屋敷には、わずかに明かりが灯っています。


 サイモンさんから借りた鍵で玄関の扉を開き中に入ると、明かりのついていた場所はキッチン。そこに、アーサー様がいたのです。


「ただいま戻りました。アーサー様、お休みではなかったのですか?」

「休む前に腹ごしらえだ。食べずに寝ても、体力が戻りそうになかったからな」


 それは確かに。あれだけ激しい戦いの後なのです。お腹が空いていても不思議はありません。

 ただ、アーサー様が持っていたのは、パン一切れ。ここから料理を作るのも大変でしようけど、だからといってそれだけでは、食べてもどの道体力回復は難しそうです。


「あの、ミアの作ったものの余りなのですが、よかったら食べませんか?」


 こんな展開を予想していたのかはわかりませんが、騎士団本部を出る時に、ミアがせっかくだから食べてくださいと、料理をカゴに入れて渡してくれたのです。


「なら、ありがたくいただこうか」

「はい。それでは準備するので、少しだけ待ってください」


 そうして広間にあるテーブルに、料理を並べます。この場所で料理の準備をするなんて、前世以来。懐かしい気持ちになりますが、今の私は、その前世に関わることで悩んでいるのです。


「あの。先ほどは、助けていただきありがとうございます」


 ある程度食事が進んだところで、まずはさっきのお礼を言います。

 何を話せばいいかなんてわかりませんが、まずはもう一度、きちんとお礼を言いたかったから。


「騎士団長として、団員と保護対象を守っただけだ。礼を言われるようなことはしていない」

「けど一歩間違ったら、アーサー様だって大ケガをしていたかもしれないじゃないですか」

「それでもなんとかする。それが俺の任務というだけだ」


 素っ気なく答えるアーサー様。

 だけど、気づいているのでしょうか?

 最初の団長命令として言った、生き延びろという言葉。なのにあの時のアーサー様の行動は、自らの命を粗末に扱うと言っていいくらい、危険だったことに。


「あの。助けていただいたことには、とても感謝しています。ですがあんなやり方、もうやめてください。いくらなんでも危険すぎます」


 もしもあれが、前世の私がアーサー様を庇い、そのせいでできてしまった心の傷故の行動だったなら、もうそんなことはやめてほしかった。

 そんな悲しい理由で、あんな危険なマネはしてほしくなかった。


「危険というなら、お前だってそうだろ。突撃するファングボアの正面に立っていたのだから」

「それはそうですけど……」


 それには、返す言葉がありません。男の子を守るためとはいえ、私のしたこともまた非常に危険だったのはわかっています。

 しかもアーサー様にとっては、その行動こそが、心の傷を呼び起こさせたのでしょう。


「でも……でも……だからといって、あんなことするのは…………」


 このまま無茶を続けてほしくない。けど、私にそれを言う資格があるのか。

 どうすればいいのかわからず、言葉が出てきません。

 そんな狼狽える私を見て、アーサー様も、何かおかしいと察したのでしょう。


「どうやら、聞いたみたいだな。昔、俺に何があったのか」

「そ、それは、ええと……」


 こんな話、知らないところで勝手に聞かれたくはなかったのかも。

 とっさにごまかそうとしますが、焦る私を見て、アーサー様はもう何があったか完全にわかってしまったようでした。


「す、すみません。サイモンさんや騎士団の方々に、聞いてしまいました」

「謝ることはない。それなりに有名になってる話だからな。団員たちにも、いらない気を使わせているという自覚はある。そうさせてしまったのは、俺の責任だ」

「いえ。そんな……」


 頭を下げて謝りますが、アーサー様に気を悪くされた様子はなく、静かなままでした。


「俺の方こそ、すまなかったな。お前の言う通り、さっきの戦いの中、俺のしたことは確かに無茶だった。人に生き延びろと言っておきながらあれでは、示しがつかないな」


 それどころか、さっきまでとは一転して、驚くほど素直に謝られます。

 こうなっては、何も言うことはできません。

 けど、本当にこれで終わっていいのでしょうか?


「あの……子どもの頃のこと、今でも思い出されるのでしょうか?」


 こんなこと、聞いてもいいのかわかりません。もしかすると、心の中の大事な部分に、土足で踏み込むことになるかもしれない。

 それでも、聞かずにはいられませんでした。

 私や、あの時このお屋敷にいた人たちが、命を落としたあの事件。それが、アーサー様にどんな影響を与えているのか、どうしても知りたかった。


「ああ。何度も思い出してるさ」


 驚くほど躊躇なく答えたアーサー様。さらに、それから少しだけ、話を続けます。


「忘れることなど、あってはならない。あの時、狙われていたのは俺一人で、この屋敷にいた者たちは、その巻き添えで犠牲になった。その罪や責任から、逃げるつもりはない」

「罪って、アーサー様は何も悪くないではありませんか!」


 聞き捨てならない言葉に、思わず声を張り上げます。

 少なくとも私は、アーサー様にそんな風に思ってほしくて助けたわけじゃないのに。


「あの時亡くなった人たちだって、きっとそんなの望んでなんかいません」

「どうだろうな。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。亡くなった人間の心の内は、誰にもわからない」


 わかります!

 少なくともアリサがどう思っていたのかだけは、私にはわかるのです。


(いっそ、私がアリサの生まれ変わりだと言えたら……)


 そんな考えが、頭をよぎります。

 こんな突拍子もない話、信じてもらえるかなんてわかりません。

 けど、もしも信じてもらえたら、アーサー様の心の傷を和らげることができるかもしれないのです。

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