第9話 ここでやらなきゃ、メイドが廃る! Byミア
一夜明け、とうとうこの日がやって来ました。
私が、騎士団の入団試験を受ける日。すなわち、アーサー様と対決する日。
今でも、アーサー様と戦うのに抵抗がないと言えば嘘になります。
しかし覚悟は既に決めてあります。朝早く起き、庭をお借りして剣の素振りをして体の調子を整え、準備は万端です。
試験は、お昼頃騎士団の本部で受けることになっているので、その少し前にミアと一緒に向かいました。
騎士団の本部。私もかつてはこの街に住んでいましたが、中に入るのは初めてです。
「リリア=ベルナールと申します。アーサー=エルシュタイン様はいらっしゃいますか?」
入口の見張りをしている方にそう尋ねると、最初、「あっ!?」って感じの驚いた顔をされました。
それから中に案内されますが、至る所から視線が突き刺さります。
「ここに女性がいるのは珍しいから目立つ。という訳ではなさそうね」
「多分ですけど、リリア様の入団試験の噂が広まってるんじゃないですか?」
やっぱりそうよね。
こんな形の入団試験が異例であることくらい、私にもわかります。物珍しく思っても不思議じゃありません。
私たちを案内してくれた騎士の方は、奥にある部屋の前で立ち止まると、ノックをして中に入ります。
私もそれに続くと、中には机に向かい書類整理をしているアーサー様の姿がありました。
騎士と言えば、苛烈で勇猛果敢というイメージですが、真剣な顔で難しそうな書類と向き合うアーサー様には、知的な印象を受けます。
元々な子でしたから、成長したらこんな風になるのも納得です。
そんなアーサー様は、私を見て言いました。
「なんだ、来たか。今忙しいから、少し待ってろ」
そうして、またすぐに書類に目を戻します。
私を見たのは、わずか一秒もありませんでした。
この対応には、私たちを案内してくれた方も困ったようです。
「ええと……とりあえず、別の場所でお待ちください」
そうして、みんな揃って部屋を出ます。
思えば、大人になったアーサー様と対面するのはこれが二度目。
なのに今のところ、まともな会話もありません。
「冷たすぎません?」
廊下に出たところで、ミアが冷ややかに言います。彼女の視線も、なかなかに冷たいです。
「お忙しいのでしょう。私の入団試験は急に決まったことですし、こちらが合わせなければ」
これは何も、アーサー様を甘やかそうという気持ちで言ってるのではありません。
さっきチラッと見たアーサー様の顔には、実際に疲れが見えていたのです。
「昨夜こちらに泊まっていたということは、夜遅くまでお仕事をしていたのですよね」
「最近、領内で魔物の出現が増えてきているので、被害の確認と今後の対応に苦労されているのです。我々から見ても、心配になることがあるのですよね」
この騎士さんからも、アーサー様は働きすぎに映っているようです。
心配ですが、今の私にはどうすることもできません。
それから私たちは、稽古場へと案内されました。試験でアーサー様と戦うのならここになるだろうと言われたからです。
そこには何人かの団員の方がいて、それぞれ稽古に励んでいました。
私も、アーサー様が来るまでに少し体を動かしておきましょう。
そう思い、練習用の木剣を借りて振っていると、ここでもやはり視線を集めます。
そればかりか、話し声も聞こえてきました。
「あのお嬢さんか? 団長と戦って、勝ったら入団することになったのは」
「どんなのかと思ったけど、素振りは意外と様になってるな」
「なら、団長に勝てると思うか?」
「そんなわけないだろ。あっという間にやられて終わりだ」
やはりここでも、誰も私がアーサー様に勝てるとは思っていないみたいです。
さらに会話は聞こえます。
「賭けるか?」
「そんなの、みんな団長に賭けるに決まってるだろ」
「これなら全財産賭けても大丈夫だよ」
さすがにここまで好き放題言われると、少々腹も立ちますね。文句のひとつでも言ってやりたくなります。
ですが、私以上に黙ってられない子がいました。ミアです。
「好き勝手言わないでください! そんなに賭けをしたけりゃ、私が受けて立ちます! これ全部、リリア様に賭けてやりますとも!」
すっかり熱くなったミアは、持っていた財布を取り出し、話をしていた団員たちに叩きつけます。
「いや、お嬢ちゃん。賭けは冗談で言っただけだって。そんなことしたら、君が大損するぞ」
「なら私は、本気で賭けを申し込みます! 主をバカにされて黙ってられますか。ここでやらなきゃ、メイドが廃るってもんです!」
騎士団の人たちも、ここまで言われたら後には引けないのでしょう。
それならと、一人また一人と、少しずつ賭け金を出してきます。
あの、ミア。気持ちは嬉しいんだけど、負けたらあなた、本当に大損よ。
これは、なおさら負けられない戦いになりました。
するとそこに、声が響きます。
「お前たち、何をやっているんだ」
声の主は、アーサー様でした。
彼は賭けをしているミアや団員たちを見て、呆れたようにため息をつきます。
「お前たち。くだらないことをしている暇があったら、稽古を続けろ」
「は、はい。今すぐ」
注意を受けた団員たちは慌てたように稽古を再開しますが、積み上がった賭け金には誰も手をつけませんでした。
ミアが、今さら降りるのは許さないって感じで見張っていたからです。
それはさておき……
「待たせて悪かったな。入団試験、さっさと始めるぞ」
「もうよろしいのですか? お疲れなら、少し休んでからの方がいいのでは?」
さっき部屋で見た疲れた様子を思い出すと、どうしても心配になってきます。
「必要ない。疲れていようと、お前一人倒すことなどどうとでもなる」
「やっぱり疲れていんじゃないですか。大事な体なのですから、しっかり休まないと」
「余計なお世話だ。自分のことは自分でできる。それとも、もう婚約者面でもするつもりか?」
「いえ。決してそういうわけでは……」
婚約者面というより、お着きのメイド面や姉みたいなもの面という方が近い気がします。
とはいえ、そんなこと言っても何のことだかわかりませんよね。
「心配しなくても、休憩ならとる。お前をさっさと倒した後にな」
「わ、私だって、負けるつもりはありませんから」
どうやら、今すぐ勝負というのは避けられそうにありません。
私もアーサー様も、それぞれ木剣を持ち、稽古場の中央へと向かいます。
周りの団員たちも、とうとう始まるのかと、興味深げに私たちを見ていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます