第10話 取っておきの切り札

 互いに木剣を構え、向かい合う私とアーサー様。

 それを振るう前に、確認するように言い合います。


「お互いの剣が一撃でも命中する。相手の動きを封じる。適わぬと思い降参する。このいずれかで勝負が決まる。それでいいか? 言っておくが、ケガをしても責任はとらんぞ」

「構いません。そして、私が勝ったら騎士団に入るのを認め、ミア共々アーサー様の屋敷に置いてもらえるということでいいですね」

「ああ。ただし俺が勝ったら、お前は即刻家に帰ってもらうがな」


 私が勝ったら騎士団入り。アーサー様が勝ったら即帰る。

 婚約者になるべくここに来たのに、本来の目的からはだいぶズレてしまったような気がしますが、まあいいでしょう。


 改めて剣を構え、切っ先をアーサー様に向けます。


「ほう。意外と良い構えだ。武術を嗜んでいるというのは、嘘ではないようだな」

「お褒めいただき光栄です。やっ────!」


 先手必勝。一気に距離を詰め、素早く剣を振るいます。

 残念ながらかわされてしまいましたが、これで終わりではありません。二度三度と休みなく仕掛け続け、攻撃すると同時にアーサー様に反撃する隙を与えません。


「驚いた。あのお嬢さん、結構やるぞ」

「お前より強いんじゃないか?」


 勝負を見ていた騎士団の人たちから、驚きの声が上がります。

 誰も、私がこれだけ戦えるなんて思わなかったのでしょう。恐らくアーサー様だってそうです。


 だからこそ、驚いている今が最大のチャンス。このまま攻め立て、勝たせてもらいます。


 しかし、そう思った時でした。

 今まで防戦一方だったアーサー様が急に動きを変え、強引に攻撃に転じてきたのです。


(相打ち覚悟? いえ、これは……)


 逃げるように、大きく後ろに飛び退きます。

 それからほんの一瞬遅れて、たった今私のいた場所を、アーサー様の剣がかすめました。


 速く鋭い斬撃。

 相打ちなんてとんでもない。もしあのまま撃ち合おうとしていたら、私だけがやられていたでしょう。


「今のをかわすか。どうやら、俺が思っていたより遥かに強いようだな。騎士団に入ると言ったのも、あながちふざけているわけではないのかもな」

「そう! そうなのです! わかっていただけましたか!」


 実力も、私が本気だということも分かってもらえたなら、この時点で入団を認めてもらえるのではないか。

 そんな考えが頭に浮かびます。

 しかし、いくらなんでもそれは甘かったです。


「だが、俺に勝ったら入団というのがルール。悪いが、一度決めたことを曲げるわけにはいかないな」

「うっ……やはりそうですか」


 残念です。ここで、君なら即戦力だと入団を認めてもらえたら、全ては丸く収まったのに。

 やはり、きちんと勝つしかなさそうです。


 ですが、アーサー様は言いました。


「それと、悪いことがもうひとつある。確かに、お前の腕は想像以上だ。だが、俺には勝てない」

「えっ──?」


 突然の言葉に、呆気にとられる──なんて暇はありませんでした。

 アーサー様は、再び剣を振って斬りかかってきたのですが、その速度は、さっきよりもずっと上でした。


「つっ!?」


 今度は逃げることもできず、咄嗟に自分の剣を出して受け止めます。

 そのとたん、腕に痺れるような衝撃が走りました。

 しかし、それだけでは終わりません。


「加減はできそうにないからな。一気に決めさせてもらうぞ」

「──くっ!」


 そこからは、さっきまでとは打って変わって、私が防戦一方です。


 激しい攻撃を受け止めるだけで精一杯。しかも受け止めはしたものの、その度に衝撃は伝わり、目に見えない形で私の体へのダメージが蓄積されていきます。


(こ、これがアーサー様!?)


 なんて激しく苛烈な戦い方なのでしょう。

 強いというのは聞いていましたが、想像以上です。


 もしかしたら、私はまだ、どこかでアーサー様を甘く見ていたのかもしれません。

 幼く、ちょっぴり泣き虫。そんな昔のアーサー様のイメージが、どうしても離れなかったのかも。

 ですが今のアーサー様は、まるで別人。このまま戦っていては、やられるのは時間の問題です。


「粘るな。だが、降参するなら今のうちだぞ」

「し、しません!」


 簡単に諦めるくらいなら、最初から勝負なんて受けて立ちません。

 それに私はまだ、勝利への希望を捨てていませんでした。


(こうなったら、あの手を使うしかありません)


 はアーサー様は確実に私より強く、幼いころとはまるで別人。

 けどそれでも、やはりアーサー様はアーサー様です。

 私の知っている、幼い頃のアーサー様の部分がまだ残っているのなら、まだ勝機はあるはずです。


「やあぁぁぁぁぁっ!」


 僅かな隙を見つけ、渾身の力で斬りかかります。

 ですがそれはあっさり受け止められ、鍔迫り合いに。

 こうなっては、力も体格も劣る私が圧倒的に不利。

 これまで以上に劣勢になった。誰もがそう思ったことでしょう。

 ですが、これは狙い通り。今こそ、逆転の切り札を使う時です。アーサー様と戦うと決まった時からずっと考えていた、最強の切り札を。


 剣と剣を激しく押し合う最中、アーサー様だけに聞こえるくらいの声で言いました。


「オネショしたシーツをクローゼットに隠す癖は、もう治りましたか」

「なっ────!?」


 その瞬間、アーサー様の剣から、急に力が抜けました。

 それどころか、驚愕の表情を浮かべながら固まっています。つまり、隙だらけ。


「今です!」


 固まったままの彼の喉元に、ピタリと剣を突きつけました。


 これで、アーサー様は一歩も動けません。

 この勝負の勝利条件のひとつに、相手の動きを封じるというのがありました。

 これなら、条件を満たすのには十分でしょう。


「はぁ……はぁ……わ、私の勝ちってことで、いいでしょうか?」


 息を切らせながら尋ねると、アーサー様は悔しそうな顔で、「くっ……」と小さく唸ります。


 それから、持っていた剣を落とし、両手を上げました。


「確かに、こうなってはどうしようもないな。リリア=ベルナール、お前の勝ちだ」


 アーサー様の敗北宣言。


 やった。勝ちました!


 その瞬間、周りの騎士たちから大きなどよめきが上がりました。

 ミアは、やったと大きくガッツポーズをしました。


 そしてアーサー様は、どこか納得いかないような、苦虫を噛み潰したような顔をしていました。

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