第27話

 期待の新星、という異名は伊達じゃない。

 この場にいる冒険者も新人にしては優秀な部類だが、デビューと同時に一流クランへ所属を許された凛とは比較にならない。

 そんな実力者の言葉は、場の空気を一変させるに十分すぎるパワーを秘めていた。


「ここにいる彼は、私たちのパーティメンバーとして不足ない活躍を披露したわ!」


 威厳を漂わせ、黙りこくる聴衆を睥睨する彼女の姿に、僕は女王の貫禄をみた。

 そして忠実なる配下の番野が、代弁者よろしく意を汲んで発言の続きを引き取る。


「うちのパーティは、9階層でスケルトンオーガとエンカウントした。そのとき俺はこいつに命を救われた。断言する、こいつは並のタンクじゃない!」


 今や軽蔑の的であるタンクに救われたなど、世間一般ではひどい不名誉あつかいである。冒険者としてのキャリアにも悪影響が出かねない。にもかかわらず、番野は明言してくれた。

 素直に敬意を抱く……これまでの悪印象が一気に覆された。


 それに聴衆もここまで言い切られてしまったら、もはや何も反論できないようだ。これでは相手の計略も効果を発揮しない。


「お、おいっ!? タンクが寄生プレイしたんだぞ!」


 荒井はしつこく大声で同調を求めるも、野次馬どもは全然のってこない。

 当然の結果だ。こと発言力において、アイドル的人気を博す冒険者とそのパーティメンバーに敵う道理などない。


 まったく、言葉ってのは本当に理不尽だ。何を言ったかではなく、誰が言ったかの方が重要だなんて。

 ともあれ、舌戦は荒井の敗北が濃厚。

 さらに番野がダメ押とばかりに、顔を近づけ小声で脅す。


「お前、剣を突きつけてこいつを追放したらしいな。ここで俺がそのことを大声で暴露したらどうなると思う?」


 間違いなく吊し上げをくらう。他者を貶めたい者にとって、攻撃対象が誰かなんて些細な問題だ。むしろ後ろ盾のなさそうな荒井の方が気兼ねなく叩けることだろう。

 だがここで、無言を貫いていた牧浦が割って入る。


「おい荒井、いったん引こうぜ。何もここでケンカしたいわけじゃないだろ?」


「あ、ああ……チッ。学校でどうなるか楽しみにしとけよ、クソ陰キャ」


 さすがに挽回は難しいと判断したらしく、ろくでもない捨て台詞を残して二人はこの場から離れていく。とうぜん帰るわけではないが、こちらの視界に入らないような場所へ移動するようだ。

 追い詰めすぎると何を仕出かすかわからないので、僕は黙って見送った。


「彼、クラスメイトなんだっけ? 大丈夫かな」


「気にしないでくれ、あいつに出来ることなんてたかが知れているから。それより、大声ださせてごめん。凛の評判に傷がつかなきゃいいんだけど」


「それこそ気にしないで。評判や人気なんてどうだっていい。私は、私の目的のためだけに冒険者をやっているの」


「そうか。でも、助かった。ありがとう」


 去り際の脅し文句が気になったのか、凛が心配そうに声をかけてくれた。

 正直なところ、学校で荒井と一悶着おきるのは確実なので『大丈夫』とは言いがたい。けれど、それは僕個人で対処すべき問題だ。これ以上、心優しい彼女を巻き込むわけにはいかない。

 それと、優しいといえば……僕は庇ってくれたもう一人に礼を告げる。


「番野もありがとう」


「言いそびれたが……夜月、スケルトンオーガ戦のときは助かった」


 ふてくされたように言って、さっさと歩いていってしまう番野。

 率先して庇ってくれた事といい、もしや仲間として認められたのだろうか?

 それとこいつ、実はツンデレだったなんて……だとしら、どうしても伝えなくちゃいけないことがある。

 僕は早足で隣に並び、世の真理を告げる。


「聞くところによると、ツンデレ男子の需要って二次元に限るらしいぜ。知ってたか、バン」


「誰がツンデレだ、ボケナス……それにあだ名で呼ぶな、ていうか馴れ馴れしく話しかけてくるな。ぶっ飛ばすぞ」


 がつっ、と強めに肩を小突かれる。

 せっかく忠告してあげたのにひどい……そのやり取りを見ていたらしい凛が、背後で「ふふっ」と小さく笑う。


 なお彦根と美和さんは、次の休日にどこでデートするか話し合っていた。トラブルの最中もずっとである。もうちょっとこちらにも興味を持ってほしい。

 それはさておき、僕らは最初に狙っていた壁際のスペースに移動し、揃って腰をおろす。


「とりあえず休憩は四時間くらいかな。その先はあのカウンター次第ね」


 凛が指差す方向にあるのは、フロア中央で燃え盛っている青炎と、その直上に展開されている例のARスクリーン。今のところ、最初にみた数字から変動はない。


「そういえば、僕が渡したイベントアイテムはまだ投下しないのか?」


「それは、私たちがきっちり体力を回復させてから。コンディション万全の状態で『幽骨の試練』に挑みたいでしょう?」


 まあ、当然そうなるか。せっかく手に入れたアイテムなのだから、できる限り有効活用すべきだ。それに恐らく、同じようなことを考えているパーティは他にも存在するはず。


「牙が集まらなくて、試練が開始されないままイベント終わっちゃったりして」


 美和さんが冗談めかして言う。

 骸骨迷宮の開催期間はすでに残り一日をきっているので、試練の発生条件を満たさずにそのまま終了という虚しい結末もありえる。

 だが、その可能性を凛が否定した。


「そうなったら残念だけど、ユニークスキルは諦めるしかないわね。でも、あのゲームマスターが最悪のケースを想定していないとも思えないけど」


 まったくもって同感だ。仮にも『超越存在』と称されるあの優男がそんなヘマをやらかすとは思えないし、そもそも僕にイベント参加を強要してきたくらいなのだ。もしものときに備え、時限式の起動ギミックくらい仕込んでいるに違いない。


「それに、ここにいる冒険者たちだってバカじゃないもの。時間が差し迫ってくれば何かしら手を打つはず。だから心配しないで、今は存分に休みましょう。あ、ステータスチェックも忘れずにね」


 凛の指示に「了解」と返事をし、各自取り出したスマホに目を落とす。

 僕も期待に胸を躍らせながら、久々にステータスアプリをタップして自己の成長を確認する。


 ――――――――――――

 プレイヤー:聖夜月

 ATK (総合攻撃) :F+(⬆UP)

 DEF (総合防御) :D  (⬆UP)

 STR (筋力)  :E  (⬆UP)

 AGI (敏捷)  :F+(⬆UP)

 INT (攻性技能) :F+(⬆UP)

 MND (支援技能) :F+(⬆UP)

 MP (魔力)  :F


【スキル】

《タウント》《シールドバッシュ》《ジャストガード》


 DP:1437.8

 ――――――――――――


 うおっ、すげえ……魔力をのぞき軒並み上昇していて、とりわけ『DEF』値の伸びが著しい。これが育成支援イベントの効率か。

 それに『DP』もかなり稼げた。すべて日本円に換金すれば十五万ちかい。今度、秋穂さんに何かプレゼントしよう。


 ステータスチェックの後は本格的な休憩に入る。

 順番で見張りを行うことになったので、僕は自分の番がくるまで仮眠を取ることにした。

 肉体的にはまだ余裕だったが、精神はことの外疲弊していたようだ。バックパックを枕にして横になれば、ものの数分とかからず眠りに落ちていった。


 ***


「夜月くん、起きて」


 優しい声にあわせて体が揺すられ、ゆっくり僕の意識は覚醒していく。

 のろのろと目を開いてみると、真っ先に凛の美しい顔が視界に飛びこんできた。


「なんだここ、天国か……?」


「残念、ダンジョンよ。ほら、寝ぼけてないでそろそろ目を覚まして」


 急かされて上体を起こし、首を振って周囲を確認したところでようやく現状を把握した。

 そうだ、骸骨迷宮の最下層で休憩をとっていたんだ……あれ、そういえば見張りの順番ってどうなった?


「番野くんが代わりにやってくれたわ」


 僕はずいぶんと気持ちよさそうに寝ていたらしく、「俺が変わるからそのまま寝かしといてやれ」と代役を買って出てくれたそうだ。

 正式なパーティメンバーでもないくせに寝過ごすなど、本当に面目が立たない。


「ごめん、番野。おかげですっかり疲れもとれたよ」


「おう……そのかわり『幽骨の試練』ではしっかり働けよ。身を挺してでも凛を守れ」


「ああ、了解した」


 荷物を整理しながらぶっきらぼうに返事をする番野。

 どうも凛に対しては過保護なようだが、二人はいったいどのような関係なのだろうか?

 まあ、僕は恩返しする必要があるので望むところだ。何があろうと絶対に守りきってみせる。


「みんな聞いて。さっき行われたパーティリーダー会議で、あと一時間くらいしてからイベントアイテムを順次投下することが決まったわ」


 凛の説明によると、カウンターの進まなさに業を煮やした者が発起人となり、主だったパーティのリーダーを集めて話し合いが持たれたそうだ。そこで『少し時間をおいて数字を進める』という提案に合意したとのこと。


 僕はARスクリーンに目を向ける。

 数字は『78/100』となっている。寝ている間に多少は進んだようだが、あまりいいペースとはいえない。流石にこれ以上は待つのもしんどいので英断だと思う。


 そして実際に一時間が過ぎると、約定どおりイベントアイテムを隠し持っていたパーティがそれぞれフロア中央の炬火台へ向かった。皆に見守られつつ青い炎の中に牙を投じ、カウンターを進めていく。


 僕らも装備を整え、それにならう。順番を終えて元いた休憩場所へ戻ってきたとき、ARスクリーンの表示は『92/100』を示していた。

 それからまた数は増え、


「お、俺らでラストじゃーん! お前ら、覚悟は良いか? メインイベントの始まりだァ!」


 少しガラの悪いパーティがテンション高めに最後の青い牙を投じると、見事にカウンターは既定値に到達する――その途端、炬火台から青炎がぶわりと大きく立ち昇った。

 炎は渦を巻き、たちまち何メートルもの高さの巨大な竜巻を作りだす。それは轟々と音を鳴らし、骸骨迷宮の最下層に熱風を撒き散らした。


 その時、目を保護するべく構えていた盾ごしに恐ろしすぎる光景を目撃し、僕は一人戦慄していた。例の最後にイベントアイテムを投じたパーティが逃げ遅れ、炬火台ごと灼熱の渦に飲み込まれていったのである。

 あれではきっと助かるまい……なんて理不尽なニアデス……。


「炎が、鎮まる……」


 青い竜巻が急速に収束していく様をみて、付近の見知らぬ冒険者が唖然と口を開く。

 その直後、ひときわ強い熱風を巻き起こして炎は完全鎮火。

 残念ながら飲み込まれたパーティの姿は確認できない。それどころか、あの立派な杯型の炬火台すらも消失している――だがその跡には、見覚えのある一体のモンスターが佇んでいた。


「あれは……スケルトン?」


 横にいた番野が拍子抜けしたように呟く。

 無理もない……壮大な演出を伴って顕現したものが、骸骨迷宮で散々相手をしてきた雑魚モンスターだったのだから。


 やや距離はあるが、見間違いようもない。

 背丈は二メートルほどで、長剣を所持しているタイプのスケルトンだ。これまで見てきた通常個体とあまり変わらない……違いといえば、その全身を構成する骨の色が『青い』こと、ボロ布を体に巻き付けていること、くらいのものである。


 まさか、こいつが『幽骨の試練』――レイド戦を展開する相手だというのか? 

 ありえない……通常、レイド戦のボスは極めて強力なモンスターが務めるものだ。むしろそうでなければ成り立たない。だから僕は、スケルトンオーガを上回る強大なモンスターの登場を予想していた。


 ところが、出てきたのがただの『青いスケルトン』だと? 

 しかし相手がどうあれ、今たしかにユニークスキルを懸けた戦いの幕は上がった。


 当然の成り行きとして、目端の利く冒険者がまっさきに動きだす。近場にいた数人が即座に距離をつめて斬りかかったのである

 もはや早いもの勝ちだ。敵がただのスケルトンであれば、耐久的にも一太刀あびせればケリがつく。その場合、ファーストアタックをとった者が勝者となる可能性が高い。


 最悪の展開だ……僕らの位置からは眺めていることしかできず、このままでは一切関与せずに試練終了を迎えてしまう。落胆のあまり自然と眉根を寄せていた。

 次の瞬間、やはりあっさりと首が刎ね飛ばされる――ただし宙を舞ったのは、攻撃を仕掛けた側の頭部だった。


「は……?」


 冒険者の生首が四つ、くるくる回転しながら放物線を描く。ややあって地に落ち、どちゃりと悪夢めいた音をたてる。


「ひっ!?」


 誰かが漏らした短い悲鳴が聞こえてくる。

 ちょうどその時、首を失った胴体がそろって鮮血を噴きだしながら地面に崩れ落ちた。亡骸からはたちまち『白銀の粒子』が立ち上り、やがて装備品ともども消え去る。


 冒険者がニアデスした場合も、このようなスペクタルなエフェクトを伴って消失という末路を辿る……つまりたった今、襲いかかった四人は返り討ちにあって即死したのである。


 あまりにも予想と反する結果に驚愕し、僕は言葉を失う――否、フロア中の冒険者があっけに取られ動きを止めていた。

 直後、凄まじい絶叫が静寂をつんざく。


『キシャァァアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!!』


 フロア中央にいた青いスケルトンが口を開けて頭上を振り仰ぎ、声帯なき喉からけたたましい叫びを発したのだ。

 それは、強烈な殺意を伴っていた。それも『身の毛のよだつ』なんて甘いものではなく、全身が痙攣したように震えおののき、立っていることすらままならないほどの……いや、実際にほとんどの者が腰を抜かし、顔面蒼白でその場にへたり込んでいる。パーティ内でも立っていられたのは僕と凛だけだ。


 彼らは決して臆病者などではない。その産声のごとき叫びには濃密な魔力が込められており、スタン(硬直)効果を伴うモンスター特有スキル、すなわち《咆哮》としても機能していたがゆえの惨状である。

 さらにこの叫声は、殺戮の始まりを告げる号砲でもあった。

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