第22話
「思った通り、やれそうだな」
戦闘終了後のルーティンを終えた牧浦が言う。珍しく不敵な笑みなど浮かべており、見るからに機嫌が良さそうだ。
無理もない。先の戦闘における活躍は圧巻の一言である。
(クソがッ!!)
それに対して俺は……と、自己嫌悪に陥りかける荒井。
戦闘に勝利した達成感など皆無。何せパーティでただ一人、活躍どころか出番すら訪れなかったのだから。
同時に、夜月に対する怒りが猛烈に湧き上がってくる。
自身よりも目立つなど許しがたい。本来なら、分をわきまえない陰キャに怒鳴り散らしている場面だ……けれど、今の働きを見るとそれも躊躇われる。
結局のところ、ぐっと怒りを飲み込む他なかった。
(……いや、焦る必要はない。次だ、次こそ活躍してやる)
攻略を再開した後、荒井は足を進めながら自身に言い聞かせる。6階層の攻略はまだ始まったばかり。実力を披露する機会はこの先いくらでも訪れる、と――そのはずだった。
結果から言ってしまえば、約8時間にも及ぶ同フロアの攻略において、望むような機会は一度たりとも訪れなかった。
スケルトンオークとは何度もエンカウントしたが、躍動するのは夜月と牧浦ばかり。荒井の貢献度を数値にすれば、せいぜい二割がいいところ。
とはいえ、個人の感情をぬきにすれば攻略は概ね順調だ。そのため一行は、発見した7階層と通じる階段の踊り場でしばらく休憩をとることにした。
他にも幾つかのパーティが休憩中で混雑気味だったものの、タイミングよく入れ替わりで一組のパーティが出発する。三人はそのあとにまとまって腰をおろし、バックパックから食料などを取り出して各自回復に努める。
ただ、それだけだと手持ち無沙汰に感じたようで、自然と雑談が始まった。
「順調に進めているな。タンクなんか役に立たないと思っていたが、案外やるもんだ」
率直な評価を口にしたのは牧浦だった。
その言葉を聞いた瞬間、荒井はまたカッとなって癇癪を起こしそうになった。が、やはり『焦るな。まだまだこれからだ』と言い聞かせてどうにか心を落ち着け、黙って会話に耳を傾ける。
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
夜月がカロリーバーをかじりながら上機嫌で答える。両者は他にも、これまでの戦闘に関する所感、この先の階層についての見解など、幾つか言葉を交わす。
そして話題は、よりパーソナルなものへと移り変わる。
「なあ、聖騎士くん。どうしてタンクなんかやってんだ?」
「まあ、いろいろあって」
「あんたの実力なら、素直にアタッカーやってりゃあパーティに困ることもないだろうに」
「そうかもな。でも僕としては、この選択が目標を達成するための最適解なんだ」
「ふうん」
しっくりこなかったようで、白けたような反応を返す牧浦。
けれどわずかな間を置き、ぴくりと片眉を跳ねさせた。続けて己のひらめきが信じられないという様子で口を開く。
「ダンジョン攻略階層の記録更新……日本一の冒険者になることが目標、とか言わねえよな?」
「いや、まあ……そんな感じ」
夜月は誰とも視線を合わさず、控えめに肯定する――冗談で言っているわけじゃないと、自信のなさそうな素振りが逆に強く物語っていた。
「はっ、マジかよ。笑わせるぜ」
思わず荒井は失笑を漏らす。当然の反応だ。そんな大それた夢、普通は叶うはずない。牧浦も同感のようで、言葉の続きを引き取った。
「確かに日本記録を樹立したパーティでは、タンクが重要な役割を果たした。それにごく少数ではあるものの、未だに『深層を攻略する場合にはタンクが必要だ』と主張する冒険者もいる――だが、無理だ。当時から言われているように、常人には荷が重すぎる。日本記録パーティのタンクが特別だったに過ぎない」
現代の冒険者からすれば、至極当然の意見である。
タンクは、役割さえまっとうできれば極めて有用だ。それはこれまでの歴史で証明されている。ただし、まともな神経をしている人間には決して務まることはない、とも。
そもそも強大なモンスターに真っ向から立ちむかうなど、最初から無理があるとわかりきっている。いくらステータスの恩恵を受けようと、勇気までもが補われるわけじゃないのだから。
よってタンクを務める者には、常人ならざる精神構造が求められる。
突き詰めるなら、高速で突っ込んでくるダンプカーを微塵も恐れず受け止める、そんな胆力が必要となる。ゆえにタンクは凋落したわけなのだが。
「俺には、聖騎士くんが特別だとは思えない――これは忠告だ。本気で日本一の冒険者を目指すつもりなら、今からでもアタッカーに転向しろ。ステータスだって無限に上がるわけじゃない。タンクなんかやって、時間と成長リソースを無駄にするのはバカのやることだ」
牧浦は断言する。夜月に向ける視線は真剣そのもので、嘲りなどの感情はいっさいうかがえない。
それとは逆に、荒井は憚ることなく蔑みの視線を浴びせていた。
陰キャが、それもタンクが日本一の冒険者を夢見るなど、身のほど知らずも甚だしい。どうやら自分を特別だと勘違いしているようだ。
(……そう。日本一なんていう栄光を手にするのは、俺のような特別な人間だ)
栄冠に輝く自信の姿を夢想し、心のなかで「うん」と確信めいた声を上げる。
やはりしっくり来る。その未来を実現するためにも次の7階層を突破し、ひいては最下層に到達してユニークスキルを獲得しなければ、と決意を新たにする。
(それにしてもコイツ、本気で目障りになってきたな……)
荒井はカロリーバーをかじりながら眉間にシワを寄せる。夜月に対するヘイトが高まるあまり、いよいよ表情を取り繕うのすら難しくなってきた。
「忠告はありがたく受け取っておくよ。だけど、これが僕のやり方だから」
「そうかよ。だったら、精々貫き通してみろ。どうせニアデスするのがオチだろうけどな」
頑なな態度をとる夜月。それに対して牧浦は冷淡な言葉を返し、荒井も似たような冷ややかな目を向けた。
話はそこで途切れ、以降はろくに会話もないまま休憩時間がすぎていく。
そして一時間ほどが経過して、予定通り7階層の攻略が開始される。ただ、パーティ内にはどこかギスギスとした雰囲気が漂いだしていた。
***
青い灯火の揺れる7階層。
その攻略を開始して間もなく、一行はモンスターにエンカウントする。
遭遇したのは、やはりスケルトンオーク――ただしこれまでとは違い、その手には立派な剣が握られていた。
剣は、少し太めの横幅と、パーティ内でもっとも背の低い牧浦の身長ほどの長さを持つ。
「聖騎士くん。あれ、捌けそうか?」
「ああ。多分やれる」
「なら、俺がまた後ろから首を刎ねてやる。ビビって逃げ出すのはナシだぜ、日本一のタンク様よ」
「当然だろ。僕は絶対に逃げ出さない」
剣を抜き放ちながら牧浦が戦闘オーダーを告げ、盾を胸の前に持ち上げた夜月が応じる。どちらにも気負った様子ない。視覚的には長剣よりも石槌の方が凶悪だったので、特に驚異には感じていないようだ。
冷静なのは荒井も同様。むしろ闘志をみなぎらせて佩剣を構える――ところが、またしても出番は訪れなかった。
夜月がタンクの仕事を完璧にこなし、背後から忍び寄った牧浦がたやすく敵の首を刈りとって戦闘終了。エンカウントからほんの数分の出来事だった。
当初の見込み通り、攻略の進捗あわせてステータスが上昇し、三人は今やスケルトンオークと戦うに相応しい冒険者へと成長していた。しかも夜月と牧浦の場合は、鍛錬によって培われた戦闘技術が加算される。こうなれば、敵の武器がグレードアップされたところで大して問題にならない。
その後も、7階層の攻略は順調に進む。
すべての戦闘に危なげなく勝利し、パーティメンバーの士気もうなぎ上り――否、荒井の機嫌だけはきれいに逆降下を続けていた。
活躍の機会がほとんど訪れないのだから、それもさもありなん。さらに、ここまでくればいやでも理解させられる。
パーティ内で、自身だけが一段下の実力だと。
ここまでくれば荒井の機嫌は過去最低を記録し、パーティ内の空気にも明確に悪影響を及ぼしていた。
そして一行は、九時間にも及ぶ攻略の末に8階層と通じる階段の発見に至り、その踊り場で再び休憩をとることになったのだが、そこで見かねた様子の牧浦が行動を起こした。
「おい荒井、こっち来てくれ。話がある。聖騎士くんはそこでちょっと待っててくれ」
他に休憩を取るパーティの数は少なく、フロアのスペースには余裕があった。牧浦はその空きスペースへ荒井を伴って移動し、声をひそめて話を切りだす。
「どうした? かなり機嫌悪そうだが」
「……別に、そんなことねーよ」
つられて小声で虚勢を張る荒井。高いプライドが邪魔をして、友人といえど素直に胸中を打ち明けることはできなかった。
だが、流石は相棒といったところか。何か思い当たる節があったらしく、牧浦は探るような目つきで言う。
「もしかして、聖騎士くんのせいか?」
「……」
沈黙という返答を受け、牧浦は顎に手を当てて「ふむ」と少し思案するようなそぶりを見せた。けれどすぐに片眉を持ち上げ、同情するような表情を浮かべながら密談を続ける。
「荒井、お前の気持ちはよくわかるぜ。俺もさ、ちょっと調子に乗りすぎだと思っていたところだ。タンクごときが生意気だよな?」
「まあ……確かにそうかもな」
「それで、どうする?」
「どうする、って? どういう意味だよ」
「だから、ちょっと痛い目に遭わせてやろうぜ、つう話だろ」
荒井は目を見開く。てっきり苛ついているは自身だけかと思っていたが、どうやら違ったらしい。加えて、持ちかけられた提案は非常に魅力的だった。
戦闘で活躍を披露するよりも、罠に嵌めて陥れる方がずっと簡単に自尊心を満たせる。しかも何倍もスッキリするはずだ。
「……でも、どうすりゃいいんだ?」
どれだけムカついていようと、直接危害を与えるのは躊躇われる。反撃されてはたまらない。自身の手は汚さず、それでいて吠え面をかかせる方法は何かないものか……と思考を巡らせようとした矢先、牧浦の口から具体例が飛びだす。
「例えば、攻略の途中で置き去りにする、ってのはどうよ?」
「なるほど……」
実に荒井好みの案だ。攻略の最中に夜月をパーティから強制的に追放する――いや、違う。パーティの解散などよくあることで、たまたまダンジョン内で縁が切れたというだけの話だ。しかも相手の態度が原因なのでこちらに非はない。
残された一人は高確率でモンスターの手にかかってニアデスするだろうが、それはまあ、自身とは関わりのない未来だ。
(立場をわきまえない陰キャには、実にお似合いの末路だぜ)
くくく、と荒井は忍び笑いを漏らす。
これほどまでに自身の心情と合致する策略が他にあろうか、いやない。夜月の絶望した顔を見るのが今から楽しみでならなかった。
「ずいぶんと愉快なこと思いつくじゃねーか」
「機嫌が戻ったようで何よりだ。それじゃあ荒井、タイミングは任せたぜ? かなり頭にきてるみたいだし、今回は一番オイシイところを譲ってやるよ」
「え……いや、任せとけ。ソロじゃ絶対に引き返せないポイントで仕掛けてやる」
主導権を渡されて荒井は戸惑うが、ビビっていると思われるのも癪なので厚意として受け取ることにした。
それから人の心の機微というものをよく心得ている相棒に対して、前々から思っていたがやはり頼りになる男だ、とさらに信頼を深める。
「方針も決まったし、さっさと戻ろうぜ。聖騎士くんに気づかれちゃ興ざめもいいところだ」
「おう。やっと楽しくなってきたぜ。サンキューな、牧浦」
密談を終え、二人はなにくわぬ顔で夜月の元へ戻る。そして約一時間後、一行は休憩を終えて攻略を再開した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます