第15話

 ようやく僕は、目標としていた5階層へと足を踏み入れた――イベントダンジョン攻略開始より、およそ十二時間後のことである。

 とはいえ、ゴールまではまだ少し距離がある。ネットで得た情報によると、目指す『転移装置』はフロア最奥に存在するらしいのだ。


 そのため、僕は小休止を挟んでからまた進み始めた。

 周囲の地形や壁にかかる松明の炎は依然青く、やはり似たような景観が続く。


 マッピングも継続中。けれどスマホはポケットに入れておき、状況に応じて確認する。

 事前に仕入れたネット情報によると、この辺りからさらに難易度が上昇するらしい。だから相応に警戒レベルも引き上げる必要があった。


 そして、その心構えが奏功する。

 攻略を開始してから十分が経過した時のことである。


 進行方向の前方で、大きくせり出した岩壁が濃い影を作っていた。見通しが悪く、不意を打つには格好のロケーション。そこで僕は状況を確認すべく一旦足を止めた。

 次の瞬間、ひゅんっ、という風切り音が鼓膜に触れる。注意を払っていなければきっと気づけなかっただろう。


 ――矢?

 わずかに遅れて、鏃らしき物体が視界に飛び込んできた。青の炬火を反射しながら高速で飛来する。

 僕の両眼はまたしてもその軌道を鮮明に映す。

 明らかに顔面直撃コース。動かずにいれば、サクッと額に突き刺さってニアデス必至――ゆえに必死に身を捩る。


「うっ、ぉおおっ!?」


 間一髪。

 矢が、身のすくむような鋭い音を立てて頭の真横を通り過ぎる。


『カカカッ』 


 間をおかず、前方の闇の中から三体のスケルトンが姿を現す。

 幸いにも距離があり、戦闘態勢を整えるだけの時間はありそうだ。バックパックは矢を回避した拍子に放り捨てていたので、盾を構えつつ迅速に剣を抜く。

 と、同時に僕は顔をしかめた。


「これはまた厄介な……」


 青炎をギラリと反射する武器の数々――敵は、それぞれ異なる金属製の武器を手にしていた。

 種類は、長剣、弓……それに僕と同じ、円盾と片手剣を所持した個体までいやがる。事前情報通り、これまでとは一線を画する難易度だ。


 にわかに漂いだす緊迫感。

 雰囲気にのまれた僕は、愚かにも攻勢にでるべきこの場面で二の足を踏む。


『カカ、カカカッ』


 すると案の定、機先を制される――最悪な形で戦闘状態へ突入。

 敵はやにわに駆け出し、こちらに強襲をしかけてきた。長剣持ちスケルトンが先陣をきり、盾持ちの個体が後に続く。


 残りの一体は後方へとどまり、弓に矢をつがえて射撃体勢に入る。続けて流れるような動作で矢を放つ。


 ひゅん、と。

 解き放たれた矢が、先行する二体のスケルトンを瞬く間に追い越して飛来する。軌道はまたも脳天直撃コース。

 だが僕がそれを許容するはずもなく、即座に盾を矢の軌道へ滑り込ませて防ぐ。カァン、という金属音とともに軽い衝撃が左腕に伝わってきた。


 直後。

 距離を詰めた長剣持ちスケルトンが斬りかかってきた。助走の勢いを保ったまま肉薄するや否や、袈裟懸けに剣を振るう。


「ぐっ……!」


 僕がその斬撃をまたも盾で防ぐと、激しい衝突音と火花が飛び散った。

 左腕に受けた物理的な衝撃も決して軽いものじゃない。が、反射的に剣を受け流していたおかげでほぼノーダメージ。加えて相手の体勢を崩すことにまで成功していた。


 攻防の合間に訪れる一瞬の空白。 

 僕はとっさに反撃を繰りだす。


 盾を活かして死角を生じさせ、胴を両断せんと剣を水平に走らせる。

 思いのほか冴え渡る太刀筋は敵の撃破を確信させた――ところが次の瞬間、けたたましい金属音が鳴り響くと同時に剣が弾かれる。


「ぬおっ!?」


 その光景を、僕の両眼は鮮明に映していた。

 斬撃が命中する間際、盾持ちスケルトンが割り込んできた。数歩遅れで戦列に加わり、左腕に装備した盾で防いでみせたのだ。

 モンスターだから恐怖を感じないのか、仲間をかばう動きに微塵も躊躇が見られない。同じタンクとして僕もかくありたいものである。


『カカッ』


「――くそっ!」


 しかし優秀なタンクは、敵に回すと厄介な存在でしかない。

 続けざまに前蹴りを放つが、またしても盾でガードされてしまう。しかも間の悪いことに、後方より飛来する矢を視界の端に捉えた。


 あわてて大きく横に転がり、何とか矢を躱す。

 さらにそこへ、駆け寄ってきた長剣持ちの個体が追い打ちの刺突を繰り出してきた。

 連続して転がり、これもまた辛うじて躱す。


 僕は土にまみれながら危地を脱し、ようやく身を起こす機会を得る。そこでいったん状況を仕切り直すべく、バックステップで退いて大きく距離をとった。


「マズいな、これ……どうにかしないと」


 劣勢を覆すための糸口を求め、忙しなく視線を周囲に走らせる。

 敵は盾持ちのスケルトンを筆頭に陣形を整え、こちらの出方を待っているような様子だ。

 モンスターのくせに立派にパーティしてやがって……おまけに編成は『タンク・近接アタッカー・遠隔アタッカー』と実にバランスがいいときた。


 羨ましくて涙が出そうだぜ――と、そこまで考えたとき。

 僕の脳裏に浮かんできたのは、対モンスターパーティ戦の要点を語る師匠の厳つい顔。


『いいか? 優先して倒すべきは第一にヒーラー、次いで遠隔アタッカー。例外はあるが、近接は最後に対処するのが基本だ』


 今さら対パーティ戦闘の基本を思い出すだなんて……戦闘への入り方が悪かったせいで、随分と集中を欠いていたらしい。


「そうだ、集中しろ。僕だってちゃんと鍛錬を積んできてるんだ。集中だ、集中、集中……」


 己に言い聞かせつつ深呼吸を繰り返すと、視界がすっと広くなったような感覚を抱く。

 ここにきて、ようやく意識が戦闘モードへ完全移行する。


「改めて――戦闘開始だっ!」


 もう後手を踏んだりしない。自ら攻勢を仕掛けるべく、盾を前面に掲げて駆け出した。

 一方、敵も即座に反応してみせる。盾持ちスケルトンが進路上に立ちはだかり、僕を待ち受ける――が、構うものか!

 スピードを緩めることなく直進し、タイミングを合わせてスキルをぶっ放す。


「《シールドバッシュ》!」


 スキルエフェクトを発する盾を構え敵へ突撃。盾同士が激突し、重い衝突音とともにオレンジの火花が飛び散った。

 あわよくば撃破を狙って繰り出した一撃。だが敵もさるもの、ガッチリと受け止められてしまう。


 その際、一つわかったことがある。

 盾持ちスケルトンだけ、他の個体と比べて骨太かつ体格が優れている――どうやら個体差があるらしく、標準体型とは地力が違うようだ。けれど逆に言えば、タフなのはコイツのみ。


「ぬぉりゃあああッ!」


 僕はさら力を加えて盾を押し、ぶつかりあった相手を強引に脇へ退ける。流石に単純な力比べではこちらに分があるようだ。ステータスに感謝である。

 そこへ当然のように長剣持ちが襲い来る。が、予期していたので容易く盾で斬撃をいなす。


 ここだ――視界がひらけたその瞬間、僕は前方に向かって猛然と駆け出した。近接タイプの二体を置き去りにし、強引に弓持ちスケルトンの元へ迫る。

 間髪入れず「カコン、カコン」と、顔面を守るように構えていた盾が二度音を立てた。迎撃すべく放たれた矢を弾いたのだ。


 すべてが想定内。僕は標的に肉薄するや否や、大きく片足を踏み込みながら再度スキルをブチかます。


「《シールドバッシュ》!」 


『カッ――』


 狙い違わず白光に縁取られた盾が直撃し、弓スケルトンの上体は弾けるように四散した。思った通り、盾持ち以外の耐久は標準個体と大差ない。


「しっ――」 


 一体を撃破した僕は素早く反転し、迎撃体勢をとる。

 本音を言えば一息つきたところだけど、勿論そんな暇はない。残す二体が追いすがるように接近してきている。


『カカ、カッ!』


 先鋒はやはり長剣持ちスケルトンで、飛びかかりながら剣を振り下ろしてくる。まるで初撃のリプレイ。ならば当然、対処も似通ったものとなる。


「ぐっ、おりゃあ!」


 僕は斬撃を盾で受けつつ横へ流す。

 先の攻防をなぞるなら、続いては剣を横に一閃する場面。しかし剣の間合いでの反撃は、盾持ちスケルトンに割り込む余地を残したまま。ゆえに、より距離を縮める必要がある。

 方法は単純明快。


「ふっ――」


 僕は短く息を吐きながら一歩前に踏みこみ、長剣持ちスケルトンと密着する。それなりに勇気を要する一歩だったけど、その甲斐あって標的を反撃の必中距離に収める。

 次いでお見舞いするのは足払い、狙うはスネの骨。


 続けざまに、バキリ、と。

 乾いた音が聞こえた途端、長剣持ちのスケルトンは勢いよく転倒して視界から消えた。


「ッ、しゃあ!」


 思いきって足を振り抜いた結果、対象の下腿骨を粉砕することに成功した。所詮はスケルトン。鉄板入りコンバットブーツの蹴撃には耐えきれなかったらしい。


「おっと」


 少し遅れて、盾持ちスケルトンが強引に割り込んできた。シールドチャージを繰り出しつつ肉薄してくる。

 しかし今さら手遅れだ。長剣持ちの個体に深手を負わせた現状、律儀に敵のペースに合わせる必要はない。

 僕は軽く盾をぶつけ合いはしたものの、バックステップであっさり退く。


「やっとサシでやれるな」


 改めて盾持ちのスケルトンと対峙する。

 いよいよ戦闘も終盤に差し掛かり、あとはタンク同士の一騎打ちを残すのみ。

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