第26話

 加勢すると決意したものの、打ち合わせをしているような時間はない。ゆえにスポットで、ここぞという場面で力を発揮することがベスト。

 そのために僕は足を動かし、いつでもフォローに入れる位置をキープする。最中、間隙を縫って凛と視線を交わす。意図が伝わったと思うのは自惚れだろうか。


 戦闘はさらに激しさをます。長剣で暴風を撒き散らすスケルトンオーガに対し、トライアングルで囲みなんとか食らいつく三人。美和さんは淡々と魔法陣を構築している。


 状況はいたってシンプル――魔法がヒットすればこちらの勝ち。回避される、もしくは発動を潰されれば負け。

 敵もそれを理解してか、躍起になって障害を突破しようとしている。『魔法の発動時はモンスターのヘイトを大きく集めてしまう』というデメリットも影響し、戦闘のテンポはなおも上昇中。


 三人はヒットアンドアウェイで、対応をあやまれば致命傷を免れない攻撃を繰りだして標的の行動をうまく阻害している。

 とはいうものの、流石に押され気味であることは否めない。


 足止めするには軽すぎるのだ。特別強い圧のかかる正面の凛はとりわけ苦戦を強いられ、こらえきれずにジリジリと戦線が押し上がっている。

 僕があそこに立っていれば、と拳を強く握りしめた――けれど、出番はそう遠くなさそうだ。


 継続してフォローできるように立ち回っていると、凛とのアイコンタクトの回数が増える。

 意図を汲みとるべく注意深く観察していると、スケルトンオーガの攻撃が大振りになってきていることがわかった。


 まさか、焦れてきている?

 モンスターは感情など持ち合わせていないと思っていたけれど……いや、感情の有無なんてどうでもいい。

 勝負の時は着々と近づいてきている――首を振って美和さんの状況を確認すると、ちょうど魔法陣の完成を迎えるところだった。


 直上の平面空間には、様々な文様によって構成された魔法陣が展開されている。赤い光を放ち、大きな熱量を宿していることが遠目からでもわかる。

 次の瞬間――魔法陣はぐるり、光の尾を引きながら中心へ向けて渦を巻く。それはまるで、暗黒の宇宙に浮かぶ渦巻銀河のよう。


 やがて、銀河は魔法となる。

 中心に集まった赤光がひときわ強い輝きを放つ。同時に、ぼうっ、と紅蓮の炎が灯る。それはたちまち一抱えはある火炎の球体を作りだし、杖を掲げた美和さん頭上で揺蕩う。


「準備オッケー! 凛、足止めと合図をお願い!」


 声を発した美和さんの表情はこわばっていた。恐らく余裕がないのだろう。魔法の行使には、感覚的かつ繊細なコントロールを要すると聞く。

 意識を戦闘にもどす。魔法の顕現を機に、スケルトンオーガの抵抗はいっそう激しくなった。多少の被弾も厭わず攻勢を強めている。


「はッ――!」


 もはや疑似タンク状態の凛は、艶やかな黒髪をひるがえして懸命に斬撃を躱す。隙あらば逆襲に転じ、強敵相手に精神を削るようなギリギリの攻防を繰り広げている。他の二人も同様だ。

 しかし旗色は悪く、明らかに押し込まれ始めていた――ゆえにこそ、僕の出番はやってくる。


 一度距離を取った凛が猛攻を仕掛る。鋭い踏み込みから横薙ぎの二連撃、続き刺突を見舞う。

 響く剣戟音は三つ、渾身のコンビネーションも凌がれる。それどころか、剣を大きく弾かれて反撃の機会を与える事態に。


 スケルトンオーガが牙を剥く。

 大げさな予備動作を経て、敵対者に見せつけるように刺突の構えを取る――その様子を凛の後方から見ていた僕は『ここが勝負どころ』と直感し、無意識に地を蹴っていた。


「夜月くんッ!」


「おうッ!」


 以心伝心。

 声を張りあげて凛は後方へ大きく跳躍し、すでにトップギアで前進を開始していた僕と入れ替わる。直後、スケルトンオーガの必殺の刺突が放たれた。


 己の両眼が、長剣の切っ先の軌道を鮮明に映し出す。角度を付けた盾で受け流し、さらに前へ押し進む――耳をつんざく擦過音と火花を撒き散らしながら相手の懐へ潜り込み、迷いなくスキルを発動する。


「《シールドバッシュ》!」


 輪郭に白光を宿す盾を、突進の勢いに乗せて叩きつける。間をおかず破砕音が鳴り渡り、逆襲を受けた白骨の巨体が傾ぐ――まだだ、確実に魔法がヒットするようにこのまま体勢を崩しきる。


 続けざまに跳躍を交えて左腕の盾をかち上げた。追撃は狙い通り相手の顎にクリーンヒットし、鬼の頭骨は天を仰ぐ。重心が大きく後ろにずれ、敵は本来のフットワークを一時的に喪失。

 間髪入れず凛の声が響く。


「撃って!」


「《ファイアボール》――ッ!」


 合図とほぼ同時に美和さんが魔法を放つ気配を察知した。

 僕はとっさに横へ大きく跳躍し、射線から逃れ盾で身をかばう。


 その直後、灼熱の火炎球が宙を駆け抜けた。

 それは彗星の如く尾を引きながら直進し、スケルトンオーガに直撃。一度つぶれた後に紅蓮の翼を広げ、爆炎を立ち上らせる。


 しばしの間、美和さん放った魔法はダンジョンの青い闇を焼く。

 ややあって視界が平常を取り戻す頃には敵の姿は消え失せており、焼け跡には骨の焦げカスと煤まみれの長剣だけが残されていた。が、それもまたわずかな時間差で黒い粒子となって霧散していく。


「夜月くん、ありがとう。スイッチするタイミングも完璧で、正直にいって想像以上だった」


「似たような事をやっている冒険者の動画を見たことがあったからかな。ほとんど無意識で体が動いたよ」


 戦闘終了後、剣を鞘に収めつつ歩み寄ってきた凛からお褒めの言葉をいただく。

 僕はイメージトレーニングがてら『タンク全盛期』の戦闘動画をよく視聴するのだが、今回の成功はその成果だと思う。


 当時はタンクとアタッカーがスイッチする戦法はわりとポピュラーで、知っていたからこそ無意識でも呼吸を合わせることができたのだ。


「もしかして、『ファーストペンギン』の動画とか?」


「そう、それ。よくわかったな」


「私もよく見るから。それに、夜月くんがスキルを使う流れまでそっくりだった」


 ファーストペンギン――それは、日本ダンジョン界に燦然と輝く最優秀パーティの名称である。

 時はダンジョン黎明期。

 彼らは誰よりも早く、誰よりも勇敢に新時代を駆け抜けた。

 そして現在もなお頂点に君臨し続ける大記録、『ダンジョン最高到達階層・日本新記録樹立』という偉大な功績を打ち立てたのだ。


「うん、――私たち、これから強くなれそう」


「私たち……?」


 凛の何かを決意したようなそぶりと、意味深な台詞が気にかかった。が、それも彼女がとびきりの笑顔を浮かべて拳を差し出すまでのこと。

 僕は見惚れつつも、反射的に右拳を軽く突き合わせていた。


「さあ、行きましょう。またスケルトンオーガとエンカウントするかもしれないから慎重にね」


 凛に促され9階層の攻略が再開される。

 幸い出現モンスターはスケルトンオークばかりで、以降は特に苦戦することなく探索が進む。先程のはやはりレアエンカウントだったようだ。

 それから数時間が過ぎ――ついに、10階層と通じる階段の発見に至る。

 こうして僕は、どうにか骸骨迷宮の踏破を達成するのだった。


 ***


 最下層はドーム状の空間だった。

 凹凸のある青い岩盤で形成されているのは相変わらずだが、広さは野球場くらいありそうだ。壁面には同色の光を灯す松明がふんだんに備え付けられており、非常に見通しがいい。


 明かりのおかげで、肝心かなめのイベントギミックも容易に確認できた――フロア中央に鎮座する立派な杯型の炬火台では、青い炎が穂を天へ向け燃え盛っている。まるで聖火台だ。

 さらに。

 立ち上る青炎の直上空間には環状のARスクリーンが展開されており、


『青牙を捧げ、幽骨の試練に挑め:63/100』


 との文言がループしている。

 最後の数字は、試練開始に必要なイベントアイテム数を表示しているのだろう。この分だとまだ余裕がありそうだ。


 また同所には多くの冒険者が集結していた。ざっと見て三百人は下るまい。皆、骸骨迷宮を攻略した前途有望な新人だ。パーティ単位でまとまってスペースを確保し、思い思いの時間を過ごしながら試練の発生を待っている。


 フロアを進む僕たち一行の足音は、そんな周囲の発する喧騒に吸い込まれていった。

 有名冒険者である凛が姿を現した途端、波のようなざわめきが起きたことは言うまでもない。おまけに盾持ちを詰るお言葉も沢山いただいた。


「あっちで休むぞ」


 先頭を歩く番野は、人の密集していない壁沿いのエリアを指差す。凛に向けられる好奇の視線を少しでも減らすための選択だろう。

 注目を浴びていては気が休まらないだろうから異論はない。というか、最下層へ到達した時点で僕の『パーティ臨時加入契約』は終了なのだが……このままご一緒しても構わないのだろうか?


 まあ、ソロは寂しいので何か言われるまで同行させてもらうとしよう。

 僕は素知らぬ顔でパーティの最後尾を歩く――ところがえらい剣幕で詰め寄ってくる者が現れ、足止めを食う羽目に。またもトラブルの予感。


「ちょっと待て、おいッ! なんでテメーごときが『カザリン』と一緒にいやがる!?」


「お前ら……」


 凛の愛称を交えつつ言いがかりを付けてきたのは、クラスメイトで冒険者の荒井。

 そう。パーティを組んでいた僕を、8階層の攻略途中で追放して絶望に叩き込んでくれたクソッタレ野郎だ。もちろん傍らには相棒の牧浦の姿もある。


 チッ、こいつらも最下層にたどり着けていたか。ニアデスしてりゃあよかったのに。まあその驚いたツラを見られただけでも、少しは溜飲が下がるってものだ。

 ただ腹の虫がおさまったわけではないので、近くで立ち止まった二人にけんか腰で言葉を返す。


「何の用だ、荒井。まさか僕を追放したことを忘れたわけじゃないだろうな」


「うっせえ! なんでカザリン達と一緒なのか答えろ!」


「いやだ。答える義理はない」


「このクソ陰キャがッ!」


 激昂した荒井が胸ぐらを掴もうと手をのばしてくる――僕はその手を払い落とし、さらに苛立ちを強めた相手と至近距離でにらみ合う。

 ずいぶんお怒りみたいだが、それはこっちも同じ。

 最悪、交戦も辞さない覚悟だ。


 少し後ろ控える牧浦をチラと見やるも、無表情で何を考えているのかうかがい知れない。しかし開戦となった場合、真に警戒すべきはやつの方だ。

 僕は油断なく双方の姿を視界に収め、即座に応戦できるよう盾のグリップを強く握りこむ。

 と、そこで。


「ぎゃあぎゃあ騒ぐな。それと、その盾持ちに手を出すつもりなら俺も相手になるぜ」


 事態を静観していた番野がまさかの参戦。

 なんと彼はわざわざパーティの中から進み出て、僕の横に立ち加勢してくれた。都合、トライアングルで対峙する形に。

 荒井がすかさず強気な態度で何者か問いただす。


「誰だ、テメーは。カザリンのパーティメンバーか?」


「人に名前をたずねる時は、まず自分から名乗るのがマナーだろ。親に教わらなかったのか? まあ見るからに育ちが悪そうだし、無理もないか」


 持ち前の鋭い眼光を飛ばしながら、いきなり熱い人格否定をぶちかます番野。

 なんて恐ろしいやつ……さすがの荒井もややトーンダウンする。だがなおも反抗するあたり、かなりの恨みを買ってしまっているらしい。

 もしかして僕は、知らないうちにお前の彼女でも寝取っちまったのか? 童貞なのに?


「くっ……つーかあんた、自分たちが何したかわかってんのかよ!」


「は? 何が?」


「そいつだよ――まさかあの有名な風宮凛のパーティが、お荷物タンクの『寄生プレイ』を許すなんて思いもしなかったぜ!」


 寄生プレイとは、格上の冒険者に依存して『DP』や経験値を得ようとする行為を指す。他にも、適切な代償もなしに実力が上のパーティに所属するなど幾つかの該当パターンは存在するが、いずれもマナー違反として嫌悪される。


 今回のケースは『有名パーティ(凛たち)が寄生プレイを容認し、ただ乗りしたクソ雑魚タンク(僕)は本来なら実現不能のイベントダンジョン踏破を果たす』という構図――早い話、風宮凛パーティのモラルに問題がある、と主張しているわけだ。


 実際はイベントアイテムを対価にした契約で、戦闘参加時は僕もちゃんとパーティに貢献している。ゆえに非難されるいわれはない。

 しかし実情がどうあれ、誰かを叩きたい第三者にとって格好のネタであることは事実。


「なあみんなっ、タンクの寄生プレイなんて許せるか? ここにたどり着くまでにニアデスしたやつらだって大勢いる。俺は、お前らの不正を見逃せない!」


 大げさな身振りを交えて周囲を煽る荒井。

 おのれ卑劣な真似を……寄生プレイはマナー違反だが、別に禁止されているわけでもない。従ってやつの言い分は難癖にすぎない。


 とはいえ、声高に主張されてしまってはあまりに分が悪い。何せ昨今では、タンクを毛嫌いしない冒険者というのは稀有な存在なのだから。


「寄生かよ」「これだからタンクは」「ほんと盾職ってゴミしかいないんだな」

「あの風宮凛がね……」「エンデバーって寄生ありなの?」「美人は何しても許されると思ってんじゃない?」「軽蔑するわ」


 案の定、野次馬連中の口から次々と否定的な言葉がもれだす。

 まずいな……僕だけにとどまらず、凛たちへの誹謗中傷すらも飛び交いだした。このままでは彼女の名誉はおろか、所属クランの看板にまで傷がつく。

 ところが、僕があれこれ気を回す必要なんてなかった。


「――部外者は口を閉じなさいッ!」


 大喝一声。

 凛の威圧感あふれる大音声が響き渡り、周囲にいた者は一人残らず言葉を失うのだった。

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