第12話 最初の命令

 アーサー様。それに騎士団の方々が、急いで馬を走らせます。

 目指すは、エルシュタイン領西方にある森。


 多数の魔物が出現したという報告を受けたアーサー様や騎士団の人たちは、直ちに馬を駆り、その地へ急ぎます。

 私は馬術はそこまで得意ではなかったので、アーサー様の馬に一緒に跨りながら向かっていました。


 ですがその途中、アーサー様が言います。


「お前の入団を認めたとはいえ、まだ正式に騎士団に迎え入れたわけではない。着いてくる義務はないんだぞ」

「魔物が、それもかなりの数現れたのでしょう。だったら、人手は多い方がいいじゃないですか」


 エルシュタイン領は資源が豊富で産業も豊かな反面、古くから魔物の発生の多い土地でもありました。


 それは言い換えれば、他の土地に魔物が進行するのを阻むという役目をエルシュタイン領が担っているということで、国内におけるエルシュタイン家の地位を押し上げる一員となっています。


 しかし魔物と戦うというのは、簡単なことではありません。

 ならばこそ、戦力は少しでも多い方がいいに決まってます。


 すると、再びアーサー様が尋ねてきます。


「魔物と戦った経験はあるか?」

「いえ、ありません」

「なら、実戦経験はどうだ」

「それも、ありません」


 本格的に武術を習ってはいましたが、やっていたのは、修行や試合。

 アーサー様の言うような実戦は、一度もしたことがありません。


「そうか。なら覚えておけ。実戦とそれ以外では、ひとつ決定的に違うことがある。命の危機だ」

「命の、危機……」

「そうだ。戦う相手が魔物であれ人間であれ、実戦ではこちらの命を奪うつもりで襲いかかってくる。たった一つの油断で、死ぬこともある」


 死。


 その言葉に、ブルリと体が震えました。だって私は、死がいかに怖いものなのか、誰よりも知っています。


 私の前世、アリサは、お屋敷に押し入った男たちによってアッサリ斬られ、亡くなりました。

 その時の痛み、命が尽きていくという恐怖は、今も胸に刻まれています。


 わざわざ武術を習ったのも、その恐怖から逃れるためです。


「顔色が悪いぞ。臆したのなら、ここで降りろ。騎士団に入るのもやめておけ。騎士団というのは、常にそんな危険の付きまとうところだ」


 馬の速度をわずかに落とし、真剣な顔で私を見つめるアーサー様。


 アーサー様は今までも、何度も私に、騎士団には入れないという意向を伝えていました。

 ですが今回は、今までのような煩わしさからではなく、本当に身を案じてからの言葉のように思えました。


 おっしゃる通り、騎士団に入れば、その分危ない目に合うことも多くなるでしょう。

 死の恐怖から逃れたいと思うなら、真逆のことをしているのかもしれません。


 なのに、なぜでしょう。間違いなく怖いと思っているのに、私は自分の意思を変えられませんでした。


「私、やっぱり騎士団に入ります。怖くないわけではありません。それでも、やると決めたことから逃げたくありません」


 アリサだった頃のように、呆気なく殺されるのは嫌。そんな思いで始めた武術。

 ですがそのおかげで、騎士団に入ることができる。アーサー様のそばにいることができる。

 頑張って身につけた力で大事な人の役に立てるというのは、とても嬉しいことです。

 例えば最初に武術を始めた理由とは矛盾していたとしても、そこに迷いはありませんでした。


「そうか。なら騎士団長として、最初の命令を下す。生き延びろ。例えどんな任務でも、必ずだ」

「──っ」


 生き延びろ。一度死んだ私にとって、その言葉はどれほど重く大きなものでしょう。

 命なんて、終わる時はとても呆気なく終わってしまう。

 けどだからこそ、決してそんなことにはならないよう全力をつくす。

 前世の記憶を取り戻して以来、その思いは常に心の中にありました。あんな怖くて苦しい思いは、二度とごめんです。


「生きます。何があっても、必ず」

「いい返事だ。期待しているぞ」


 私の言葉を聞いて、アーサー様も、力強く返事をしてくれました。


 入団して最初の命令が、生き延びること。

 いったいアーサー様は、どんな気持ちでこの命令をされたのでしょう。

 騎士団長としてのアーサー様。その姿を、今初めて見たような気がしました。


 そうしているうちに、私たちを乗せた馬はさらに進み、とうとう見えてきました。

 魔物が出現したという、西の森が。


 戦いが始まる。

 緊張から、気がつけば自然と手を強く握り締めていました。

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