第18話 心に負った傷
さらに、サイモンさんは続けます。
「当時はお屋敷にも使用人がたくさんいたそうですが、ある時アーサー様のお父様が、その大部分を連れて王都に出かけたことがありました。何やら重要なお仕事があったそうで、お屋敷に残ったのは、アーサー様の身の回りの世話をする数人のみ。そんな中、何人もの賊が、お屋敷を襲撃したのです」
「────っ!」
その話、知っています。なぜなら、私はその当事者だったから。
アーサー様のお世話のため、同行した使用人。その中の一人が、前世の私、アリサでした。
それから何があったのか。サイモンさんが語ったのは、私の予想通りのものでした。
「屋敷に押し入った賊の狙いは、アーサー様でした。そいつらは、まだ幼かったアーサー様を誘拐しようとし、その際邪魔になった他の使用人たちを、次々と殺害しました」
前世の記憶が完全に戻った今、その時の様子は、昨日の事のように思い出されます。
お屋敷に残った使用人の中には、護衛の方も何人かいました。
しかしあれだけの数の相手に襲われるなど、想定してなかったのでしょう。
アーサー様、それに私たちメイドを逃がすために戦い、真っ先に殺されました。
一方私たちは、逃げたと言っても、そこはお屋敷の中でした。窓を閉め、扉の鍵をかけ、それでやり過ごそうとしたのです。
しかし、それでなんとかなるような甘い相手ではありませんでした。窓はガラスを割って押し入られ、扉も、鍵ごと強引に壊されていきます。
そうして彼らは、声をあげてアーサーを探していました。
私はもちろん、まだ小さかったアーサー様にとって、それはどれほど恐ろしかったでしょう。恐怖のあまり声をあげることもできず、ガタガタと震えていました。
私はそんなアーサー様を、普段寝起きしているメイドの部屋へと連れていき、そこにあるベッドの下に隠しました。
『いいですか。ここに隠れて、何があっても絶対に出てこないでくださいね』
本当は私も隠れたかったですが、残念ながらベッドの下に私が入れるほどの広さはなく、他に隠れる場所もありませんでした。
部屋から出ていこうとしますが、アーサーがベッドの下から出てきて、服の裾を掴みます。
『やだ…………行かないで』
涙を流しながら言うアーサー様。しかし、そういうわけにはいきませんでした。
私がいつまでもここにいたら、私どころかアーサー様まで、賊に見つかってしまうかもしれません。
それだけは、絶対にあってはなりません。
『大丈夫。ここに隠れたいたら見つかりません。それに、私も平気です。アーサー様と、何度も剣の稽古をしきたじゃないですか』
そう言って、力こぶを作ります。
もちろん、そんなのはハッタリです。騎士ごっこのチャンバラなんかでどうにかなるわけがありません。
本当は私だって、泣き出したいくらいに怖かったのです。
けれど、泣くわけにはいきませんでした。そんなことをしたら、アーサー様を守れなくなります。
いつも私を慕ってくる、弟のように可愛がっていた子。
なんとしても、守らなければ。
泣いているアーサー様を言い聞かせ、今度こそベッドの下に隠します。そして私は、一人で部屋の外へと出ました。
アーサー様がここにいると、賊に気づかれないために。
それから先は、語るほどのものはありません。
賊に見つかり、あっさり殺され、生涯を閉じる。それが、前世の私、アリサの最後でした。
それらを思い出している間も、サイモンさんは話を続けていました。
護衛の一人が、賊のことを騎士団に連絡したこと。
それを聞いた騎士団がすぐさま駆けつけ、賊を一掃したこと。
隠れていたアーサー様は、賊に見つかることなく無事だったこと。
そしてさっきも言っていた通り、使用人が次々と殺されたこと。
平和だったアーサー様の日常は、一瞬にして壊れてしまったのです。
「酷い……」
あまりに凄惨な内容に、ミアが声を漏らします。
そして私は、声を出す余裕すらありませんでした。
「ベルナール様、顔色が優れないようですが、大丈夫でしょうか?」
今の私がどんな顔をしているかは、鏡がないのでわかりません。
ただ、体中から血の気が引いたみたいに寒気がし、手足が小刻みに震えていました。
「申し訳ありません。聞いていて、気分の良くなる話ではなかったですね」
サイモンさんが頭を下げますが、彼を責める気なんてありません。
むしろこの話は、まだまだ聞きたいことがあります。
「いえ………それより、押し入った賊は何者だったのですか? 誘拐のため領主の屋敷を襲撃するなんて、普通は考えられません」
「それは、先代のご当主に敵対する者に雇われたと聞いています。さっきの話の中で、お仕事のため王都に行ったと申しましたが、そこである人物と、激しい対立をしていたそうです。相手はなんとかして、先代のご当主を黙らせようと、ご子息であるアーサー様を誘拐し、人質にしようとしたのでしょう」
「そんな……」
「その後、結局相手の方は失脚されたと聞きました。しかしそこに至るまでは、口に出せないような政治的なやり取りもあったのでしょう。詳しいことは、当事者以外にはほとんど知りません。ただ、エルシュタイン家でそんな惨劇が起きたことだけは、領内に住む人間の記憶に、深く刻み込まれました。もう、ずいぶんと昔の話になりますがね」
たしかに、あの事件から、たくさんの時が流れたのでしょう。
何しろ、あの時死んだ私が生まれ変わり、ここまで成長したのです。七歳だったアーサー様も、すっかりご立派になられました。
ただ、あの事件の話はこれで終わりかもしれませんが、私の聞きたいことはまだありました。
「あの……それで、今の話と、アーサー様の様子がおかしかったこととは、何か関係があるのですか?」
元々この話は、アーサー様の過去を暴くために始めたのではありません。
ファングボアとの戦いの途中、アーサー様は激しく動揺し、明らかに普通の状態ではありませんでした。
「そうですね。言っておきますが、これはアーサー様本人から聞いたわけではなく、あくまで私たちの想像です。ただおそらく、アーサー様はこの一件以来、心に傷を負われたのでしょう」
「心に、傷を?」
「目の前で誰かが傷つくことを、極端に恐れるようになったのです。とはいえ、騎士団ではそれが日常茶飯事。だいぶ慣れてはきたようですが、あなが子どもを守ろうとしたのを見て、思い出されたのでしょう。賊の襲撃の際、自分を庇って亡くなった女性のことを」
「庇ってくれた女性。それって……」
サイモンさんが言っていたこと、私にも心当たりがありました。それはもう、ありすぎると言っていいくらいに。
「当時アーサー様には、非常に懐いていたお付のメイドがいたそうです。しかしその方は、アーサー様を賊に見つからない場所に隠した後殺されたと聞いています。数多くの死の中でも、特にショックだったのでしょう。助け出された後も、ずっとその方は無事なのかと聞いていたそうです」
やっぱり。
メイドが誰なのかなんて、これ以上確かめなくてもわかります。
前世の私、アリサに間違いないでしょう。
「今のお屋敷にほとんど使用人がいないのも、婚約者候補としてやって来た方々を無下に扱うのも、おそらく無関係ではないでしょう。自分が狙われ、巻き込まれる形で多くの人が亡くなった。その経験から、そばにできるだけ人を置かなくなったのでしょう」
「────っ!」
お屋敷の様子に、出会ったばかりの私への態度。いくらなんでも不自然だと思っていましたが、そんな理由があったなんて。
「それでは、私はアーサー様のそばには、いない方がいいのでしょうか?」
アリサを思い出させるような、若い女性。しかもこれからは、あのお屋敷に住まわせてもらうことになっています。
アーサー様の心の傷を刺激するようなことは、しない方がいいのでは。
ですがそれを聞いて、騎士団の方々が声をあげます。
「それはねえよ。いてほしくないなら、意地でも入団を認めるもんか」
「あんたがそれを理由にやめたりしたら、団長だって気に病むだろうよ」
そうなのでしょうか?
しかし例えそうだったとしても、私の心は晴れないままでした。
今思い出しても震えるほどに怖かった、前世での死。ただ一つ良かったことがあるのなら、アーサー様が無事でいられたこと。そう思っていました。
けれどアーサー様は心に傷を負い、今もまだ残っている。そんな心の傷が、私のせいで開いてしまった。
そう思うと、いてもたってもいられなくなりました。
「私、ここで失礼してもいいでしょうか。その……お屋敷に、戻りたいのです」
「アーサー様と、話をするおつもりですか?」
「…………はい」
会って何を話すかなんて、まるで考えていません。
だけど今は、アーサー様に会いたい。
惨劇の記憶を思い出し、心の傷が開いたかもしれないあの人のそばに、今すぐ駆けつけたいと思いました。
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