第18話

 先ほどとは打って変わって真剣味を帯びるスタジオの空気。

 それを打ち破ったのは、やはりゲームマスターの明るい声だった。


『そんなに警戒しないでくれ。賭けといっても、ちょっとした余興のようなものさ』


『失礼、少々驚いてしまいました。それで、どのような賭けをするつもりなのでしょうか? 今のはただの質問であり、同意ではないのであしからず』


 さすが歴戦の冒険者だ、ゲームマスターへの警戒心が半端ではない。というかどれだけ信用がないんだ……まあ、当人は意に介さずニコニコしているけれど。 


『賭けは、当然ながら今回の新人育成支援イベント、〝登竜門〟にまつわるものさ。キミは先ほど、風宮凛がユニークスキル獲得の本命と言っていたね? でもワタシは、自身の見出した新人冒険者こそが本命だと思っている――そこで、どちらの贔屓がユニークスキルを獲得するか賭けようじゃないか!』


 モニター越しにビシッと指をさすゲームマスター。人を指差してはいけません、という社会常識をご存知ないのだろうか。

 一方スタジオの無雲彰志は、デスクの上で両手を組み合わせつつ落ち着いて対処する。


『なるほど、お話は理解しました。ですが私は、貴方の見出したという新人冒険者を存じあげない。同様に、ユニークスキルに関するイベントギミックの詳細なども把握していない。あまりにもこちらが不利すぎる条件かと』


『確かにアンフェアだね。ならばいい機会でもあるし、骸骨迷宮についての情報をもう少し開示するとしよう』


 いや、その前に人を勝手に賭けのネタするのをやめてくれ……。

 それにしても、無雲彰志の誘導は実に巧みだ。同意したわけでもないのに、ゲームマスターをさらなる情報公開へ踏み切らせた。

 おかげで脱線していた番組も、どうにか本来のレールに戻る事ができそうだ。


『では、しばし語らせていただこう』


 かくしてイベント主催者の口から新情報がもたらされる。これぞ、緊急生特番にふさわしい展開といえよう。

 最初に明かされたのは、骸骨迷宮のデザインコンセプトについてだった。曰く、『新人冒険者が必要とする経験を、段階的に獲得できるようにオーガナイズされている』とのこと。


 やっぱりそうだったのか、と僕は深く頷く。

 骸骨迷宮の難易度は、一段一段と丁寧に上昇していった。まるで『チュートリアルです』と言わんばかりに順序よく。


 攻略中に実感していたことなので、今さら驚きはない。

 続いて明かされたのは、出現モンスターに関して。


『ご存知だろうが、骸骨迷宮にはスケルトン種のモンスターが。とりわけ6階層以降の個体においては、新人冒険者にとっては格上の敵と言えるね――だが安心して欲しい、モンスターはどれもステータスを制限されている』


 6階層以降では、新人育成イベントの名にそぐわない強力なモンスターが出現する。けれどステータスを低下・制限することで、新人冒険者でもどうにか対処できるレベルに調整してあるそうだ。


 まあそらそうだ、といった感じである。

 出現するモンスター情報を知れば、新人では手に負えない個体が出現すると誰でも理解できる。なので、僕は何かしら手が加えられているのではないかと始めから思っていた。


「ちょっと期待はずれだな」 


 どちらの内容も想定外とは言えず、肩透かしを食らった気分だ。

 しかし、そんな思いはすぐに一新される――なんとゲームマスターは、イベントの目玉であるユニークスキルについて言及したのである。


『事前に公開してある通り、ユニークスキルは〝幽骨の試練〟を乗り越えし者にのみ授けられる。これまでの進捗状況を鑑みると、試練の発生時期はイベント最終日になりそうだ。一番盛り上がりそうなタイミングだね。発生場所はもちろん骸骨迷宮の最下層――そして、それは「レイドバトル」の形式で展開される』


 ついに……ユニークスキル獲得へ向けた具体的な情報が公開された。

 レイドバトルとは、強大かつ凶悪なモンスターに対し、パーティの枠組みを超えた多人数で挑む戦闘形式のことを指す。

 早い話が、骸骨迷宮の最下層で『やばいモンスター』の討伐戦が開催され、それを乗り越えた者にユニークスキルが授けられるというわけだ。


『言葉にすると簡単そうに聞こえてしまうね――でも、甘く見ないでくれよ。試練は苛烈を極め、その中で多くの挑戦者が命を散らすことになるだろう』


 それにね、とゲームマスターはいったん言葉を区切る。


『試練達成の成否も、相当シビアに判定される。本人の戦闘データをもとにジャッジするから嘘や間違いが介在する余地もない。ワタシの見込みでは、達成者は多くても五人といったところかな』


 たったの五人以下……本イベントの参加資格を満たす新人冒険者の数は、およそ五百人と言われている。よってユニークスキル獲得へ至る道は、なんと倍率『百倍』の超難関。

 当然すべての新人が挑戦するわけじゃないし、最下層へ到達するわけでもないので、実際の数字はもう少し低くなるだろう。だが、非常に狭き門であることに変わりはない。


 それでも、もしも僕がユニークスキルを獲得できたなら――不遇の盾職(タンク)が日本一の冒険者を目指す、そんな荒唐無稽な『物語』もにわかに熱を帯び始める。

 無意識に握りしめていた手のひらがじんわり汗をかく。


『さて、ワタシが明かせるのはここまでだ。あとは各々がダンジョンで実際に感じ取ってほしい――新人冒険者、諸君に告ぐ。己を信じ、友と支え合い、悪辣なる骸骨迷宮を踏破するのだ。そして全身全霊で〝幽骨の試練〟に抗い、最後まで見事に戦い抜いてみせよ!』


 どうやら情報開示はここまでのようだ。画面の向こうのゲームマスターは、大仰に両腕を広げつつ話を締めくくった。

 しかもその後、


『そんなわけで無雲くん、賭けの結果を楽しみに待つとしようじゃないか! それでは、ワタシはこの辺で失礼させてもらうよ! ふはははは――』


 なんと高笑いを残して自ら映像を切断してしまうのだった。

 いや、フリーダムすぎる……承諾なしに人を賭けのネタにしたばかりか、勝手に賭けを成立させて帰りやがった。

 出演者はもれなくフリーズし、スタジオは静まり返っている。

 普通に放送事故だろ、これ。


『え、ええと……以上、スペシャルコーナーでした。ゲームマスターから驚きの情報が提供されましたね――』


 されど番組は、いち早く復帰したMCと無雲彰志の奮闘でなんとか持ち直し、つつがなく終了時刻を迎えるのだった。

 同時に、その日……メディア関係者は思い出したことだろう。ゲームマスターの傍若無人さを。どうして主演を依頼しなくなったのかを。


 ちなみにその日の晩ごはんは、僕の好物の豚カツだった。とても美味しかったです。

 そして完全に疲労が回復した、イベントダンジョン公開より五日目の早朝のこと。


「いってきます」


「いってらっしゃい。無理せず頑張っておいで」


 僕は骸骨迷宮の完全攻略を果たすため、秋保さんに見送られて家を出た。


 *** 


 いつも通りモノレールと徒歩で『ゲートハンガー』に到着すると、平時より五割増の人混みと熱気が僕を出迎える。

 イベント開催期間も折返しをすぎ、落ち着き気味だった盛りあがりもここにきて再燃したようだ。きっと昨夜のテレビの影響も少なくない。


 まあ本日はロッカーを利用する予定もないので、多少混んでいようと別に構わないのだけど。

 僕はさっさと人混みを抜け、ハンガー中央にある『ゲート』を通過した。


 異次元空間のエントランスともいえる石畳の広場、通称『ゲート広場』に足を踏み入れる。同時に肉体はアバターへと転換され、服装も私服からいつもの冒険者スタイルに切り替わる。

 ただし今回は、背面に固定してある盾を覆うように、前回持ち込んだバックパックを背負った状態で佇んでいる。


 聞くところよれば、アバターと装備は特殊なデータに変換され、どこぞの『サーバー』のような場所に格納されているそうだ。無論ゲームマスターの超技術で実現されていて、アバター転換時の現実の肉体もまた然りである。

 加えて、その内部では個人ストレージが割り当てられている――容量はかなり小さいらしいが、それでもちょっとした荷物を追加で収納しておく程度の余裕はある。


 それで僕は前回、持ち込んだバックパックを預けて帰宅していた。だから初期装備に追加され、背負った状態でのアバター転換となった。

 ほぼイベントアイテムと確定した『青い牙』も、勿論この中に収まっている。ダンジョン産のアイテムは厳しく持ち出しを規制されているためだ。


 ちなみにアバターストレージの格納設定は、冒険者専用スマホにプリインストールされているアプリで簡単に操作できる。


「さて、行くか」


 ステータス適応時の違和感が消えるのも随分と早くなった。

 僕はバックパックを背負い直すと、混雑する広場にとどまることなく歩き始める。

 すると、すぐに大通りの喧騒が出迎えてくれた。立ち並ぶ路面店はどこもいつも以上に活況なようだ。


 タウンの様子を目で楽しみながら『21番ゲート』を通過し、切り替わった景観の先にそびえ立つダンジョンモニュメントを目指し、軽快に歩みを進める。バックパックによって盾が目立たなかったためか、今日は特に絡まれるようなこともない。


 それからしばらくして、僕はイベントダンジョンの入り口――第二の大階段の前に立つ。

 いよいよ『攻略プラン・第二フェイズ』の開幕だ。


 以降の流れをかいつまんで言うと、どうにかパーティに加入して骸骨迷宮の最下層へ到達し、『幽骨の試練』の発生までその場に留まりユニークスキル獲得を目指す、という形になる。

 つまり、パーティ加入交渉のお時間だ。強力なモンスターが待ち受ける6階層以降では、とにかくパーティを組まねば前に進めない。


 ここでカギとなるのは、伊原さんのアドバイスにもあったイベントアイテムの存在。

 幸運にも先日ドロップした『青い牙』を提示すれば、相手が盾持ちの僕であろうと耳を貸さざるを得まい。

 なにせ目下のところ、既存の情報とゲームマスターから明かされた情報を組みあわせ、


『最下層にある杯型の炬火台に規定数の青い牙を投じるとレイドバトルが発生し、それに打ち勝つとユニークスキルを獲得できる』


 という見方が大本命なのだ。

 僕はこれまで、幾度となくパーティ加入交渉へのぞみ拒まれてきたけれど、今ほどに整った条件は過去に例を見ない。


 きっと上手くいく……いや、絶対に上手くやってみせる! 

 具体的な方針は、転移装置で5階層までテレポートし、その付近で良さそうなパーティをみつくろって交渉するつもりでいる。

 と、いうわけで。


 僕は階段を下り、骸骨迷宮の最上階層へと足を踏み入れる。内部には世にも珍しい青い岩盤で形成された大広間が存在しており、壁にかかる無数の松明の火までもが青い。

 周囲にはけっこうな数の冒険者がたむろしていたが、スルーしてフロア中央にある転移装置に近づく。適当な位置で足を止め、5階層へテレポートするべくスマホを取りだす。


 転移装置の操作方法は二通りある。筐体に付属するタッチパネルで操作する方法と、自身のスマホにプリインストールされている専用アプリで操作する方法だ。


 前回は筐体を利用したので、今回はスマホを使うことにした。

 さっそくアプリを立ち上げると、そばにある転移装置の反応が確認できた。続けてアイコンをタップし、表示された転送希望の階層を選択する。


 指がスマホの画面をはなれた途端、ふっと視界が暗転する――それも一瞬のことで、気づけば僕は別のドーム状の広間に移動していた。先ほどと同様、転移装置からほど近い位置に立っている。


 無事に5階層へテレポートできたようだ。1階層と似たような景観だが、明らかにサイズダウンしているので見間違えようがない。

 近辺の喧騒へ目を向ければ、思いのほか多くの冒険者の姿を確認できる。大半がファッションナブルな防具と長剣の組み合わせだ。テンプレ装備は本日も大人気である。 


 さて、感じの良さそうな冒険者はいるかな?

 理想は同じソロ、次点で二人組。人数が多いところだと新入りはワリを食いそうなので、可能なら避けたい。言うまでもなくガラの悪いパーティは対象外。

 僕は早速、キョロキョロと周囲を見回して品定めを始めた。

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