第25話

「先頭の彼が番野くんね。後ろの彼は彦根くんで、彼女は美和さん」


 僕を加えた一行は、番野を先頭にして8階層の攻略を再開した。その最中、風宮凛からパーティメンバーの紹介を受ける。


 少し後ろを歩く彦根は、すっと背の高いタレ目の男だ。スポーツウェア風の戦闘服を着用し、腰に長剣を吊るしている。茶髪の無造作マッシュからはおしゃれ上級者感が漂う。


 その隣を歩く美和さんは、黒髪ショートで勝ち気そうな顔立ちの女性だ。彦根と色違いの戦闘服に身を包み、特殊な装飾の施された杖を所持している――俗に『マジックユーザー』と呼ばれる遠隔スキルアタッカーなのだろう。


 年齢は風宮凛と僕が同い年で、後はみんな年上。番野が大学一回生、他の二人が大学二回生。ついでに言えば、彦根と美和さんは交際中とのこと。リア充に災いあれ。


「あれ、前に会った時は五人パーティじゃなかったか? 確かもう一人、女性の冒険者がいたような」


「今回は私用で欠席なの」


 僕の記憶は間違っていなかったようで、もう一人のパーティメンバーは不参加とのことだった。

 さておき、番野の視線が痛い。風宮凛――もとい凛と話しながら歩いていると、チラチラと振り返って刺々しい視線を送ってくる。

 探索に集中しろと言いたい……揉めるので口にはしないけれど。


「悪いな、バンはちょっと過保護でさ。あ、バンって番野のことね」


 背後から声をかけてくる彦根。

 彼も珍しく盾持ちにフレンドリーな冒険者のようだ。僕が振り返って「別に大丈夫っす」と答えれば、ちょっと申し訳無さそうに苦笑を浮かべた。


「ほら、凛は稀に見る美少女だろ? だからよく変な男が寄ってくるんだよね。それでいつもバンが追い払うんだけど、最近は面倒なのが多くて」


 以前から凛に近寄ってくる男はいたが、近頃メディアへの露出が増えた影響で一段と多くなったらしい。その中にはタチの悪い連中もいて、色々と厄介ごとに巻き込まれたという。

 美人は美人なりの悩みがあるのか……魅力的すぎるのも考えものだな。


 それから彦根は、横を歩く美和さんに「あら、私は美少女じゃないの?」なんて訊ねられ、慌てて「世界一の美人さんだよ」などとフォローしていた。爆ぜろリア充。


 稀有な美少女、番犬、イチャラブカップル。

 わりと緩急差の激しいメンバー構成である。

 しかして、そんな面々で構成されたパーティの戦闘力は圧倒的だった。


「――私が盾持ちをやる」


「了解! 俺が長剣持ち、彦根は弓持ちだ。行けッ!」


 幾らもしない内にスケルトンオークの三体パーティとエンカウントするも、颯爽と駆けだした凛が鋭い斬撃を放ち、あっという間に盾持ちの個体の首を刎ねて撃破。次いで番野が長剣持ち、彦根が弓持ちを容易く討ち取って戦闘は終了した。


 わずか数分の出来事で、遠隔スキルアタッカーの美和さんと、戦闘参加を許可されていない僕には出番がなかった。


「強い……」


 それぞれが一定の鍛錬を積んでいる、ということがうかがえる身のこなしだった。

 特に風宮凛の実力は圧巻で、とても新人には思えない。それどころか、その太刀筋にはどこか鬼気迫るものがあった。


 その後も僕らは、破竹の勢いで8階層の攻略を進めた――結果、三時間ほどで下層と通じる階段の発見に至る。


「ここで少し休んでいくから」


 階段の中腹に差し掛かると、凛が足を止めて休憩を宣言した。恐らく元々のプラン通りの行動だろう。

 僕も足を止めて周囲をざっと見回す。荒井たちがいるのではないかと不安だったのだ。けれど奴らの姿は見当たらず、ほっと息を吐く。


「空いていてよかった。のんびりできそう」


 美和さんの言う通り、同所を利用するパーティは他に二つほど。風宮凛という人気冒険者の登場に周囲は少しざわつくも、どうにかゆっくり休めそう……と思いきや、個人的には番野の視線が気になってあまりくつろげなかった。


 凛の隣に腰を下ろす僕をあからさまに監視している。文句をつけてきたりしてはこないもののかなり鬱陶しい。幸い他の三人がちょこちょこ会話を振ってくれるので不快度は少し下がったが、ちょっと気疲れしてしまいそう。

 そんな居心地の悪さを感じつつも、疲労回復に努めること約一時間。


「そろそろ出発しましょう」


 凛の号令に合わせ、僕らはいよいよ9階層の攻略に取り掛かった。

 周囲の地形に変化は見られず、青い洞窟が緩やかに蛇行しながらずっと先まで伸びている。その中を、例のごとく番野を先頭にして進む。


「……敵も変わりないようだな」


 攻略開始そうそう、スケルトンオークの三体パーティとエンカウント。しかし所持している武器などに変化はなく、この程度ではもはや障害にすらならない。事実、戦闘が開始されるや短時間で撃破された。


 以降の攻略も、極めて順調に進む。

 この分なら、ずいぶんと早く最下層に到達できるに違いない。

 僕は歩きながら呑気にそう考えていた――だが、現実はそう甘くない。


「また出やがった。いい加減、スケルトンオークには飽き飽きだ」


 番野がうんざりした調子でぼやき、佩剣を抜き放つ。その視線は、前方に立ちはだかる一体のモンスターへ向けられていた。

 やはり白骨で構築された巨体を有し、長剣を所持している。別段変わったところは見られない……いや、強いて言いえば額に『二本の角』らしきものが生えているくらいか。


「俺がさっさと片付けてくる」


 言って、剣を構えた番野が敵めがけて駆け出す――僕はそこで違和感を抱く。

 角? それに、急に出現パターンが変化した……これまで三体パーティだったのに、なんで今さら一体で?

 どうにも嫌な予感が拭えず、思わず僕も荷物を投げだして追走していた。

 敵は長剣を構え、こちらを待ち受ける。


「はあっ――!」


 最高速度で接近した番野が鋭い一撃を繰りだす――直後、激しい剣戟音がダンジョンの通路に反響する。


 その刹那の攻防を、僕の両眼はハッキリ捉えていた。

 これまで難なく標的の首を断ち切ってきた斬撃は、敵の振るう迎撃の長剣に容易く弾かれた。そればかりか、仕掛けた側であるはずの番野は重心を大きく崩されている。


 この結果は、予想を上回る反発を受けたことを意味する。つまりは敵の膂力が、あるいは剣技がこれまでの相手を凌駕しているのだ。


「くっ……!?」


 番野の焦るような声が耳に届く。同時に僕は、より強く足に力を込めて地を蹴る。

 敵はすでに追撃体勢に入っていた。回避不能に陥った番野を救えるのは、フォローするために追走していた僕だけ。


『ガアァアアアッ!』


 敵の咆哮に合わせて致命の一撃が放たれる。巨大な両椀骨に握られた長剣の刃が、ごうと唸る風音とともに迫る――しかし間一髪のところで、僕は両者の間に割り込むことに成功した。


 敵の繰り出した右薙ぎの斬撃がこの眼に映る。現状、とれる行動の選択肢は極端に少ない。というかタンクがやることと言えば一つ、防御をおいて他になし。

 僕は即座に盾を長剣の軌道へ差しこみ、地を踏みしめて来るべき衝撃に備える。

 次の瞬間、視界が白一色に染まった。


「がァ――ッ!?」


 ふいに両足が地を離れる。横滑りするような感覚に続き、一つ、二つ三つ、と追加の衝撃に襲われた。ややあって頭を上げる。歪む視界の中、剣撃を受け止めきれず吹き飛ばされたのだと理解した。庇った番野ともども地べたに転がっていたのである。


 光景が、荒井を庇って窮地に陥った6階層での初戦とかぶる。が、今回はパーティメンバーの地力が違う。


「やあぁッ!」


 這いつくばる僕らを仕留めるべく、敵は行動を開始しようとしていた。そこへ中段右脇に細身のバスタードソードを構えた凛が襲いかかる。

 剣戟音が三つ、立て続けに響く。相手に上手く長剣を合わせられ、苛烈な連撃は火花を散らすだけに留まる。

 だが、攻撃を仕掛けることで足止めに成功し、僕と番野は命を救われる結果となった。


 その後、凛は後方へ飛んで距離を取る。至近距離での斬り合いは不利と判断しての行動だろう。次いで、険しい表情のまま声を張りあげた。


「敵は、スケルトンオーガ!」


 ちくしょう、やっぱりか……道理でさっきの一撃が最高に強烈だったわけだ。

 通常ダンジョンには『オーガ』という凶悪なモンスターが出現する。筋骨隆々の巨体に加え、残忍かつ好戦的な性質を備えており、額に二本の角が生えていることから日本では『鬼』と呼ばれることも多い。


 その戦闘能力はオークを軽く凌駕し、熟練冒険者すら恐れおののく真正の怪物である。端的に評価すると、デカくて速くて頑丈で強い。

 今回エンカウントしたのは、その白骨個体バージョン。相応に弱体化されているだろうが、今の僕らにとっては数段上の相手に相違ない。


 9階層に出現することは知っていた。スケルトンオーガによってパーティが壊滅した、という情報がネットにちらほらあがっていたから。

 けれど、エンカウントは稀という話だったので、完全に油断していた。


「私が前にでる! 彦根くんは遊撃、美和さんは『詠唱』をお願い!」


 直ちに戦闘オーダーを発する凛。それに従い行動が開始され、瞬く間にフォーメーションが整えられた。よく訓練されている。

 僕は膝をついた状態で戦闘を見守る。ダメージは抜けているけれど、連携の取れない者が闇雲に加勢しても逆に混乱を招くだけだ。


「やあッ!」


 改めて凛が攻撃を仕掛ける――長剣を構え、迎え撃つスケルトンオーガ。

 途切れていた戦闘の流れが再び動き出し、たちどころに剣閃が宙を走る。

 斬り、躱し、刃がぶつかり合う。両者とも決して足を止めず、目まぐるしく立ち位置を変えながら、青みがかった仄暗いダンジョンに幾度もオレンジの火花を咲かす。


 激しい攻防は、一見すると互角に映る。だが実際のところ、好機に放たれる彦根の斬撃すらも凌ぐスケルトンオーガの方が数枚上手だった。


「はああッ!」


 ここで、形勢を五分に戻すべく番野が戦線に復帰する。先ほど受けたダメージが抜けきるや、闘志を剥き出しにして斬り込んでいった。

 三人はトライアングルの囲いを形成し、さらに攻勢を強める。


 それでもなお、有効打を与えるに至らない。敵は矢継ぎ早に襲いくる攻撃を匠に跳ねかえし続けている。のみならず、反撃に転じる余裕すらみせる。


 その姿は、まさに歴戦の猛者の如し。

 ちょっと付け入る隙が見当たらない。かといってこのままでは、疲労の蓄積でこちらが不利になる一方だ。

 何か逆転の手はないか。僕は忙しなく周囲に視線を走らせ、打開策を探る。


「ん? あれは……」


 すぐに、一人後方へ残った美和さんの姿が目に留まる。

 両足を肩幅に開き、所持していた特殊な装飾の施された杖を頭上に掲げている――その先端からは多量の赤い燐光が立ち昇り、真上の空間に図形のようなものを構築しつつある。


「そうか、魔法(、、)か!」


 冒険者の扱うスキルは二つのタイプに大別される。それは『インスタントスキル(即時発動型)』と『コンストラクトスキル(魔法陣構築型)』である。


 例えば、僕が頼りにしている《シールドバッシュ》や《タウント》はインスタントタイプに属する。

 一方、いま美和さんが発動しようとしているような『魔法陣(図形)の構築』などの下準備を必要とするスキルは、例外を除き大抵がコンストラクトタイプに分類される。


 ただし一般に、コンストラクトスキルは『魔法』と呼ばれている。使用者の姿が物語などに登場する魔法使いを彷彿させるからだ。魔法陣の構築を『詠唱(キャスト)』、魔法を主体に戦う冒険者を『マジックユーザー』と呼称する所以でもある。


 発動に時間のかかる魔法を使うメリットとしては、高威力かつ広範囲な点があげられる。むしろそうでなければ誰も使わないだろう。なにせ他にも、魔法陣の構築には多大な集中力を必要とするばかりか、その場から一歩も動いてはいけないという制限まで課されているのだ。


 ともあれ、凛の狙いが見えてきた。

 敵を削りつつ足止めして高火力のスキルで仕留める――タンク全盛の時代、強敵とやり合う際のスタンダードとされていた戦法である。もちろん現在の戦況においても効果的なはずだ。


 しかし、二つほど問題がある。せっかく魔法を発動しても回避されないか、そもそも発動までの時間を稼げるのか、というものだ。


 魔法は、使用者が自らコントロールして標的に命中させる必要がある。自動追尾なんていう都合のいい機能は搭載されていない。さらにスケルトンオーガは敏捷性が高いので、比例して難易度もあがる。


 時間稼ぎに関しては、アタッカーである三人にはもとより不向きな役割だ。実際に敵は魔法の予兆に気づいている様子で、発動を阻止するべく正面を塞ぐ凛に対して執拗に攻撃を加えている。


 今のところどうにか凌いではいるが、いつ突破されてもおかしくない。そうなれば美和さんは凶刃の餌食となり、戦闘は一気に形勢不利へ傾く。


「……いや、違うだろ。タンクだぞ、僕は」


 立ち上がり、左腕に装備された円盾の裏のグリップをぎゅっと握りこむ――敵を足止めするとなれば、僕ほどの適性を持った者はこの場にいない。

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