第24話

「親しくないクラスメイトとパーティを組んだら、ダンジョンの攻略途中で追放された。どうして信じてしまったのだろうと後悔しても今更おそい……」


 近頃、ネット小説では『追放もの』というジャンルが流行している。そこで僕の現況をそのタイトル風に変換しようと試みるも、普通にアホが追放されただけのタイトルになった。全然おもしろくなさそうだ。


 ……いや、ふざけている場合じゃないな。あまりの出来事につい現実逃避してしまったけれど、僕は現在、進退窮まった状態にある。


 現状のステータスでは、ソロでスケルトンオークパーティを相手取ることは難しい。というか、ほぼ確実に死ぬ。進んでも引いてもモンスターとエンカウントする可能性がある以上、もはや万事休すだ。


 唯一できそうな事といえば、この付近を通りがかるパーティに拾ってもらうことだけど……それはそれで、盾持ちという要素が悪い影響を及ばないか不安である。


 何れにしても動けないならば、この場にとどまって機をうかがう以外にやりようがない。

 具体的には、通路脇に林立する石筍郡の影に身を潜め、優しそうなパーティが通るのを待つ。あとはフロアを徘徊するモンスターに見つからないことを祈るばかりである。


「くそっ……ダンジョンから出たら、必ず奴らの所業をネットに拡散してやる」


 僕はひときわ立派な石筍郡の影に腰をおろす。次いでバックパックから食料や水を取り出しながら、己を置き去りにした荒井・牧浦、両名への復讐を誓う。

 帰還したら、各種SNSやダンジョン・シークなどに晒しまくってやる。仮にニアデスしたなら、青春全部かけて粘着してやる。


 それにしても荒井の野郎、クラスメイトに対してこのような暴挙に及ぶなんて、いくらなんでも浅はかすぎる。やろうと思えば住所すら特定可能だというのに……恐れ知らずにも程がある。


「ていうか、あいつら二人で最下層まで行けるのか?」


 確かに牧浦は、新人にしてはできる方だ。しかし荒井に関して言うと、よくいるステータス頼みのゴリ押し冒険者でしかなく、実力不足という印象が否めない。

 それに加えて、僕もけっこう戦闘に貢献していたように思う。にもかかわらず二人だけで先へ進むとなれば、きっとこれまでとは違って苦戦を強いられるはず……いや、あんな奴らを心配するなんて時間の無駄だ。


「むしろニアデスしちまえ」


 もはやあの二人に対してはネガティブな感情しか湧いてこない。

 それはともかく、早いうちに良さそうな雰囲気のパーティが通ると助かるのだけど……と、僕は体を休めつつ辛抱強く人の訪れを待った。


 だがしかし……運の悪いことに、一時間が経過しても誰も通りかからない。

 フロアの構造上、9階層と通じる階段までの経路は複数存在する。よってその可能性もゼロではない……ないが、『今日に限って』と自分の運の無さを呪いたくなる。


「頼む、頼む……誰か来てくれ……」


 願い虚しく、誰の訪れもないままさらに一時間が経過する。ただでさえ通りかかるパーティに加えてもらえると確定していないのに、交渉のチャンスさえ訪れないというのだから本当にもうお手上げだ。


 胸の奥を焼いていた焦燥感はとうに燃え尽き、今や燃えカスのような絶望感が残るのみ。

 人はこんな時、日頃の行いと運の善し悪しを結びつけたがるものである。僕も例に漏れずそのタイプで、しかも普段から品行方正を心がけている方だ。


「……なのにこの仕打ち。まったく、人生とはままならぬものだな」


 利いた風なことを言い出す辺り、もう末期である。

 仕方ない……ここは腹をくくり、玉砕覚悟で動くとしよう。その方が後腐れなくて諦めもつく。


「――ん?」


 と。

 行動を起こそうとした、まさにそのとき。

 ダンジョンの通路に反響する複数の足音が、僕の鼓膜にかすかに触れた。

 耳を澄ます――モンスターにしては音が軽いので、恐らく人間のものだろう。未だ姿は視認できないものの、だんだんとこちらへ近づいてきている。



 これは……待望の救出チャンス到来のようだ。どうやら、日頃の行いは無駄じゃなかったらしい。今後も積極的に善行を積むことを心に誓う。主に秋穂さんへの親孝行を中心に。

 次いで僕は、深呼吸して気持ちを落ち着けてから祈った。


「どうか、盾持ちでも助けてくれるお人好しパーティでありますように」


 安全圏へ移動するためには、一時的にパーティへ加えてもらう必要がある。その交渉が成立することを願いながら、僕は荷物をまとめて通路の中央に佇む。わざわざ目立つ位置に移動したのは、不意打ちを疑われて交渉の機会が失われることを恐れたから。


 間をあけず、足音の響く勝色の闇へと視線を送る――程なくして、四人の冒険者が姿を現す。男女二人ずつのパーティだ。

 それから僕は、先頭を歩く人物を見て思わず目を見張った。


「まさか……!?」


 登場したのは、煌めくような美貌を持つ少女。

 天使の輪の降りる黒髪のミディアムボブが、その歩みに合わせてさらりとなびく。

 白く小さな顔には、形の良いパーツが完璧なバランスで配置されていて、何より深い輝きを湛えるエメラルドの瞳が特別印象的だった。


 続いて目を奪われたのは、流線美を描くモデルのような肢体。

 その身を包む装備品は、近年流行のオーバサイズウェアだ。にもかかわらず彼女のスタイルの良さをいっさい損なうことがない。

 デザインはスポーティーかつスタイリッシュで、白を基調に発色のいい紫が差し色に使われている。


 ボトムスには同じくスポーティー系のミニスカートを合わせており、その裾から覗く長くしなやかな脚は黒タイツによって秘されている。


 こんな場所でなければ、きっとファッションモデルか何かだと思い込んでいたに違いない。

 しかし、その腰には『少し細身のバスタードソード』が吊り下げられており、それが少女をモデルではなく冒険者たらしめていた。


 そしてもっとも重要なのは、颯爽と現れたこの人物が僕の命の恩人である、ということ。 

 そう。少女の名は、風宮凛――『カザリン』という愛称で広く知られる人物で、新人ながらにアイドル的な人気を博す冒険者だ。


 卓越した才能をその身に宿し、ルーキーにもかかわらず一流クランに在籍することを許された期待の新星としても有名である。


「――おどろいた。キミとは、なんだか縁があるみたい」


 桜色の唇で言葉を紡ぎながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる風宮凛。ややあって僕の目前で足を止めると、腰に下げた長剣がカチャリと音を立てた。


「僕も驚いている。まさか、こんな所で君に会えるとは思ってもいなかったから」


 窮地に陥った時に限って彼女は現れる。この出会いには、運命めいたものを感じざるを得ない。神か、あるいはゲームマスターの計らいを疑ってしまうほどに劇的だ。


「今日もソロみたいだけど、よくここまでたどり着けたね。でも、ちょっと無謀じゃない?」


「いや、これには少し事情がありまして……」


 風宮凛が呆れるのも無理はない。今の僕を客観的に見れば、実力もないのにソロでダンジョンへ挑む考えなしの冒険者でしかない。さらに命を救われた前科つきともなれば、そのブルーの瞳にはとんだ愚か者として映ること請け合いである。


 正直、ちょっと恥ずかしい……が、ここは願ってもない幸運と喜ぶべきだろう。彼女はタンクを毛嫌いしない、かつ人柄も良好で、交渉相手にはうってつけの人物なのだから。


「――おい凛、話はそこまでだ」


 だが、僕らの会話に割って入る者がいた。文字通り横から口を挟んできたのは、風宮凛のパーティメンバーの一人――以前に助けてもらった際、散々罵ってくれた目つきの鋭い男だ。


 おしゃれジャージ風の戦闘服を着こなし、腰に長剣をぶら下げている。背は僕より少し低いけれど、くせのある黒髪のサイドパートスタイルが大人っぽい印象を与える。

 間をおかず、その男はこちらを睨みつけながら言葉を続けた。


「そいつがどんなトラブルに巻き込まれていようと、俺たちには関係ない。挨拶が済んだならさっさと先へ進むぞ」


 風宮凛に夢中で存在を忘れていたけど、彼は熱い『アンチ盾持ち』精神の持ち主だ。よって拒まれるのも当然と言える。それに前もそうだったが、相変わらず気性の荒い番犬のような男だ。

 さておき、このままあっさりとお別れするわけにはいかない。こっちだって命がかかっている。

 どうにか説得せねば、と僕は懇願するように声を上げた。


「待ってくれ、少しだけ話を聞いてほしい!」


「黙れ。お前なんかを相手にしている暇はない。そもそも前に忠告しておいたよな? 次に近寄ってきたら殺す、と」


 言って、目つきの鋭い男は剣呑な気配を漂わせつつ腰の長剣に手をかけた。

 あまりにもしつこいようなら敵として排除する――という意思表示。殺気じみた視線を向けられ、僕は思わず後退りしかける。


「番野くん、やめて。少し話を聞くだけだから」


「…………本当に話を聞くだけだぞ。いいな?」


「わかったわ」


 風宮凛に宥められて、渋々引き下がる目つきの鋭い男。

 またも彼女に庇われ、僕は申し訳なさと不甲斐なさで胸がいっぱいである。それと野郎、どうやら『番野』という名前らしい。


「それで、キミの言っていたトラブルって?」


「えっと、実は……」


 促され、僕は追放されるまでの経緯を語る。そしてあらかた話し終えたところで、番野が「お前はバカか」と呆れ顔で言った。


「自分を嫌っている奴とパーティを組むなんて迂闊にも程がある」


「そうね、私もちょっと軽率だと思う。信頼が置けない人とのパーティ結成はあまりおすすめできないわ」


 風宮凛も同意を示す。

 身をもって味わった僕も今は激しく同意である……だが、こちらがタンクだという事情も少しは斟酌していただきたい。それに、荒井がまさかクラスメイト相手にこれほどの無茶をすると思わなかったのだ。


「まあ、どんな風にニアデスしようともお前の自由だ。それで、話は終わりか? なら先へ進むぞ」


 行こうぜ、とパーティメンバーに出発を促す番野。

 いっさい同情心を示さないなんて、奴は鬼か……仕方がないので、僕はここで切り札を使うことにした。むしろいま使わずにいつ使うというのか。


「待って、これを見てくれ!」


 バックパックから取り出したるは、攻略プランは第一フェイズ終盤でドロップした『青い牙』――すなわち、イベントアイテムを目立つように高々と掲げる。


「それは……」


 このアイテムが何か知っているようで、風宮凛を含めた四人ともの視線が寄せられる。

 荒井たちには内緒にしておいて本当によかった。教えていたら、間違いなく強奪されていたことだろう。

 間をおかず、僕は張り切って交渉を開始する。


「イベントアイテムを譲るから、僕を一時的にパーティへ加えてくれ! 期間は最下層到達まで!」


「お前、本当に迂闊だな。いや、本気でバカなのか? 道理で盾なんか持っているわけだ」


「へ……?」


「力ずくで奪われるとは考えなかったのか? ここにお前の味方はいない」


「え、でも……」


 おかしいな。思っていた反応とだいぶ違うぞ……?

 番野に気勢をそがれ、しょぼんりと掲げていた腕を下ろす。


「……僕からアイテムを強奪したら、引くほどネットに晒してやる。そうなれば風宮凛だけじゃなくて『エンデバー』の名前にまで傷がつく」


 注目の新人冒険者である風宮凛には、早くも企業などのスポンサーが付いていると聞く。

 また所属クランであるエンデバーも同様に注目度が高く、実力派かつ品行方正ということもあって多くの企業からスポンサードを受けている。というか、そうでなければ一流クランとは呼ばれない。


 つまるところ、双方の社会的地位はとても高いのだ。

 ゆえに彼女たちはアイテム一つのために評判を貶めるような真似をするはずがなく、パーティ加入交渉の相手として信頼がおけると考えていたのだけれど……。

 しかし、追い打ちをかけるように番野は言う。


「エンデバーに所属しているのは凛だけだから、俺が奪えば何の問題もない」


 風宮凛のパーティメンバーだから、僕はてっきりみんな同じクラン所属と思い込んでいた……だが確かに言われてみれば、他にエンデバー所属の新人冒険者がいるなんて話は聞いたことない。


「……それでも、風宮凛のパーティメンバーであることには変わりないだろ」


「それがどうした? いくらでも言いようはある。そもそも、タンクの言葉を信じる奴がどれだけいるか疑問だな」


 僕はぐうの音もでない程に論破される……おのれ番野めえッ!

 けれどここで諦めるわけにもいかないので、どうにか挽回するために知恵を絞ろうとする――と、そこで風宮凛が「パンッ」と手を打ち鳴らした。


「はい、言い争いはそこまで」


 どうやら、またしても仲裁してくれるようだ。本当に助かる。諸々まとめて、いつか何倍にもして恩返しすることを僕は心に誓う。

 彼女は続けて問う。


「番野くん、私がリーダーよね?」


「おい凛、嘘だろ……」


「強奪するなんて絶対にダメ。でも、イベントアイテムは欲しい。それなら彼をパーティに加えるのがベストな選択でしょ」


 アイテムがあれば、恐らく任意のタイミングで『幽骨の試練』を発生させることができる――そう訴える風宮凛に説得され、番野は一度こちらをキッと睨みつけてから「わかったよ」と渋々折れた。


 どういう力関係かは知らないが、リーダーに対しては強く出られないようだ。ますます番犬っぽいやつ。


「決定ね。えっと……そういえば私たち、自己紹介してなかったよね」


「ああ、たしかに名乗っていなかったな。では改めて、僕は聖夜月――できたら夜月と呼んでくれ。訳あって名字を呼ばれるが好きじゃないんだ」


「私は、風宮凛。同じように名前で呼んでね。どうぞよろしく、夜月くん」


 言って、麗しき冒険者はたおやかな微笑みを湛えつつ右手を差しだす。

 見惚れないように理性を総動員し、「こちらこそよろしく」と告げてその手をとる――こうして僕は、どうにかこうにか窮地を脱することができたのだった。

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