第19話

 現在、付近に存在するパーティはざっと二十組以上。

 スマホに目を向けていたり、出発前の点検をしたり、待ち合わせがてら雑談に興じたりと様々。


 そんな中、まず目に留まったのはテンプレ装備に身を包んだ男女の二人組。どちらも同年代で温和な顔つきをしている。


 暴言を吐くようなタイプには見えないので、手始めには丁度よさそうだ。

 僕は盾を背面から取り外して装備する。後出しでトラブルにならぬための配慮である。それから低姿勢で、久しぶりのパーティ加入交渉へ臨む。

 

「お話中にすみません。お二人はパーティですよね? よければ僕も仲間に加えもらいたいのですが」


「タンク如きが生意気いってんじゃねーぞ。失せろ雑魚」


 めっちゃ口悪いじゃん……優しそうな顔のわりにかなり辛辣な彼。カウンターパンチをもらった気分だぜ。おまけに「しっしっ」と野良犬のように追い払われる始末。

 

 僕の目は節穴かな? 

 まあ、いきなり上手くいくとも考えていない。めげずにチャレンジあるのみだ。

 もちろん『切り札』は、好感を得た相手にだけ出すつもりでいる。むやみに吹聴すれば強奪されかねない――とにかくその段階まで、どうにか話を進めねば。


「は? 盾装備が笑わせんな。寄ってくんじゃねえ」


「悪いな。タンクをやるような害悪冒険者とはパーティを組まないようにしているんだ」


「やめてよね。盾持ちとか、人としてどうかと思うよ」


 けれど、案の定というかなんというか……。

 その後の交渉も一向に成立する気配はなく、立て続けに三つのパーティからお断りされた時点で、周囲から向けられる視線の温度がぐっと下がった。もはや凍りつきそうだ。


 常人なら立ち去ること間違いなしのこの状況。だが生憎と、今日の僕は覚悟の決まった常人だ。ゆえに構うことなく続ける。次のターゲットは女性三人組。

 

「おはようございます。もし最下層を目指しているなら、僕もパーティに入れてもらえませんか? きっと役に立てると思います」


「顔がタイプじゃないから無理。ごめんなさい」 


 告白してもいないのにフラれたんだが……?

 今まで散々お断りされてきたけれど、これはワーストスリーに入るくらいダメージがでかい。けれどここで膝を折るわけにもいかないので、己を奮い立たせて勧誘を再開する。

 

 そして、入れ替わり立ち替わり現れるパーティに声をかけ続けること約二時間――なんと僕は、『パーティ加入交渉・三十連敗』という悲しい記録を打ち立てていた。


「ははは……」


 乾いた笑みで頬がひきつるのを感じながら、茫然と立ち尽くす。

 ネットのパーティ募集サイトならともかく、対面でここまで拒否されるとさすがに堪えるぜ……ちくちく言葉はもう聞きたくない。しかもほとんど相手にされず、『切り札』を出す段階にすら至らなかった。


 正直、焦る。イベント開催期間は残すところ三日だが、諸々の都合を考慮し、できれば最終日に差し掛かる前には最下層へ到達しておきたい。

 そうなると、攻略にあてられる時間は現時点で四十時間を切る。逼迫しているわけじゃないが、そこまで余裕があるわけでもないのだ。


「これは、参ったなあ……」


 しかし結局のところ、僕はさらに一時間を無駄にしてしまう。

 声をかけること計五十七組、すべて交渉決裂。いよいよもってソロでの決死行が現実味を帯びてくる。

 尻に火がつきはじめ、堪らずしかめ面を浮かべた。 

 と、そのときである。


「――あれ、聖騎士くんじゃね?」


 ふと背後から、聞き覚えのある声と悪口が飛んできた。

 ぎくっとして振り返れば、思った通りクラスメイトの『荒井孝之』が驚いた顔で立っていた。トレードマークの金に近い茶髪と、おびただしい数のピアスがひときわ目を引く。


「おいおいおい、ウソだろ? お前も冒険者やってたのかよ」


「……まあ、そんなところ」


 荒井も高校生ながら冒険者として活動している。だからこうして遭遇してもおかしくない。でも本音を言えば、あまり会いたくはなかった。


「ん? そういや昨日テレビで、ゲームマスターが『ナイト』がどうとか……あれって、まさかお前のことだったり?」


「ははは、僕のわけないだろ」


「まあ、そうだよな。テメエみてーな陰キャが『逸材』とかありえねーわ」


 ノータイムでごまかす。

 荒井は、ろくに口もきいたことのないクラスメイト(僕)をバカにするようなヤツだ。普段から下に見ている相手がゲームマスターと面識があり、かつ逸材だなんて噂されていると知れば、間違いなくろくなことにならない。


 そうでなくても、僕は日本ダンジョン界の最底辺に追いやられている盾持ち……ほら見ろ、案の定こちらの左腕の盾を一瞥して意地悪そうな笑みを浮かべてやがる。


「いや、ビビったわ。つうか聖騎士くん、その盾って……まさか盾職やってるとか言わねーよな?」


「……だとしても、君には関係ないだろ」


「うはっ、マジでタンクかよ。今どきそれはねえって。そんでパーティメンバーは? やっぱり学校と一緒でボッチなん?」


「用事がないなら放っといてくれ。じゃあ……」


「うわ、聖騎士くんコミュ障かよ。待てって、ちっとくらい仲良くしよーぜ」


 一方的なウザ絡みをコミュニケーションとは言わない。神経疑うぜ。さらに厚かましくも、立ち去ろうとした僕の肩に腕を回して引き止めてくる始末。

 強引に突っぱねるのも差し障りがありそうだし……もうコミュ障だろうがなんだろうが好きに言ってくれていいから、どうか構わないでくれ。


「それにしても、聖騎士くんの装備って全体的にやばくない? ビギナーセットに盾とか、そんなんでよくここまで来れたな。誰か止めてくんなかったの? あ、ボッチだったか」


 ぎゃはは、と笑い声を上げる荒井。

 何が面白いのかちっとも理解ができないし、嫌悪感がすごい。これならゴブリンと肩を組む方が百倍マシだ。


「なんかリアクションしろって。これじゃあ俺がイジメてるみてーじゃん?」


「だから言ってるだろ、放っといてくれよ。僕にはやることがあるんだ」


「やることって何よ。どうせボッチなんだから先には進めねえだろ……って、まさかパーティ探してたん?」


 だったら悪いのかよ、という異議を差し挟む間もなく話は進む。


「ふーん……だったら、俺のパーティに入れてやってもいいぜ。どうせ聖騎士くんも最下層を目指してんだろ?」


「え、まあそうだけど……」


 少し考えるような仕草をしたあとに意外なセリフを吐く荒井。それから振り返って「なあ牧浦、いいだろ?」と、背後に控えていた人物に声をかけた。


「俺は別に構わないぜ」


 そう答えたのは、小柄だがガッチリした体躯の冒険者だった。重めの黒髪マッシュヘアがどこか暗い印象を抱かせる。


「コイツは牧浦巡(まきうら・じゅん)。学校は違うけど、年は俺たちとタメだ」


「どうも。まあ、仲良くしてくれ」


 小さく手を上げて応じる牧浦。

 見たところ二人パーティらしい。


 両者ともテンプレ装備ではあるが、外見は一人前の冒険者のそれだ。上下ともプロテクター内蔵タイプの防具で、胸の辺りに派手なブランドロゴが刻まれている。色は荒井が黒ベースに金のロゴで、牧浦が茶ベースに銀のロゴ。それに大きめのボディバッグをあわせ、腰に長剣を佩いている。


 さておき、荒井たちとパーティを組む、ねえ……意外と悪くない提案だ。

 元々僕が声をかけまくっていた影響と、荒井のムダにでかい声が相まって、今や周囲からは極寒の視線を注がれている。多分、これ以上粘っても成果は得られないだろう。


 そうなると言い方は悪いが、彼らとのパーティ結成は十分に『妥協ライン』と言える。問題は道中にも行われるだろうウザ絡みだけど……それはまあ、僕が我慢すればいい。首尾よく最下層へ到達した暁にはそのまま『幽骨の試練』に挑んだっていい。


 ただ、イベントアイテムを所有していることは伏せておく。念の為だ。

 僕はそう結論づけて、了承の意を返す。


「じゃあ、頼むよ。僕をパーティに加えてくれ」


「よっしゃ、決まりだな」


 そんなわけで僕は、思いがけず荒井・牧浦の両名とパーティを組むこととなった。


「準備できてるなら出発しようぜ。歩きながら、戦術の確認なんかをした方がいいかもな」 


「おうよ。まさかタンクごときとパーティを組むとは思わなかったぜ、マジうける」


 牧浦の言葉に荒井が機嫌よさそうに応じ、歩き出す。

 お世辞にも反りが合うとは思えないパーティだが……さて、その実力はいかほどのものか。果たして、この三人で最下層への到達は叶うのか。

 一抹の不安を感じなくもないが、僕はおくびにも出さずに二人の背を追った。


 ***


 6階層の地形は、相も変わらず『青い洞窟』といった風情である。

 そして攻略を開始してすぐ、先頭を歩く荒井がちょこちょこ振り返りつつ口を開く。


「冒険者になってすぐ牧浦が声をかけてくれたんだ。その時は俺もソロでよ、マジ助かったぜ。それで外でもつるむようになって、普段は立川駅らへんで遊んでて――」


 聞けば二人はほぼ同期で、牧浦の方からパーティに誘ったという。加えて外(現実空間)でもつるむくらいに仲が良く、普段は立川駅周辺を縄張りとしているそうだ。


 立川駅は、僕の住む立川市の中心駅である。『西立川ゲート(僕が常用しているゲート)』からもっとも近いターミナル駅という立地から、周囲に広がる歓楽街は都内でも有数の規模を誇っている。


「他にも仲間が大勢いて、いつも北口辺りでたむろってるぜ。集まるには丁度いい場所でさ」


 仲間内では二人だけが冒険者で、同じく『西立川ゲート』を常用している都合上、もっとも足を運びやすい立川駅がプレイスポットに選ばれているようだ。

 特に北口方面がお気に入りらしいが、逆に僕はあまり近づかない。大人向けのナイトスポットが集積しているエリアなので、少し治安が悪いのである。


「まあ、聖騎士くんはボッチだから行かねーだろうけど。そうそう、こないだ遊んでるとき他所の奴らにケンカ売られてよ」


 彼はいちいち人を貶さないと会話ができないのだろうか?

 それにしてもよく喋る。テキトウに相槌を返しているけど、武勇伝を語り始めたあたりで飽きてしまった。それでもおしゃべりは止まず、僕はちょっとうんざりしながら足を進める羽目になる。おい、戦術の確認はどうした。


「……そろそろ口を閉じたほうが良さそうだぞ。見ろ、敵のお出ましだ」


 しかし十分ほどが経過すると、横でマッピングをしながら歩く牧浦が注意を促した。

 僕は荒井に向けていた視線をさらに先へ送る――通路の奥の方では、壁にかかる青い炬火の生みだす濃い影がわだかまっている。


 その付近から、かつり、かつり、と足音らしきものが聞こえてきた。

 僕はとっさにバックパックを放り、佩剣を抜いて戦闘体勢を整える。二人もそれに続く。すると間をあけず、青みがかった闇の中から一体のモンスターが悠然と歩み出てきた。


「スケルトンオーク……」


 僕たちの前に、見慣れぬ白骨の巨体を有するモンスターが立ちはだかる。

 それは、生命を吹き込まれた『オーク』の骸骨――通常ダンジョンの10層以降には、オークという凶悪なモンスターが出現する。


 多くの創作物に登場するのと違わぬ豚頭の怪物で、筋骨隆々たる巨躯を誇り、その怪力を駆使して数多の冒険者を屠ってきた恐るべき戦士として知られている。

 視線の先に佇むモンスターは、そのスケルトンバージョン。ゆえに『スケルトンオーク』と呼ばれる。


 それが、一体――されど、一体。

 スケルトンオークは、パーティ内でもっとも背の高い僕よりさらに頭二つほど大きい……二メートルを優に超えている。加えてその骨格は、スケルトン種とは思えないほどに逞しい。


 二足歩行の形態のため造形こそどこか人体と似ているが、骨の一本一本の太さが尋常じゃない。また本数も多く、血肉を持たぬ体でありながら横幅でもこちらを圧倒している。

 有り体に言って、本場のアメフト選手に勝るとも劣らない。


「知っちゃいたけど、本気でヤバそうなモン持ってんな……」


 荒井の発言にはまったく同感だ。敵はただでさえ巨体なのに、凶悪な見た目の『石槌』まで所持していた。ヘッド部分は大人の太腿ほどのサイズで、高い殺傷力を発揮することは明白。


 ごくり、と誰かが息を呑む。 

 無理もない。これまでとは比較にならぬほど凶悪なモンスターが出現したのだ。その威圧感ときたら、無意識にジリジリと後退してしまいそうなほど強烈だった。


「くっ……」


 僕らは揃って尻込みして、先制攻撃を仕掛けることができなかった。距離があったので良かったものの、仮に間近でエンカウントしていたなら致命的な隙となっていたはず。


 だから、先手を取られるのは必然の成り行きだった。

 スケルトンオークがぱっくりと口を開き、大きく吸い込むような仕草を見せる。そして「いったい何を?」と疑問を抱いたその瞬間――


『ブルォオオオオオオオオオオオオッ!!』


 凄まじい轟音がダンジョンを震わせた。

 なんと敵は、声帯など無いにもかかわらず大音量の《咆哮》を発したのである。


 暴力的な声量を叩きつけられ、たちまち本能的な恐怖が喚起される。耐えきれず仰け反り、あげく身を硬直させた。

 だが、そのような状況下においてなお、僕は辛うじて機能する頭を懸命に働かせていた。

 

 ――これが《咆哮》の威力かッ!


 凶悪なモンスターの雄叫びは、ときに冒険者の身を竦ませる(スタン)効果を付与する。声に魔力を載せて放つことで、ある種のスキルとして作用するのだ。

 そのため強烈な威圧感を伴い、聴覚器官のみならず本能にまで影響を及ぼす。理性では太刀打ちできず、抗うにはステータスの防御値を高めるか専用のアイテムを装備する必要がある。


『ブガァアアアッ!』


 僕らはいきなり窮地に立たされた。

 モンスターの《咆哮》で硬直したところに強襲を受け、頭を吹き飛ばされニアデスした冒険者の動画を見たのはいつのことだったか――と思うが早いか、弾かれたように駆けだすスケルトンオーク。


 巨体にそぐわぬ瞬足を発揮し、ぐんぐん距離を詰めてくる。そのまま間合いに迫ると大胆に片足を踏み込み、豪快に石槌を横薙ぎに振るう。

 マズい、攻撃範囲には硬直している荒井の姿が――危険な風音を纏う武器の軌道を、僕の両眼は正確に捉えていた。例の不思議な動体視力は継続中らしい。


「うっ、おぉぉおおッ!」


 僕はタンクとしての矜持に突き動かるまま、雄叫びを上げて死地へ飛びこむ。いち早く硬直から解き放たれたのは、ステータスの『DEF』値の恩恵に他ならない。

 瞬時に敵と荒井の間に割りこみ、盾を構えて攻撃に備える――直後、凄まじい衝撃が襲いくる。


「がっ!?」


 体勢が中途半端だったせいで威力をいなすこともできず、僕は横へ大きく吹き飛ばされる。

 僅かな浮遊感を経て背中から地面に打ち付けられ、土埃に塗れながら転がり、数メートル離れた位置でようやく停止した。


「ぐぅ……」


 ふらつく頭と、左腕に残る鈍痛に耐えながら体を起こす。

 口の端にも違和感があり、袖でぬぐえば赤い線を描く。転がった拍子に噛み切ったのだろう。続けて全身を確認するが、幸い他に目立った外傷はない。


 盾も剣も手放しておらず、少しダメージが抜ければ戦闘に復帰できそうだ。

 僕は瞬時に状態チェックを終えて、今度は戦況に意識を移す。


 真っ先に視界に飛び込んできたのは、近くで膝をつく荒井の姿。僕の巻き添えを受けて転倒したのだろう。直撃から庇ってやったんだから、そのくらい勘弁してくれ。 

 次いで牧浦の姿が目に映る――くそ、ヤバいっ!

 時間的にスタン効果は消えていてもおかしくないはずなのに、唖然と立ち尽くしている。そこへ、スケルトンオークが次撃を放とうかという場面だった。


「避けろぉおおおおおッ!」


 僕は膝をついたまま、とっさに声を張り上げていた。

 そこでようやく牧浦はハッとした表情を浮かべ、間一髪その場から退く。空振った石槌はダンジョンの地面を強打し、多量の粉塵を舞い上げた。


「俺としたことが……っ!」


 よろよろと立ち上がった荒井が、苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちする。きっとタンクの僕に庇われのが不服なのだろう。牧浦の方も似たような反応だ。けれど今は、そんなことを気にしている場合じゃない。


「僕が敵の攻撃を捌く、二人は機を見て攻撃を頼むッ!」


 頭のふらつきが治まったところで、タンクの役目を果たすべく最前線へ躍り出た。

 しかしながら、今の僕のステータスではスケルトンオークの攻撃を防ぎきれない。やり方を工夫しなければ。


 横の攻撃に関しては、盾で受けるのと同時に自ら進行方向へ跳躍して衝撃をいなす。

 縦の攻撃に関しては、これまで散々やってきたように盾を傾けて受け流す。

 もちろん回避という選択肢も忘れない。

 なかなかにハードな要求だけれど、この『見えすぎる両眼』を以ってすればやってやれないことはない。


「かかって来いッ!」


『ブガァアアアッ!』


 劣勢を覆すべく、僕は盾を構えて強敵に立ち向かう。

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