第23話
代わり映えのしない地形が続く8階層。
その通路を、三つの影が進む。言わずと知れた荒井・牧浦・夜月のパーティである。
そして同階層でもまた、攻略を開始してすぐにモンスターとエンカウントする。
通路の30メートルほど先に横たわる巨岩の影から、またもスケルトンオークが姿を現す――ただし今回は複数で、『盾持ち・長剣持ち・弓持ち』とパーティを組んでのお出ましだ。
行く手を阻む三体の豚人の白骨を見据えながら、夜月が言う。
「武器のバリエーションは、5階層のスケルトンとまったく同じだな」
しかし秘めたる実力は標準的なスケルトンと比べ物にならず、油断できる相手ではないことは明白。その点について、すかさず牧浦が釘を刺す。
「舐めてかかると返り討ちにされるぞ。ノーマルスケルトンとは自力が違う」
続いて、すっかり機嫌を直した荒井が口を開く。
「聖騎士くんからすりゃ大して違わないってか? ずいぶん余裕じゃねーか」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
軽口が一巡すると、示し合わせたようにパーティ全員の佩剣が抜き放たれる。次いでバックパックを放り捨てた夜月から、今回の戦闘へ向けてのオーダーが告げられた。
「盾持ち・長剣持ちは、僕が引きつける。その隙に弓持ちを優先してやってくれ」
「カビの生えたようなパーティ戦術だが、タンクがいる以上は妥当か。聖騎士くん、しっかり働けよ」
「言われるまでもなく仕事はきっちりこなすさ――仕掛けるぞッ!」
牧浦の言葉に反発した夜月が真っ先に敵へ向かって駆け出し、戦闘開始
荒井もその背を追って地を蹴る――直後、青い光を反射しながら高速で飛来する物体が目に飛び込んできた。
鏃だ、と思うが早いか、「ガンッ」という鈍い金属音が響く。先頭を突っ走る夜月が盾で弾き返したのだ。後続の二人は、地面に転がった矢を踏み越えて駆ける。
丁度その時、荒井は走り出す敵の姿を視認した。弓持ちを置いて、近接武器を持つ二体がこちらへ向かってくる――数秒とかからず双方の先頭が激突する。
左腕の盾を構えて突進する夜月、対するは長剣持ちのスケルトンオーク。
リーチ差の関係上、先手を取ったのは敵の方だった。間合いが詰まるや否や、白骨の巨腕に握られた長剣が振り下ろされる。
(バカがッ!?)
無策で突っ込んでどうする、と荒井は思わず悲鳴を上げそうになった――しかしその刹那、夜月は一層前のめりになって強く地を蹴り、襲い来る白刃をすれすれで躱して相手の懐へ潜り込んだ。
間髪入れず、盾がスキルエフェクトを纏う。
「《シールドバッシュ》!」
盾撃が敵の胴体へ叩き込まれ、痛快な破砕音とともに骨の破片が飛散した。
さらに夜月は「うおおおおッ」という気迫みなぎる発声あわせて盾を振り抜き、白骨の巨体そのものを強引に進路上から押しだす。
続けざまにもう一つ、スキルが放たれる。
「《タウント》――おりゃあッ!」
少し遅れて、盾持ちスケルトンオークが進路を塞ぐように迫ってきていた。けれどスキルの波動を浴びた途端、迷わず夜月に向かって突撃していく。
互いの盾が衝突して火花が飛び散り、青い岩窟に重い衝撃音が響き渡る。
その横を、荒井は驚愕の面持ちを浮かべながら通過した。
(イカれてやがる……!)
紙一重で斬撃をかわして敵の懐へ飛びこむなんて、恐怖心のセンサーがバグっているとしか思えない。あまつさえ、微塵の躊躇もなく新手の個体まで迎え撃ってみせた。
その性質は、勇気というにはあまりに歪で、むしろ狂気といわれた方がしっくりくる。冒険者にとって、それはそれで得難い資質の一つではあるのだろうが。
そこまで考えたところで、荒井は戦闘へ意識をむけ直す――標的である弓持ちスケルトンオークの姿が間近に迫ってきたからだ。
「うぉらぁああああッ!」
敵が矢をつがえるよりも早く、跳躍を交えて斬りかかる荒井。しかし手応えは鈍く、着地後、すぐに顔をしかめたまま向き直った。すると案の定、半身になって攻撃を回避したらしき敵の姿が視界に映る。その足元には破損した弓が転がっており、自身の腕に残る感触にも合点がいく。
追撃を仕掛けねば、と反射的に地を蹴ろうとする――が、急制動をかけた。
次の瞬間、豚の頭骨が宙を舞う。牧浦の仕業だ。前を駆ける荒井の影のように標的へ肉薄し、鮮やかに首を刎ね飛ばしたのである。
そして、二人は視線を交わす。
どうする、と牧浦の視線は問うていた。
言わずもがな、このタイミングで夜月を置き去りにするかどうかの判断を求められているのだ。
(今か……?)
荒井は自問しながら戦況を確認する。
防戦一方ではあるものの、夜月は二体の敵を相手に互角の立ち回りを演じていた。死角を潰すために絶えず足を動かし、見事に攻撃を捌き切っている。
(……いや、まだ早い)
あの様子では、一人残されたところで逃走することも可能だろう。それに8階層の攻略を開始して間もない現状、さほど苦労せず階段まで引き返せる。
困りはするだろうが、致命的ではない――それではあまりにつまらない。どうせなら地獄に突き落としてやりたいのだ。
「俺が盾持ちをやるッ!」
即座に判断を下し、荒井は残る二体のモンスターの方へと駆けだした。
追ってくる足音から察するに、牧浦は意図を正しく理解したようだ。さすがは頼りになる相棒である。
そしてそんな思考が消えもしないうちに、荒井は再び跳躍した。
夜月にかかりきりになり、大きな隙を晒す盾持ちスケルトンオーク。その背後から勢いに乗った一撃を放つ。
「――ぐぅッ!?」
しかし、またも望むような手応えを得ることはできない。敵は奇襲を察知した途端に体の向きを変え、盾を突き出して剣を弾き返してみせたのだ。
一方で牧浦は、一拍遅れで長剣持ちスケルトンオークの首を刎ね飛ばし、見事に仕事を終わらせていた。
(俺があっちを狙っていれば……!)
相棒にまで嫉妬する荒井――それでも、今の一撃で敵を押し込むことはできていた。二人には劣るもののステータスは確実に成長している。
「うらぁああああッ!」
ならばとばかりに、手柄を求めて荒井は追撃を繰りだす。太刀筋はデタラメだが、たしかに威力を増した斬撃を矢継ぎ早に見舞う。
対する敵は盾で防ぐのが精一杯。やはり一太刀ごとに押し込まれていき、致命的な隙を晒す格好となる。無論、その隙が見逃されるはずもなく。
「ふッ――」
反対側から急接近した牧浦が、踏み込みにあわせて剣を振り抜く。弧を描く斬撃は盾持ちスケルトンオークの頸椎をするりと断ち切り、あっさりと胴から首を切り離した。
その一刀を以って勝敗は決し、黒い粒子が立ち昇るというおなじみの流れを辿って戦闘終了となる。
「けっこう楽勝だったな」
「ああ……」
戦闘後のルーティンを終えた牧浦が言う。
荒井も同意はしたものの、内心では不完全燃焼感が否めなかった。無理もない、あと一息で敵を仕留められるところだったのだ。
とはいえ、この先で自身が起こす予定の『イベント』を思えば瑣末事にすぎない。
「よっしゃ。この調子でいこうぜ」
すぐに気を取り直して明るい声をだす。その様子をうかがう牧浦と目が合い、揃って悪意のこもった笑みを浮かべた。二人とも、夜月の破滅が待ち遠しくて仕方がないようだ。
そんなわけで、一見は仲よさげな雰囲気で攻略は続けられた。
一行は戦闘と小休憩を繰り返して先へ進む。
そうして、たっぷり四時間ほどが経過した頃――ついに計画実行の好機が訪れる。
(この辺りからソロで引き返すのは無理だな……いい頃合いだ)
牧浦の一太刀によって、同階層における十数度目の戦闘に勝利した。夜月は、剣を鞘に収めてほっと息をつく――その背中を、荒井は強く蹴り飛ばした。
不意打ちを食らった相手は受け身もとれず、「ぐえ」と情けない声を出して地面を転がる。その無様な姿を見下ろせば、久方ぶりに本心からの笑顔を浮かべることができた。
「くはは、だっせえ!」
「痛ってえ……いきなり何しやがる!」
夜月はすぐに立ち上がって怒りをあらわにする。
それとは反対に、荒井は手にした剣を弄びつつ楽しくて仕方がないという様子で告げる。
「聖騎士くんには残念なお知らせがある――悪いが、俺たちとはここでお別れだ!」
「は……?」
「察しの悪いやつだな。追放ってことだ、わかるか? テメーの冒険はここで終わるんだよ」
「……くだらない冗談はやめろ」
夜月が受け入れられないのも当然だ。いくらステータスが上がったとはいえ、こんな場所で追放されては遠からずニアデスすることは目に見えている。
「冗談なんかじゃねえ。タンクごときが調子にのりやがって、ウザくてしょうがねーんだわ。だからパーティごっこはここまで、つうことで」
「ふざけるのも大概にしろ――くッ!?」
激昂して詰め寄ろうとする夜月だったが、一歩たりとも進むことはできなかった。
なぜなら、剣の切っ先を喉元に突きつけられたからである。誰の仕業かなど言うまでもない。
「イキがるな、クソ陰キャ。あんまり聞き分けが悪いようなら、ボコってから追放したっていいんだぜ?」
ただの脅しだ。荒井には、直接手を下すような度胸はない。だが、それを知る術のない夜月は迂闊に動けないようだった。
「荒井……お前、パーティメンバーに剣を向けるのがどんな意味を持つかわかっているのか?」
「当然だろ。冒険者にとってのご法度だ」
「僕が泣き寝入りするとでも? 言いふらされたらお前の立場はないぞ」
「そう思うなら試してみろよ。まあ、タンクの言うことなんて誰も信じないだろうけどな」
わりとフリーダムな冒険者家業にも、遵守すべき暗黙のルールが幾つか存在する。その中でも、仲間に武器を向ける行為は強く忌避される。この行いが周知のものとなれば、間違いなく荒井は爪弾きにあう。
しかし、告発者が盾職だった場合は事情が異なる。真っ先に信ぴょう性を疑われるか、そもそも誰にも信じてもらえない可能性が高い。
打つ手なしの夜月は、助けを求めてもう一人のパーティメンバーに目を向けた。
「……お前は、こんな馬鹿げた行いの片棒を担ぐつもりなのか?」
「悪いな、聖騎士くん。あまり気は進まないが、俺は荒井の仲間だからよ」
肩を竦めて言う牧浦。
ひどく意気消沈する夜月――その様子を見て、荒井はぞくぞくするような快感を味わっていた。つい膀胱が緩みそうになるほどの、特大のカタルシスに襲われていたのである。
その顔には、邪悪な笑みが張り付いていた。
「じゃあな、聖騎士くん。わかってると思うけど、後をつけてくるような汚い真似すんじゃねーぞ。視界に入ったら斬り殺してやる。行こうぜ、牧浦」
「おう。それじゃあ聖騎士くん、精々頑張ってくれや」
捨て台詞を残して、二人は先へと足を進める。
戦闘中に置き去りにしなかった自身はなんて寛大なのだろう、と荒井は本気で思っていた。それから程なくして、こらえきれずにゲラゲラと笑いだす。
「牧浦、見たかあの顔! マジでウケたぜ!」
「ああ、相当ショックだったらしい。まったく、お前ってやつは本当にワルだな」
「おいおい。お前が言い出したことじゃねーか!」
「そうだったか?」
「うはっ。俺なんかより、そっち方がよっぽどワルだぜ!」
ダンジョンの通路に嘲笑が響く。こうして荒井は、自身のプライドを守ることに成功したのだった。
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