第8話 幼い日の騎士ごっこ
エルシュタイン家には大きなキッチンがあり、主一家のご飯も使用人のご飯も、基本的にはそこで作ることになっていました。
そのキッチンに、私やミアが立ちます。
「いきなりキッチンを借りるなんて、リリア様のやることにはいつも驚かされます」
「予定になかったお仕事をさせて、サイモンさんの手を煩わせてしまったら悪いでしょう。それにどこかで食べるより、こっちの方が手っ取り早いわ」
「それはそうですけど、料理なら私がやるので、リリア様は休んでいてもいいんですよ。それに、その……リリア様、料理ってできるのですか?」
ミアが少し心配そうに尋ねます。
けど大丈夫。最近はあまりやってなかったけど、これでも家にいた頃は、たまに他のメイドたちと一緒に料理やお菓子を作っていたのです。
そして何より、前世ではそれ以上に経験豊富でした。
(懐かしい。またこのキッチンで料理できるなんて)
前世の私、アリサがこの家で働いていた頃、料理は基本、専用に雇われていた方々が作っていましたが、私たち使用人も、小腹がすいた時にはこのキッチンを使っていいことになっていました。
同僚のメイドたちと一緒に、何度も作ったものです。
「何を作るか、まず食材を確認しなくちゃいけませんね。あと、調理器具も」
「食材ならここにあるわ。それに、調理器具はこっち」
「えっ、どうしてわかるんですか?」
「えっ? それは……勘よ、勘」
おっといけない。前世の私は知ってて当然のことでも、リリアがこんなことを言っては不自然ですね。
キッチンだけではありません。かつてこのお屋敷に住んでいた身としては、どこに何があるのかよーく知っていますが、それ故に変に思われないよう気をつけなければ。
それはさておき。ミアと二人で作ったのは、サンドイッチでした。
ハムに卵。ポテトにチーズ。トマトにレタス。
置いてあった食材から使えそうなものを選んでパンに挟みましたが、なかなか良い組み合わせです。
私たちだけでなくサイモンさんの分もつくって、広間で食事です。
「すみません。お客様にこんなことをさせてしまって」
自分の分も作ってもらえるとは思わなかったのか、恐縮するサイモンさんですが、とんでもありません。
「こちらこそ、わがままを言ってしまってすみません。それに、食材を使わせてもらってありがとうございます」
前世ぶりにここのキッチンで料理ができて、楽しかったです。
それだけではありません。
ほんの少しお屋敷の中を歩いただけでも、前世のことを思い出し、懐かしい気持ちになっていました。
前世の私が使っていた使用人用の部屋も、こっそり覗いてみたんですよ。
ただそれだけに、前世の私がここにいた頃と比べて変わっている部分が気にもなりました。
「あの。つかぬ事をお聞きしますが、このお屋敷には使用人の方はいらっしゃらないのですよね」
「はい。いないわけではないのですが、必要な時だけ通ってもらって、普段から住み込みで働いているのは、秘書の私くらいです」
「いったい、どうしてそんなことになっているのですか? こちら、領主の屋敷でもあるのですよね」
以前このお屋敷では、アリサだった頃の私を含めて、常に何人もの使用人が住み込みで働いていました。
これだけのお屋敷なら当然。というか領主の館となると、ただ暮らすだけでなくお仕事の場としても使うことだって多いです。
そのために出入りする人の数も相当なものなのに、お迎えする人間がサイモンさんだけしかいないなんて、普通ならありえないことです。
「アーサー様の騎士団長としてのお仕事は、騎士団の本部で。領主としてのお仕事も、こことは別に建物を構えていて、そちらで全て執り行っています。この屋敷にあるのは、生活に必要な最低限のものだけでいいという、アーサー様のご意向なのです」
「はぁ……?」
わかったような、わからないような。
少なくとも私の知っている限りではそんなことはなかったのに。
もう少し聞いてみようかしら。
そう思ったけど、やめました。なんとなく、聞いても答えてくれないか、はぐらかされそうだと思ったからです。
そうしているうちに食事は修了。キッチンで洗い物をした後、私とミアは部屋へと戻りました。
「なんだか変なお屋敷ですね」
「ミア、そんなこと言っては……まあ、不思議と言えば不思議ね」
ミアをたしなめようとしますが、強く言うことはできませんでした。
私だって、ここまで人がいないのはいくらなんでも不自然だと思います。かつて何人もの使用人がいて賑やかだった頃のことを知っているのでなおさらです。
「まあそういう話は、ここで暮らしていくうちに少しずつ聞いていけばいいでしょう。そのためにも、明日はアーサー様に勝たなければ」
アーサー様に勝って騎士団に入れなければ、すぐにここから出ていかなくてはなりません。
お屋敷のことも気になりますが、今一番考えなくてはいけないのはそれです。
「今さらですけど、本気で騎士団に入るつもりなんですか?」
「もちろんよ。あなたも無理だと思ってるの? さっきは、私のこと強いと言ってくれたのに」
「そうじゃなくて、元々リリア様は、あのアーサーって人との縁談のためにここまで来たんじゃないですか。なのにやることが騎士団に入るって、どうしてそんなことになるんですか?」
「だって、そうしないとここにいることができないんだもの。そうなったら、縁談も何もないでしょう」
「……何かが盛大に間違ってる気がします」
げんなりした顔で頭を抱えるミア。
私もね、ちょっとおかしいなってのはわかっているのよ。
けど私は、それでもアーサー様のそばにいたい。成長したあの方を、もっと長く間近で見ていたいのです。
そっと、部屋の窓にかかったカーテンを開け、庭を眺めます。
そうして思い出します。このお庭で、幼いアーサー様と一緒に遊んだ時のことを。
『ねえアリサ。遊んで』
『申し訳ありません。まだ掃除の仕事が残っているので、その後でいいですか?』
『えぇーっ! じゃあ、ボクも掃除手伝う!』
『えっ? それは……アーサー様に掃除なんてさせたら、私が怒られてしまいます』
張り切るアーサー様には悪いですが、そんなことさせるわけにはいきません。それに、前に勝手に手伝おうとしたアーサー様が、バケツの水をひっくり返したり壺を割ったりしたことがありました。
これは、何としても止めなければ。
『大急ぎで終わらせるので、それまで待っていてくれませんか?』
『わかった。早くね!』
アーサー様はコクンと頷くと、ちょこんと座って大人しく待っていました。
だけどそれがいつまで続くかはわかりません。再び動き始める前に、仕事を一段落つけなければ。
そんな私を見て、先輩メイドが笑います。
『相変わらず、アーサー様に懐かれてるわね』
お屋敷ではたらくメイドは他にもいましたが、なぜかアーサー様は、その中でも特に私に懐いているという自覚はありました。
『あなたのこと、お母さんみたいに思っているんじゃないの?』
『そこはお姉さんと言ってもらっていいですか?』
アーサー様のお母様は、彼がまだ赤ちゃんだった頃に亡くなっています。
その分、どこかで家族のように甘えられる相手が欲しかったのかもしれません。
その相手がどうして私なのかはわかりません。ただ、私もアーサー様に懐かれてとても嬉しく、まるで弟ができたような気分でした。
『アーサー様のため。掃除をパパパッと終わらせなきゃ!』
『そうやってアーサー様のために張り切るところが、懐かれた理由なんじゃないの。私も少し手伝ってあげるから、早く行ってあげなさいな』
『ありがとうございます!』
先輩のおかげで素早く掃除を終わらせアーサー様のところに向かうと、一人で木の棒を振り回して遊んでいました。
『騎士ごっこですか?』
『あっ、アリサ。ごっこじゃないよ。将来強い騎士になるため修行してるの!』
ごっこと言われたのが不満のようで、ぷくーっと頬を膨らませるアーサー様。
怒っているのに申し訳ないですが、そんなところも可愛いと思っちゃいました。
『アリサも修行に付き合ってよ。ほら』
私も木の棒を渡され、騎士ごっこ、もとい騎士の修行の始まりです。
棒を上段に構えたアーサー様が、わーっと声を上げながら、トテトテと私に斬りかかってきます。
しかし、その棒が私に届くことはありませんでした。アーサー様が、途中でドテッと転んでしまったからです。
『まあっ、大丈夫ですか!?』
『うぅ……痛い』
涙目になるアーサー様。幸い、擦りむいたりはしていないようですが、これは大変です。
このままでは大泣きしてしまうかもしれません。
『大丈夫ですよ。アーサー様は、将来強くて立派な騎士になるのでしょう。だったら、こんな痛みなんてへっちゃらです』
『……ほんとう?』
『ええ、そうですよ。それとも、アーサー様は強くて立派な騎士にはならないのですか?』
アーサー様の目に溜まった涙を拭きながら尋ねると、ちょっと黙った後、コクンと大きく頷きました。
『うん。ボク、すごい騎士になる。それで、アリサが危ない目にあったら守ってあげるね』
『まあ。それは頼もしいです』
すっかり泣き止んだアーサー様の頭を撫でていると、私も嬉しい気持ちになってきました。
なんてことがあったのが、今からどのくらい前でしょう。
そんなアーサー様も、今やすっかり大人になり、本物の騎士になりました。
私は、一度死んで生まれ変わりました。
そして明日、二人は対決します。
あの時木の棒を持って騎士ごっこをしていた二人がこんな形で戦うなんて、いったい誰が想像したでしょう。
ですが臆するわけにも負けるわけにもいきません。
アーサー様は私にとって、弟みたいに可愛がっていた方。生まれ変わって私の方が年下になっても、その気持ちは未だ残っています。
そんなアーサー様をこれからもそばで見守るため、明日は絶対に負けられません!
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