第20話
流れがいったん途切れ、戦闘は仕切り直される――その後、またしてもスケルトンオークが先に動き出す。
眼球のない暗い眼孔でこちらを見据え、石槌の柄を両手で握る。次いで白骨の巨腕をゆっくり持ち上げ、上段に構えた。
なるほど……誘ってやがる。その頭骨に脳みそが詰まっているかどうか知らないが、ずいぶんと小賢しい真似をするじゃないか。
だが、いいだろう。乗ってやる。
「うおおおッ!」
地を蹴り、敢えて自ら距離を埋める。芸も工夫もない突撃。それこそスケルトンオークの思うつぼだろう――だから、その思惑を逆手に取る。
僕は間合いに踏み込んだ瞬間、直角に横へステップを踏んで身をかわす。ステータスによって強化されているからこそ可能な芸当だ。
直後、ごうっと音を立てて石槌が真横を過ぎる。石槌はそのまま地を穿ち、粉塵を立ち昇らせた。
狙い通り――いや、狙い以上の展開である。粉塵が丁度いい目くらましになり、反撃するにはうってつけの状況が出来上がっていた。
「せりゃあああッ!」
がら空きの胴体を狙い、逆襲の斬撃を繰りだす。淀みなく走る剣筋に致命傷を予感した。ところがそれはまったくの見込み違いで、腕に伝わってくるのは硬い物を打つ手応え。
くそっ……不甲斐ないことに、僕の攻撃は骨の幾分かを損傷させるに留まった。全力で斬りつけたにもかかわらずだ。
『ブルァアッ!』
そのため、敵の攻撃の手は緩まない。手早く石槌をひき戻すや横薙ぎの一撃を放つ。
タイミング的に回避不能。迎え撃つ以外に術はなく、僕は潔く覚悟を固める。
盾を構え、両目に力を込め、粉塵を吹き飛ばしつつ迫る攻撃の軌道を読む。
そして――今だッ!
「ぐ、おおっ!?」
インパクトにあわせ、衝撃をいなすべく地を蹴った。腕に圧力を感じた途端、ぐんと横移動が加速する。ただし先程とは異なり、しっかり両足で着地して事なきを得た。
やれるとは思っていたけど、まさかここまで上手くいとは。見えすぎる両眼さまさまである。
「とりぁあッ!」
僕は再び地を蹴り、武器を振り切った体勢のスケルトンオークに肉薄して袈裟斬りを見舞う。息つく間を与えない。狙いは、伸びきっている右腕。
しかし、ガキン、と。
僕の剣は、またしても浅く刃を立てたのみに終わる。
ダメだ、明らかに攻撃関連のステータスが足りていない――けれど、今はこれで充分。おかげで存分に注意を引くことができた。
「うおらぁあああッ!」
スケルトンオークの背面に、荒井が長剣を振り上げて斬りかかる。
実は、機を窺う彼の姿がずっと見えていたのだ。おかげで難なく呼吸を合わせられた。
『ブルァアッ!』
「ぐおっ!?」
しかし、敵も一筋縄ではいかない。素早く身を翻すと、必中のタイミングで放たれた斬撃を己の武器で弾き返して見せた。あまつさえ反撃に移ろうという周到さを発揮する。
片や荒井は剣を弾かれた反動で体を傾けており、一転してピンチに陥った。このままでは手痛い逆襲を受けることは必定。
もっとも、それはタンクがいなければの話だ。
「《シールドバッシュ》!」
『フガッ!?』
スキルを発動すると、盾の輪郭に白光が宿る――スキルエフェクトを纏う盾を、僕は容赦なくがら空きの胴体へ叩きつけた。
ぐらりと上体を揺らし、今度は逆にスケルトンオークが重心を崩す。二本足で立っている以上、バランスを崩させるだけならそう難しくない。後ろから膝カックンされたような気分だろう。
「クソがっ!」
敵の反撃が不発に終わり、荒井は無事安全圏へ離脱する。吐き捨てられた悪態は、自身の攻撃が通らなかったことに対するものに違いない。
その気持ちも理解できる。あえなく猛攻を凌がれてしまったのだから――否、こちらの攻勢はまだ続いている。
次は牧浦だ。逆方向からスケルトンオーク目掛け、既に接近を開始していた。
身を屈め、ぬるりと、蛇のように音を殺して死角から忍び寄り、間合い入ったと思うが早いか長剣を一閃――冷涼な音が響き、斬り飛ばれた白骨の左腕が宙に舞う。
『ブギャアアッ!? 』
一拍遅れて奇声が上がる。
完璧な奇襲だった――惜しむらくは、致命傷に一歩届かなかったこと。
間一髪で刺客の接近に気づいたスケルトンオークは、とっさに回避行動をとった。腕一本を代償に、どうにか命をつないだのである。
「しぶといヤツめ……!」
牧浦は舌打ちを残して即座に後方へ逃れる。懸命な判断だ。発狂したスケルトンオークが、でたらめに武器を振り回し始めたのである。僕も速やかにその場から退く。
石槌がごうごうと嵐のような音を立てる。明らかな半狂乱状態。
さらにその状態のまま、片腕を奪った仇敵に詰め寄るべく足を動かそうとする――その刹那、僕はスキルを発動する。
「《タウント》!」
自身を中心に魔力の波動が広がり、瞬く間に周囲を駆け抜けていく。敵はその波動を浴びた途端にぴたりと動きを止め、ぐるりとこちらに向き直った。
「そうだ。お前は僕を見ていろ」
パーティで戦闘を行う場合、タンクは常に敵のヘイトを集め続ける必要がある。己に攻撃を集中させ、パーティ全体の生存率を高めるのだ。ひいてはそれが味方に行動の自由を齎し、ダメージ効率の上昇にもつながる。
そしてその際は、いま発動した《タウント》というスキルが特に重宝する。
魔力の波動を浴びたモンスターのヘイトを強制的に集める効果を持つため、タンクにとって『必須スキル』と言われるほどだ。
ただし、使いすぎは厳禁。
スキルは体内に宿る魔力を消費して発動するので、使用回数に限度がある。大事なときに『魔力切れ』では話にならない。
よってスキル以外でもヘイトを集める必要がある。方法はいくつかあるけど、もっとも簡単なのは攻撃を加えること。
だから僕はダメージの有無にかかわらず、こまめに攻撃を仕掛けるのである。
「しっ――」
いったん途切れた流れは、僕が地を蹴って斬り込んだことで再び動きだす。
ただでさえ激しかった攻防は、そこからもう一段ギアを上げる。
左腕を失った影響か、スケルトンオークは動きに精彩を欠いて見えた。こちらはそこへ付け入り、勝負をつけるべく攻勢を強めたのである。
攻める僕たち、防ぐスケルトンオーク、という構図で戦闘は推移する。
「ぐっ……!」
幾度かの衝突の後、渾身の袈裟切りがまたも敵の石槌に弾かれる。
僕の攻撃はあいかわらず驚異になり得ない。だが、注意を引くという点においては十分に仕事を果たしていた。
「押し込め!」
「わかってんよッ――おらァ!」
牧浦の支持が飛び、荒井が仕掛ける。僕と対峙するスケルトンオークの斜め後方から迫り、跳躍を交えて剣を振り下ろす。
『ブガァアアッ!』
「だああああっ、クソがっ!?」
やはり侮れない。敵は襲撃者に気づいた瞬間に上体を横へ向け、片手で石槌のヘッドを巧みに操って斬撃を防ぐ。荒井は立て続けに連撃を放つも、そのことごとくを弾き返される。
剣戟音が四つ響き渡った後、スケルトンオークは石槌を頭上へ持ち上げた。振り下ろしの前兆。ターゲットは当然、連撃を凌がれたばかりの荒井。
「退がれッ!」
牧浦が叫ぶも明らかに退避が間に合うような状況じゃない。早い話、僕が助けるしかない。
地面を強く蹴って回り込み、焦りの表情を浮かべた荒井を突き飛ばす。
直後、石槌がまっすぐ振り下ろされる――双眸が、その軌道を鮮明に捉える。
打てる手は一つ。回避不能なこの一撃に対し、横から力を加えてどうにか進路を逸らすのみ。
「ぐ、りゃあああ――ッ!」
襲い来る石槌のヘッド側面に盾をぶち当て、落下に合わせて全力で横へ流す。
次の瞬間、僕の真横でごうっと音を立て地面が爆ぜた。
「マジかよ」
突き飛ばされ、そばで尻もちをつく荒井が驚いたように言う。
自分でもびっくりだ。ステータスで強化された上、敵が片手だったからこそ成し遂げられた荒業である。
「ふっ!」
間を置かず、急襲を仕掛ける牧浦の姿が視界に飛び込んできた。先の攻撃をなぞるような身のこなしで敵に肉薄し、たちどころに剣を走らせる。
斬撃は遮られることなく首に吸い込まれ、決着の刻を予感させた――しかしその瞬間、白骨の巨体が一瞬ぶれる。
「なっ……!?」
ヒュッ、と剣が空を切る。
上体を大げさに傾けて、余裕を持って太刀筋から逃れるスケルトンオーク。まるで攻撃がくると予期していたかのような身のこなし。
こいつ、学習してやがる――ならば、凌ぎきれなくなるまで追い詰めるだけのこと。
「てやぁあああッ!」
僕は前方へ鋭く踏み込み、全力を込めた剣を叩きつける。攻撃はダメージこそ軽微だが、その巨体をさらに傾けるという目的を果たす。
そして、もう一つ。
「《シールドバッシュ》!」
連撃。
流れるような身のこなしで、白光を纏う盾を叩きつける。するとスケルトンオークはよりいっそう押し込まれ、ついにドシンと膝をつく。
直後、バックステップで退きながら叫ぶ。
「牧浦ッ!」
「《ヴォーパルエッジ》!」
剣を右中段に構え、スキルを発動する牧浦――《ヴォーパルエッジ》とは、『首』に攻撃がヒットした場合にのみ著しく威力を高める斬撃系スキルである。
属性を示す漆黒のスキルエフェクトを纏った斬撃が、続けざまに放たれる。
「ふッ――」
すかさず剣閃が弧を描く。それは、今度こそスケルトンオークの太い頸椎を容赦なく断ち切った。
ごん、ごん、ごん、と。
刎ね飛ばされた豚の頭骨が地に落ち、何度かバウンドして止まる。途端、残された胴体もガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
ややあって黒い粒子が立ち昇り始め、スケルトンオークは石槌諸共きれいさっぱり消え去る。同時に、僕たちの勝利が確定するのだった。
「ほれ、起きろ」
「ああ、すまねえ……」
戦闘が終了すると、牧浦は剣を鞘に戻しつつ座り込んでいた荒井のそばに寄る。次いで手を差し出して引き起こす。
「かなり苦戦したな……つうか、このまま進んだらヤバくねーか? この先はもっと難易度が上がるわけだろ」
立ち上がった荒井が剣を鞘に収めて言う。いつもの尊大な態度はなりを潜め、表情は珍しく不安げ。
「僕は、何とかなると思う。逆にモンスターとの力量差は段々と縮まっていくんじゃないかな」
臨時とはいえ今はパーティメンバーなので、遠慮なく意見を述べさせてもらう。
敵は間違いなく格上だが、そのぶん多くの経験値を獲得できる。それによりステータスが成長し、段々と戦闘も楽になっていくという理屈だ。
むしろそうでなくては困る。仮にも新人向けの成長支援イベントなのだから。
「俺も聖騎士くんに同意だ。実際、今の戦闘でステータスが成長した感覚がある。次はもっと早く首を刎ね飛ばしてやるよ」
いや、呼び方……さておき、牧浦も自信たっぷりのようだ。
かくいう僕も『やたら体にキレがある』という感覚を久々に味わっている最中なので、次はもっと上手くやれる自信がある。
ただ、調子に乗らないように気をつけないと……前もそうだったけど、ステータスアップ直後は己の実力を過信して無茶しがちだ。ケイブハウンドに追いかけ回された苦い記憶が蘇る。
「まあ、さっきもどうにか倒せたんだ。慎重に進めばなんとでもなる」
最悪、ダメそうなら逃げりゃあいい――と、牧浦は話をまとめた。
それ以上の異論は出てこなかった。強いて言えば荒井の不満そうな顔が気になるが……ともかく僕らはそれぞれ荷物を拾いあげ、改めて6階層の攻略を開始した。
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