第5話 縁談が無理なら、せめてそばにいさせてください!

 私を突き飛ばし、ものすごい顔で睨みつけるアーサー様。

 いったいなぜ!?


「り、リリア様、いったい何を?」

「何をって、感激して抱きついて……あっ!」


 ミアに言われて、ようやく気づきました。

 私にとってアーサー様は、前世でお世話し、弟のように可愛がっていた相手。再び会え成長した姿を見たのですから、感激して抱きつくのも当然。

 けどアーサー様は、私の前世がメイドのアリサだったことなど知ってるはずがありません。

 いきなり抱きついたら驚くのも、無理のないことかもしれません。


「も、申し訳ありません。つい……」


 慌てて頭を下げますが、アーサー様は相変わらず、私を睨みつけていました。

 と、とりあえず、挨拶と自己紹介をしなくては。


「はじめまして。わたくし、アーサー様の叔父様の紹介でやって来ました、リリア=ベルナールと申します。どうかよろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げますが、まだまだアーサー様の不機嫌は直りません。 


「リリアだと。ということは、やはりお前が縁談相手か。叔父上め、今度はどんなやつをよこすつもりだと思ったら、凄いのが来たものだ」

「うぅ……すみません」


 もしかすると、これは嫌われてしまったのでしょうか。アーサー様がここまで悪態をつかれるなんて初めて見ました。


 せっかくアーサー様に会えたというのに、なんということでしょう。

 ショックで膝をつきそうになりますが、そこでミアが声をあげ、話題を変えました。


「あ、あの。それより、いったいどちらに行かれてたのですか? 今日リリア様がいらっしゃることは、連絡がいっていると思うのですが」


 そういえばそうでした。

 先ほどアーサー様は、屋敷の外からやってきていました。

 しかも、今の彼が着ているのは騎士服。普段家の中で身につけるものとは思えません。

 やはりアーサー様は、お屋敷を留守にしていたようです。


 すると、アーサー様の後ろにいた男性の一人が、声をあげます。


「あんたたち、団長に何か用だったのか?」


 団長というのは、アーサー様のことでしょうか。

 そういえば、アーサー様は領内の騎士団長も兼任していました。おそらくこの人たちは、その騎士団の方々なのでしょう。

 それなら、アーサー様を団長と呼ぶのも納得です。


「私はアーサー様のご親戚の方から縁談の話をいただきここまでやってきたのですが、呼び鈴を押しても誰も来なくて、途方に暮れていました」

「縁談!? 団長、そんな約束があるなら言ってくださいよ。そしたら、無理に仕事なんてさせなかったのに」

「お仕事?」

「ええと……この近くに人を襲いそうな魔物が出たんで、騎士団で討伐に行ったんですよ。って言ってもそこまで強い魔物じゃなかったし、団長には家にいてもらった方がよかったかも。なんか、悪い」


 その方は責任を感じたのか軽く頭を下げますが、理由がわかれば、別に気を悪くするなんてことはありません。


「まあ。私用よりも騎士団のお仕事を優先するなんて、ご立派ではないですか」


 前世の記憶を取り戻した今なら分かります。

 ここエルシュタイン領は、中央と比べると魔物の活動が盛んで、一般の人が被害に遭うことも少なくありません。

 私よりそちらを優先させたとしても、仕方ないこと。

 と思ったら、アーサー様は言いました。


「お前が謝る必要はない。魔物の件がなかったとしても、まともに相手をする気などなかったんだからな。というわけで、さっさと帰ってくれ」

「へっ!?」


 それに続いて、屋敷から出てきた中年男性も言いました。


「すみません。アーサー様からは、あなた方が訪ねてきたら居留守を使えと言われていたのです」


 それで、呼び鈴を押してもなかなか出てこなかってのですね。

 って、さすがにこれはどうなのでしょう。

 せっかくやってきたというのに、その対応はあんまりなのでは? しかも、さっさと帰れと言われてしまってます。


「あの。ですが私は、あなたとの縁談のために、二日かけてここまでやってきたのですけど……」

「そんなもの、叔父上が勝手に言ってるだけだろ。俺にその気はないし、縁談は破談だ。帰ってそう伝えろ」


 まるで取り付く島もありません。

 そういえば、今までの婚約者候補は皆、彼のあまりの冷たさに逃げ帰って来たのでした。


 私だって、これにはびっくりです。あの天使のように愛らしく優しかったアーサー様が、こんなに冷たいことを言うようになったなんて。


 まあ、私が知ってるアーサー様は彼が七歳の頃で止まっているので、それから性格が変わったとしても不思議はありません。


 とはいえ、ここでわかりましたと帰るわけにはいきません。


「待ってください。せめてお話だけでも!」


 お父様の立場を考えここまで来たというのに、こんなにも早く帰ったとあっては顔向けできません。

 そして何より、いくら冷たい態度をとられても、私にとってアーサー様が大切な人であることに変わりはありません。

 せっかく会えたのに、ろくに話もできないなんてあんまりです。


「話すことなどない。俺に婚約するつもりはないし、時間の無駄だ」

「婚約者としてここにいるのがダメなのなら、身の回りのお世話やお屋敷のそうじなど、何でもします。メイドにだってなります」


 アーサー様のそばにいられたらなんでもいいです。前世と同じようにこの屋敷でメイドとして働けるなら、それはそれでありです。


「リリア様、メイドは私の役目ですよ!?」

「そ、そうね。じゃあ、二人で一緒に働くとか? このお屋敷、ほとんど人がいないみたいだし、家事をするメイドの一人や二人、いた方がいいんじゃないかしら?」


 屋敷の中の様子を伺うと、人の気配はほとんど感じられません。

 さっき屋敷から出てきた方を除いては、誰もいないのかもしれません。


 私がアリサだった頃は何人も住み込みで働いていて賑やかだったのに、嘘のようです。


「…………いらん。そういうのは、必要な時だけ呼んでやってもらうようにしている」


 あれ? なんだか今、一瞬だけ間があったような。気のせいでしょうか?


「まったく。どうせなら、婚約者やメイドなどではなく、騎士団の団員でも来てくれたらいいものを」


 ため息をつくアーサー様。これには、騎士団の方も数名、同意するように頷いていました。


「あの。騎士団って人手不足なのですか?」

「ああ。最近、魔物の動きが活発になっていて、猫の手も借りたいくらいだ。だからなおさら、お前に構っている暇はない。わかったらさっさと帰れ」


 また帰れと言われてしまいました。

 アーサー様は、何がなんでも私を追い返したいようです。


「リリア様。こんな失礼なことを言うやつと婚約なんてする必要ありません。不幸になるだけです。こっちから断ってやりましょう!」


 一連のアーサー様の態度が気に入らなかったのか、ミアが憤慨しながら言います。


「ミア、落ち着いて。いくらなんでも言いすぎよ」


 とは言ったものの、ミアが怒るのも当然かもしれません。

 私だって、普段なら腹を立てて平手打ちでもしていたかもしれません。


(けど相手がアーサー様だと、どうしても甘くやっちゃうのよね)


 いくら腹の立つようなことを言われても、幼いアーサー様の天使な姿を思い出すと、まあいいかと思ってしまうのです。

 甘やかしは良くないと思っていても、生まれ変わってなお刻まれ続けた記憶や思いは、簡単には曲げられません。


 それに、気になるのです。あのアーサー様が、どうしてこんな、別人のように変わってしまったのか。

 何もわからず帰るのは、どうしても嫌でした。

 なんとかして、ここに留まる方法はないでしょうか。


 あっ、そうだ!

 その時、私の頭に名案が思い浮かびました。


「あの、アーサー様。さっきの話を聞いていますと、騎士団の団員なら、いてくれた方がいいのですよね」

「そうなるな。だが、それがどうした?」


 やっぱり。それなら話が早いです。


「なら私、騎士団に入ります! 騎士団に入って、アーサー様のそばで働きます!」


 アーサー様に向かって、高らかに宣言します。


 お父様やアーサー様の叔父様には悪いですが、私は何も、アーサー様とどうしても婚約したいというわけではありません。

 そもそも私にとって、アーサー様は可愛い弟みたいなものでした。婚約だの結婚だのと言われても、実はあまり実感がわかなかったのです。


 けどそれはそれとして、アーサー様のそばにはいたい。つまり、そばにさえいられたら、婚約者だろうとメイドだろうと騎士団の団員だろうと、何でもいいのです。

 しかも、それでアーサー様のお役に立てるのなら御の字です。


 アーサー様も騎士団の団員がほしいと言っていましたし、お互いにとって得しかありません。


 我ながら名案です!

 名案の、はずだったのです。


「貴様、ふざけるのもいい大概にしておけ」


 どうしたことでしょう。

 てっきり喜ぶとばかり思われたアーサー様は、なぜか心底呆れたようにため息をつかれたのです。

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