第7話 感じる違和感

「では、お二人はこちらの部屋をお使いください」


 夕方になり、太陽の半分が沈んだ頃。

 私が前世の記憶を思い出した時、アーサー様のお屋敷から出てきた中年の男性は、そう言って私とミアを屋敷の一室に案内します。

 この方の名前はサイモンさん。聞けば、アーサー様の秘書をやっているそうです。


 騎士団の入団試験として、アーサー様と戦うことが決まり、即対決。

 と言いたいところでしたが、アーサー様はこれからもお仕事があり、私も旅の疲れがあるだろうからと、ミア共々一晩だけはこの屋敷に泊まることを許されたのです。

 アーサー様はというと、今夜は騎士団の本部に泊まるそうで、必要なものを用意すると、またすぐに出かけていきました。


 本当はもっと話をしたかったのですが、仕方ありません。


「アーサー様との対決は明日。それまでしっかり休んで、体力回復しなきゃ」


 絶対に負けられない戦い。

 ムンと鼻息荒く意気込みますが、それを見ていたミアは、何だか浮かない顔をしていました。


「リリア様。本当に入団試験なんて受けるつもりですか?」

「あら。ミアも心配なの?」

「それもありますけど、わざわざそんなことまでしてここにいる必要なんてあるんですか? 縁談なら断られたと言えばいいですし、縁談に行ったはずが騎士団に入ったなんて言ったら、旦那様も奥様も腰を抜かしますよ」


 確かに。いくらお父様お母様でも、それはびっくりするかもしれません。

 けど私がここまでアーサー様にこだわる理由が前世にあるなんて言っても、なんのことやらわからないでしょう。


「ミアは、無理してここにいなくてもいいのよ。うちに帰ったら、お父様お母様も迎え入れてくれるでしょう」

「そうはいきません。リリア様一人、こんなところに残しておくわけにはいきません。こちらでもご一緒させていただきます」


 もしも私が試験に合格して騎士団に入れたら、私もミアもこの家に住んでもいい。アーサー様からは、そう言われました。


 わざわざ住む場所を探すのも大変なので、ありがたいです。


 ですがそこで、サイモンさんが言いました。


「盛り上がってるところ申し訳ありませんが、失礼ながらあなたが試験に合格するのは、アーサー様に勝つのは難しいかと思います」

「あら。アーサー様や騎士団の人たちもそんな反応だったけど、よほど頼りにならないと思われてるみたいね」


 まあ私も、貴族の娘が武術をやるなんて言っても、どれほどのものかと疑う気持ちはわかります。

 けど私だって、真剣に鍛えているのです。やればできるってところ、見せてやろうじゃないですか。

 と思ったのですが、サイモンさんの言い分は、ちょっとだけ違っていました。


「いえ、あなたが弱いと言いたいのではありません。例えそれなりに腕に覚えがあったとしても、アーサー様には敵わないでしょう。アーサー様はお強いのです。屈強な騎士団員の中の、誰よりも」

「まぁ」


 弱くて騎士団長など務まるはずがないというのはわかっていますが、そんなにお強いのですね。


 それは、気を引き締めて挑まなくては。


 それにしても、アーサー様がそこまで強くなっているというのは、私にとっては結構な驚きでした。


 というのも、かつてのアーサー様は、性格的にあまり荒事には向かないタイプだと思っていたからです。

 転んでケガをした時は、ちょっと擦りむいただけで泣き出し、近所で犬に追いかけられた時は私の後ろに隠れ、雷の鳴る夜はこわくてねむれないから一緒にいてと頼んでくる、そんな方でした。


 そんなアーサー様が、そこまで強くなるなんて。きっと、すごく努力を重ねられたのでしょうね。

 こんなところでもアーサー様の成長を感じ、ウルっときてしまいます。


「あの、どうかなさいましたか?」


 おっといけない。うっかり涙を流しそうになりましたが、こんなところでポロポロ泣いてしまっては、変な人だと思われてしまいます。気をつけなければ。


「いえ、なんでもありません。それより、そのアーサー様が率いる騎士団が、今は人手不足なのですよね。それってまさか、うまくいってないとかではないですよね?」

「とんでもありません。アーサー様が魔物の対策にこれまで以上に力を入れているため、どうしても人数が必要になっているのです。ですがそのおかげで、領内での魔物の被害は減っていて、領民たちからはすこぶる評判が良いのです」

「まあ、そうなのですか」

「アーサー様は、騎士としてだけではなく領主としても優秀でしてね。数年前にお父上が亡くなり、若くしてその座についたにも関わらず、今や立派にその役目をこなしているのです」


 アーサー様の領主としての手腕が確かであるのは、縁談の話が出た際にも聞いていました。

 騎士としても領主として優秀だとは、なんだか嬉しいです。


「ただひとつ。職務を頑張りすぎるためか、自身の縁談には、あまり関心がないようですけど」

「ああ、そうでしたね」


 今までこの地にやってきた令嬢たちの評判。それに、私へ向けられた冷たい態度を思い出します。

 まあ私の場合、会っていきなり抱きつくなんてやらかしをしてしまったので、自業自得なところはありますけど。

 それでも、あの天使のようだったアーサー様がどんな女性に対してもあれだけ冷たい態度をとったと思うと、なんだか違和感があります。


「あの。アーサー様が今までここに来た令嬢方をみんな追い返したのは、職務が忙しいからだけなのでしょうか?」


 もしかすると、何か他に理由があるのかも。

 そう思って尋ねますが、サイモンさんは首を横に振り、まともに答えてはくれませんでした。


「私からはなんとも言えません。それにあなたがここにいられないのなら、詮索しても仕方のないことでしょう」


 むぅ。サイモンさん、やはり明日の勝負で私が勝つとは微塵も思ってないようです。


「みんなひどいです。あのアーサーって人がどれほどのものか知りませんけどね、リリア様だってお強いのですよ。けちょんけちょんにやられて吠え面かいても知りませんからね!」

「ミア、いくらなんでも言葉がすぎるわよ」


 どうもミアは、アーサー様のことをあまり良く思ってないみたいです。

 もしも私が勝負に勝って入団したら、私もミアもここに住むことになるので、できれば仲良くしてほしいのですけど。


 なんて思ったところで、ミアのお腹がぐ〜っと盛大に鳴りました。


「す、すみません。興奮したら、お腹がすいてきちゃいました」


 恥ずかしそうに言うミア。

 まったく。この子を見てると、つい肩の力が抜けちゃいます。

 すると、サイモンさんが困ったように声をあげました。


「申し訳ありません。二人をお迎えする準備を何もしていなかったので、食事の用意すらないのです」

「あら、そうなのですか?」


 謝るサイモンさんですが、アーサー様は私たちを屋敷に入れるつもりもなかったようなので、これは仕方ありません。


「近くの食事処にでも行かれますか? 食材ならあるので、私が簡単なものなら作ることはできますが、お口に合うかどうか」

「いえ、そんな……」


 私は手作りでも喜んでいただきますが、これ以上サイモンさんの手を煩わせるのも申し訳ありません。

 幸い、私は前世でこの屋敷で働いていた身。近くで食事を取れる場所なら知っているので、行ってみるのも面白そう。

 そう思ったのですが……


(いえ。どうせなら、こっちの方がいいかも)


 そこで私は、あることを思いつきました。

 そして、サイモンさんに言います。


「あの。食材があるのでしたら、キッチンを借りていいでしょうか? 私、自分で作ってみたいのです」

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