第14話 怖くない、怖くない
森の中で子ども一人を見つける。それは、決して簡単なことではありません。
本当なら、もっとたくさんの人を集めて大規模な捜索をした方がいいのでしょう。
ですが騎士団の本隊がファングボアと戦っている今、それは難しい。
私たちは、まずはアインさんの記憶を頼りに、彼が子どもを見かけたという辺りまでやってきます。
「そう。ここでファングボアの足止めをしている最中に、男の子を見かけたんだ。歳は、5、6歳くらいだったかな。その時保護できたらよかったんだが、戦うのに精一杯で、気がついたらいなくなってた」
アインさんが悔しそうに言います。その子は、きっと怖くなって逃げ出したのでしょう。
すると、トマスさんが言いました。
「子どもの足じゃそこまで遠くには行ってないと思うが、どっちに行ったかわからないんじゃ探しようがねえな。まずは手がかりを見つけるぞ」
「手がかりって何かあるんですか?」
「足跡だよ。今朝、ほんの少しだけど雨が降って、地面がぬかるんでるんだ。子どもの足跡は小さいが、その分他と間違うことも少ない」
さすがは元猟師です。トマスさんの言う通り地面を観察すると、確かに少しだけぬかるんでいました。
そして辺りをよくよく探して、小さな足跡を見つけました。
「これですか?」
「ああ。あとは、こいつを追っていく。時間をかけてもいいから、見落とさないようにな」
そうして私たちは、足跡の行方を追います。
途中、子どもが気づくよう、声をあげて呼びかけもしました。
もちろん、いくら足跡という手がかりがあっても、見つけ出すのは簡単なことではありません。
途中足跡が途切れていたら、再び見つけるのに苦労しました。呼びかけは、何度やっても返事はありません。
さらに、魔物にも警戒しなければなりませんでした。この森の魔物は、本隊の戦っているファングボアだけではありません。もしも遭遇した時は、戦闘になることだって有り得ます。
それらに気を配りながら森の中を進むのは、相当に体力を消耗します。みんな、しだいに息があがってきました。
それでも、私たちは運が良かったのでしょう。
何度目かの呼びかけの最中、視界の端に、一人の男の子の姿を捕らえました。
「あそこにいるあの子。もしかして!」
「間違いない。俺が見かけたのはあの子だ!」
男の子は木の影に隠れるようにうずくまっていました。距離が離れているため、私たちの声は届いてないようです。
ですが見つけたのなら、あとはそばに行って保護するだけです。
みんな自然と駆け足になり、真っ先に男の子のところについたのは、トマスさんでした。
「おい坊主! 無事か! どこもケガしてないか!」
トマスさんの声に、男の子は一瞬ビクリと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げます。
そして、トマスさんを見た瞬間でした。
「ふ……ふえぇぇぇぇぇん!」
大声をあげ、泣きじゃくってしまったのです。
助けがきたことで、これまで張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのでしょう……と言いたいところですが、どうやら違うようです。
「もしかして、トマスさんのこと怖がってます?」
「多分。あの巨体、子どもからすれば、熊に声をかけられたようなものだからな」
辛辣なことを言うアインさん。しかし、おそらくその通りなのでしょう。
一方、自分の姿を見て大泣きされた熊、いえトマスさんは、ほとほと困り果てた顔で私たちを見ました。
「頼む、代わってくれ。俺はよ、昔から子どもと話そうとする度に怖がられるんだ」
こういうこと、初めてじゃないのですね。
なんだかかわいそうになってきましたが、今はそんなこと言ってる場合じゃありません。
トマスさんに代わって、私が男の子に話しかけます。
「安心して。私たち、君を助けに来たの」
「ぐす……ほ、本当?」
「そうだよ。この森は、魔物が出て危険だから、みんな心配したんだよ」
「ぼ、ぼく、魔物をやっつける騎士になりたくて、それで……」
そこまで話したところで、男の子はまた涙を流して、大きくしゃくりあげます。
私はその涙をふいて、頭を撫でてあげました。
「魔物をやっつけようと、一人でここまで来たんだね。えらいえらい。けどね、君がケガでもしたら、君のパパやママは、すごく悲しむんだよ。パパやママを悲しませるようなこと、立派な騎士さんがするかな?」
「うぅ…………ご、ごめんなさい」
それからその子を抱きしめ、何度も背中をさすります。
男の子が泣き止むまで、それは続きました。
「あれだけ泣いてた子を相手に、大したもんだな。やっぱりこういうのは女の方がうまいのか?」
「あら。別に女性だからって子どもの扱いがうまいわけじゃないですし、子ども嫌いだっていますよ」
トマスさんが褒めてくれますが、女性だからなんてのは、ひどい偏見です。
ただ私は、かつてこの子と同じくらいの歳のアーサー様お付のメイドでした。前世の話になりますが、昔とった杵柄ってやつです。
「そうだな。女だからってのは悪かったよ。ただ、俺は子どもに懐かれたことなんてないから、つい……」
遠い目をするトマスさん。
すると男の子が、さっきまで怖がってたはずのトマスさんに駆け寄っていきます。
「熊みたいなおじちゃんも、ありがとう」
「熊みたいなって……それに、俺はまだハタチだぞ」
えっ? トマスさん、二十歳だったのですか!?
てっきり、その二倍はいってるものだと思ってました。
なんかすみません。
とにかく、これで目的である子どもの保護は終わりました。あとは帰るだけです。
と言っても、まだまだ気を抜くわけにはいきません。
この子を連れて帰るまでが任務なのですから。
「魔物と会わないよう、これからも気をつけないとな。それに村に戻るなら、本隊とファングボアが戦っているところの近くを通ることになる」
「戦いが終わるまでここで待つわけには行かないんですか?」
「できればそうしたいが、この子はもう何時間もこの森にいたからな。体力も限界かもしれん」
アインさんの言う通り、いつの間にか男の子は、グッタリしながら眠っていました。
それをトマスさんがおんぶして、いよいよ出発。
私たちの任務も、後半戦です。
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