第3話 非常ーーーーに不名誉な二つ名
まず変わったことといえば、なんと言ってもデューイとの婚約関係。これはもう、きれいさっぱり解消されました。
家同士の事情があっての婚約だったけど、お父様もお母様も、あんなことをしでかすやつに娘をやれるかと大激怒。
デューイの家も親が出てきて、うちのバカ息子が申し訳なかったと土下座していました。
デューイ本人はほとんど勘当同然になり、以来社交界では、伝説の笑いものみたいな扱いになっています。
だから、あの婚約破棄で私や家への直接的なダメージはゼロ。慰謝料だっていただきました。
ただ婚約破棄したということは、当然今の私に婚約者はなし。
貴族の娘たるもの、将来の相手を見つけるというのも大事な務め。なので、次なる相手を探してはみたのですが……
「あなたが舞踏会で大暴れしたことが、あんなにも面白おかしく広まってしまうなんてね」
ため息をつくお母様。
そう。私がデューイをやっつけた一件は、あの舞踏会の出席者はもちろん、それから人から人に伝わって、あっという間にこの国の貴族の間で噂になってしまったのです。
デューイのしでかした事が事なので、私を悪く言う人はいなかったけど、舞踏会で婚約者をボコボコにした娘というのは、新たな婚約者を探す上では、マイナスになってしまうようです。
お父様やお母様が、うちの娘はどうなんて話をしても、みんな言葉を濁して断ってくるそうなのです。
「みんな、酷いです。リリア様は私を助けてくれたのに、それを笑いものにするなんて。しかも、変な噂になるだけならまだしも、あんな二つ名をつられるなんて」
「ミア……」
この件で一番憤慨したのは、私でも両親でもなくミアでした。
笑いものになっていること。それを理由に縁談を断られていること。そういう話を聞く度に、声をあげて怒りを露わにしていました。
中でも彼女を最も怒らせたのは、噂と共に広まった、私の二つ名です。
舞踏会でたくさんの人が見守る中、デューイをやっつけた私は、今や貴族の間でこう呼ばれていました。
「『舞踏会の野獣』ですよ! そんなの、悪意しかないじゃないですかーっ!」
そうなのよね。私も、自分がこう呼ばれてるって知った時は、さすがに頭を抱えました。
私としては普段鍛錬を積んでいる武術でごく普通に殴る蹴るを繰り返しただけなのに、見ている人にとってはすごく凶暴に見えたみたいです。
ちなみに、お母様は最初これを聞いて、吹き出していました。
今でも、聞く度にちょっぴり笑っています。
「そ、そうよね。うら若き淑女に対して野獣だなんて……ぷぷっ……あんまりよ。……ぷはぁっ!」
お母様。笑うか文句を言うかどちらかにしてください。
あなたの反応が一番傷つきます。
とにかくそういうわけで、私の新しい婚約者探しは大いに難航しているのです。
「けどリリア、そこまで深刻にならなくても大丈夫よ。あなたはまだ若いのだし、数年もすれば舞踏会の野獣なんて噂も忘れられるでしょう」
「そうですか? まあ、私も本音を言えば、そこまで急いで婚約者がほしいわけでもないですけど」
何しろあんな変態野郎とはいえ、婚約者に裏切られたばかり。
いずれ新しい相手を探すにしても、もうしばらくは、婚約だの恋だのとは無縁の生活をしてもいいかなと思ってました。
「あなたのしたいようにしなさいな」
「そうですか? なら当分は婚約者探しはけっこうです」
お母様からこう言われたことで、肩の荷が降りたような気がしました。
するとその時、我が家の門が開く音が聞こえてきました。
どうやら、出かけていたお父様が帰ってきたようです。
それから間もなくして、お父様がこちらに顔を出しました。
「やあ、ただいま。リリア、ここにいたのか」
「お帰りなさいお父様。私に何か用ですか?」
「ああ。実はそうなんだ。そうなんだがな……」
何やら言いにくそうに、口をモゴモゴさせるお父様。
もしかして、また縁談の話を断られたのでしょうか?
お父様、恋の痛みは恋で癒さなければと、婚約者探しを張り切っていましたからね。
ですが私はたった今、しばらくは一人で自由気ままにすごすとことを決めたばかり。
お父様にもそれを伝えて、心配しなくても平気だと言わなければ。
と思ったのですが、お父様の口から出てきたのは、実に意外な言葉でした。
「それがなリリア。ぜひお前にと、縁談話を持ちかけられたんだが、どうする?」
「はっ?」
縁談話を持ちかけられた? お父様が持ちかけたのではなくて?
いやいや嘘でしょ。だって私、舞踏会の野獣ですよ。
いったいどこの誰が、野獣相手に縁談なんて持ちかけるのですか?
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