第30話

 風宮凛は、冒険者としての天賦の才を持つ。だが、それにあぐらをかくことなく努力を惜しまない。ゆえにこそ期待のルーキー足り得る。

 そしてその努力の一環として、高レベルの冒険者の戦闘映像の鑑賞を日課としている。戦闘勘を養うことに最適なのだ。


 それゆえに彼女は、これまでに数多くの戦闘を目にしてきている。

 けれど――


(こんなに心が沸き立つは……初めて)


 凛は片膝をついた状態まま、目の前で展開される戦闘に見惚れていた。

 自身は無謀にもスパルトイに斬りかかっていき、こっぴどく打ちのめされた。痛烈な反撃の餌食となり、瀬戸際で受け太刀に成功して致命傷こそ免れたもののダメージは重く、じき青き死神に首を刎ねられると覚悟した。


 ところが今、命運尽きかけた自身を救うために一人の少年が奮闘している――その少年の名は、聖夜月。縁あってパーティに加わった臨時メンバーである。


(まるで踊っているみたい……)


 鳴りわたる剣戟音、爆ぜる火花、迸る汗と血。

 荒い息を吐き、強く地を蹴り、円盾を掲げ、全身全霊で強敵に抗う。

 目まぐるしく立ち位置を変えて行われる戦闘は、あたかも死線で踊るワルツのよう――仄暗いダンジョンで今、確かに命が躍動している。


(それに、どうしてだろう……)


 不思議なことに、夜月の姿がとても眩しく見えた。

 これは、この輝きはなに? いいえ、考えるまでもない。この光こそが才能の発露……だとしたら、日本一の冒険者になるのはきっと彼のような人だ。

 凛は憧憬とともに、漠然とそんな期待を抱く。


「でも、このままじゃ……」


 遅かれ早かれ、いずれ詰む。

 スパルトイがどれほど恐ろしいモンスターかは、剣を交えた自身が一番よく知っている。

 タンクとして卓越した才能をみせる夜月とて、あの総毛立ちそうになるほど冷酷に襲いくる斬撃をいつまでも捌き続けるなど現実的ではない――今はまだ、実力が足りない。


 とりわけ攻撃力不足が深刻だ。敵を打破する手立てがなければジリ貧は免れず、体力の枯渇は死と同義……それ以前に、疲労から集中力を欠けば即刻命を刈り取られてしまうだろう。

 しかして、凛の不安は現実のものとなりかける。


 激しい攻防のさなか、ふと夜月の集中がわずかに途切れる。その間隙に潜り込むようにして強烈な一撃が叩き込まれ、辛うじて盾でガードするも大きく重心を崩してしまう。

 予見通り、そこへ高速の銀閃が迸った。


「危ないっ!」


 凛はたまらず声を上げた。同時に、胸中で己の非力を嘆く――自分の弱さがあの勇敢な少年を死に追いやったのだ。

 ところが、次の瞬間には大きく目を見開いていた。眼前で展開された光景は、自身の予想とまったく異なるものだったのである。


「両手――!?」


 夜月はとっさに剣を捨て、両腕で盾をコントロールしていた。それによって強引にガードスピードを向上させ、どうにか敵の長剣を弾き返すことに成功したのである。

 凛はすぐに思い至る。武器を捨てたからこそ首の皮一枚つながったこと、それがスパルトイと対峙するうえでの最適解であること。


(すごい……でも、やっぱり戦況は好転しない……)


 視線の先では、命を薄く削ぎ落とすような攻防が途切れなく続いている。

 両手で盾をコントロールすることで、夜月の防御力は幾分も上昇しているように見えた。が、それはわずかに死期を遅らせただけに過ぎず、効果的な攻撃手段がない以上はどうあがいても不利は覆らない。

 スパルトイの長剣は、いずれ確実に夜月の命まで届く――


「――いいえ、違う。そうじゃないでしょ」


 凛はこれまで、座して戦いを眺めていた。自身の体はとっくに戦闘へ耐えうる程度にまで回復していたというのに。


 では、なぜ動かなかったのか? 

 ――否、動けなかったのである。


 敵に繰り出した渾身の斬撃をことごとく弾き返され、あまつさえ手痛い反撃を受ける始末。さらにその短い攻防を通じ、聡明な彼女は悟ってしまった……『私では勝てない』と。

 要するに、戦意喪失してしまったのである。


 だが、それは決して責められるようなことではない。スパルトイは紛うことなき『竜種』に属する怪物で、その暴威には恐るべきものがある。例えステータスを制限されようとも新人冒険者には明らかに荷が重く、むしろ数合とはいえ互角に渡り合った時点で上等の部類と言えよう――しかし今、凛は再び立ち上がろうとしていた。


「私が倒せばいい……ううん、私たちで倒すんだッ!」


 再燃する闘志。

 火種は、盾を掲げて踊り続ける少年からもらった。

 彼が、自身を逃すために戦闘へ身を投じたことは言われずとも理解している。だとしても、そんな勇敢な冒険者を見殺しにするなんて絶対にできない。


 そして何より、本能が強く訴えているのだ――『二人なら絶対に勝てる』と。

 いつしか凛は己の両足でしっかりと地を踏みしめて立ち、愛剣を構えていた。


「ふうッ――《テイルウインド》!」


 ひとつ深呼吸をして、際限なく高まる鼓動をおさえつける。次いでスキルを発動し、均整の取れた体躯の輪郭に翠色の燐光を宿す。

 それから凛は、繰り返される苛烈な攻防を何度か見送った。


 まだ、まだよ……剣の柄を握り込みながら参戦の機をうかがう。甘い不意打ちが通用する相手ではないが、せめて一太刀浴びせられるようなタイミングで仕掛けたい。


 すると幾ばくも経たぬうちに、勝負の刻がやってくる。

 スパルトイがいったん後方へ距離をとり、連撃を放つべく改めて踏み込む――同時に「ここだっ」と、凛は直感にまかせて強く地を蹴って駆けだした。


 エメラルドの光の欠片をたなびかせながら疾走する。夜月が攻撃を防ぎ、甲高い金属音が連続して響き渡った――その直後。


 スパルトイは猛撃の狭間に、ほんのわずかな隙を生じさせた。それはさながら強く引っ張られたゴムが縮むがごとく。

 凛はそこへ迷いなく踏みこみ、淀みなく剣を一閃する。


「やぁあああ――ッ!」


 超高速の銀閃が美しい弧を描く。

 死角から解き放たれた斬撃は鮮烈にして熾烈。さしものスパルトイもこれには反応が遅れ、とっさに片腕をあげてガードするのが精一杯。

 ――シャラン。

 凛の剣は冷涼な音を鳴らし、その左腕を半ばから断ち斬った。

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