第16話 どうかご無事で
ファングボアと人間とでは、体の大きさがまるで違います。
ですが突進の勢いがあればあるほど、逆に横からの衝撃には弱いもの。アーサー様に側面から体当たりされたファングボアは、その巨体を大きく揺らし、地面に倒れ込みました。
同時に、アーサー様も倒れます。
「────っ!」
いくら不意打ちとはいえ、あんな巨体にぶつかっていったのです。アーサー様のダメージも、相当大きいはず。
それでも、アーサー様は倒れたまま、必死に声をあげました。
「無事か! 無事ならすぐに動け!」
それを聞いて、体の震えが少しだけ治まりました。
「は、はい!」
そうです。命の危機が迫って怖いのは当たり前。
だけど私は、そんな危機が起きても、乗り越えられるようになるため、今まで鍛えてきたのです。震えている場合ではありません。
ファングボアが倒れている今うちに、男の子を連れて早く逃げないと。
ですが、その時、体を起こしたファングボアが、倒れたままのアーサー様を襲おうとしていることに気づきました。
もちろん、アーサー様だってそれはわかっているでしょう。
しかしさっきの体当たりで受けた衝撃は強く、アーサー様は未だに動くことができないようでした。
「アーサー様!」
やはり、あんな巨体相手に体当たりを仕掛けるのは相当な無茶だったようです。
このまま襲われてしまっては、いくらなんでもひとたまりもありません。
男の子を守らなければいけないのはわかっています。
ですが、今目の前でアーサー様に危機が迫っているのです。これを放って逃げるなんてできませんでした。
ファングボアへ駆け寄り、手にした剣で切りつけます。
「ギャァァァッ!」
肉を裂かれ、咆哮をあげるファングボア。
しかしたった一撃では、倒すには至りません。それどころか、傷ついたことで興奮したのか、大きな体を激しく揺さぶり、めちゃくちゃに暴れ出したのです。
「きゃっ!」
暴れるファングボアに突き飛ばされ、すぐそばの木に叩きつけられます。
勢いづいて突進されるのに比べればマシかもしれませんが、それでも痛みは全身に走り、体の自由がききません。
しかも、ファングボアはターゲットを私に変えたのか、追撃しようと迫ってきてきました。
アーサー様を助けたと思ったら、また私が危機に陥ってしまいます。
ですがそこで、再びアーサー様が動きました。
起き上がり、ファングボアの背後から近寄ると、そのまま駆け抜け首元を斬り裂いたのです。
「グォォォォッ!!!」
さっき私が切りつけた時よりも、さらに大きな咆哮があがりました。
首元は、全ての生き物にとっての急所。たとえ魔物であっても、それはかわりません。
それからアーサー様は、ファングボアの咆哮にも負けないくらいの声で叫びます。
「今だ! 一気に倒すぞ!」
二度も切られ、弱っている今こそ、倒し切る最大のチャンス。
これを逃す手はありません。
痛みを我慢しながら起き上がり、もう一度剣を振るいます。
狙いはアーサー様と同じく、急所である首元。
そしてアーサー様も、さらに二度三度と切りつけていました。
ファングボアの、もう何度目かわからない咆哮が響きます。
しかし、それも長くは続きませんでした。
何度も切られ、血を流し続けたファングボアは、とうとうその命を散らしたのです。
「グ……ォ……………」
最後の声は、これまで激しく吠えていたのとは逆に、非常に小さく弱々しいものでした。そして、やがてそんなうめき声も聞こえなくなり、ピクリとも動かなくなりました。
私もアーサー様の勝利。そして、二人とも助かったのです。
「あ、ありがとうございます」
ファングボアが突撃してきた時、アーサー様が助けてくれなかったら、どうなっていたかわかりません。
改めてアーサー様に向き合い、お礼を言います。
ですが……
「あ……ああ」
アーサー様の様子がおかしいのです。
顔は青ざめ、不自然なくらい荒々しく呼吸を繰り返しています。
「もしかして、どこかケガを?」
あれだけ激しい戦いだったのです。知らないうちにケガを負っていても不思議はありません。
しかしアーサー様は、苦しそうに胸を押さえながらも、首を横に振ります。
「平気だ。お前こそ、ケガはないか?」
「私も、大きなケガはしてないです。それより、本当に大丈夫ですか?」
正直に言えば、ファングボアに吹っ飛ばされた時の痛みは、まだ残っていました。
けどそれ以上に、アーサー様の様子が気になります。
見たところ、本人の言う通りケガの心配はないようです。けどそれにしたって、この様子はどう見ても普通ではありません。
「平気だと言ってるだろ。それより、早く子どもを村まで連れていけ。俺も、まだやらなければならないことがある」
「でも……」
本当に、心配しなくても平気なのでしょうか?
ですがアーサー様の言う通り、いつまで男の子を放っておくわけにはいきません。
アーサー様も、残るファングボア討伐や、アインさんやトマスさんといったケガ人の手当など、まだやらなきゃいけないことは残っています。
このまま、いつまで引き止めておくわけにはいきませゆ。
「わかりました。どうかご無事で」
結局、それだけ言い残して、今度こそ男の子と一緒に村に向かいます。
幸いなことに、それ以降ファングボアをはじめとする魔物と遭遇することもなく、無事村に送り届けることができました。
その子の両親からは何度もお礼を言われ、頭を下げられましたが、私も家族が無事に再会できたのを見てホッとしました。
それから、再び森へと戻ります。
既に体力は尽きかけていましたが、それでもまだやれることはあるかもしれない。
何より、アーサー様や騎士団の皆さんの無事を確認したかったのです。
私が森に戻った時、確認されていたファングボアは全て倒され、皆さん撤収の準備をしていました。
ですがそこに、アーサー様の姿はありませんでした。
そこで、私は聞いたのです。
ファングボアの、最後の一体。それを討ち取った直後、アーサー様が、急に倒れたということを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます